第2話  本能と欲望まる出し

 オレが真っ先に思ったことは「いったい誰が攻勢魔法を使ったのか?」ということではなく──


「な、なんて……美しいんだ……」


 ──などという、本能と欲望まる出しなことだった。


 月明かりに照らされた彼女たちは、有り体に言えば天使か女神のようだった。


 もちろん、そんな存在に出くわしたことはないが。


 しかし魅了魔法でも使われているのではないかと思うほど、オレの視線は二人に釘付けになり、さらには意識が吸い込まれていく。


 地べたに尻もちを付いたまま動けなくなったオレの間近に、彼女たちは降り立った。


 先頭に立ったほうの女性が、不安げな顔つきで聞いてくる。


「大丈夫? もしかして怪我してる?」


「……え?」


 オレは、その心地よい声音に聞き入ってしまい、言葉の意味が理解できなかったのだが、彼女はにわかに慌てて言ってきた。


「も、もしかして頭とか打った……!? なら動かないほうが……」


「あ……いや……大丈夫だ……と思う」


 オレは、自分の体を簡単にチェックしていく。加速状態でスッ転んだから、擦り傷などはあると思うが、骨を折ったり頭部に重大な損傷をしたりはないようだ。


 それでも彼女は言ってきた。


「念のため、診断と回復の魔法を掛けるから。じっとしてて?」


 そう言ってからオレに向かって手をかざすと、温かい光が放たれる。


 ……え?


 今、彼女は呪文詠唱していなかったような……


 ……ってかそれにしても……


 この子、本当にむちゃくちゃ可愛いな?


 年の頃は10代後半だろうか……やばい……あんまりジロジロ見たらロリコンだと思われかねない。


 オレは慌てて視線を逸らすが、それでも彼女が気になって、どうしてもチラチラと盗み見をしてしまう。


 ブロンドの髪は背中の中程まで伸びていて、月明かりに照らされているから神々しいまでに輝いていた。大きなブルーアイは優しげなのに、その奥にはしっかりとした意志を感じられる。


 体つきは華奢で小柄なのに、胸だけは大きく張っていて、そこから視線を下ろせば存在する、腰のくびれと相まって……オレは思わず息を飲み込み……ま、まずい! これじゃ本当にロリコンだぞ!?


 オレは、回復魔法を施してくれている美少女から慌てて視線を逸らすと、もう一人の女性と目が合う。


 美少女の後ろで控えるように立っているその女性は、なぜかメイド服を着ていた。


 美少女のほうは魔法士然とした格好をしているから冒険者なのだろうが……後方の彼女はなぜメイド姿?


 まさか、メイドを非戦闘員同行者サポーターにしている、というわけでもないだろうし……


 にしても……メイドの格好をした彼女も、これまた絶世の美女だった。


 ウェーブの掛かった髪の毛は肩に掛かる程度で切り揃えられていて、スッとした瞳には底知れない知性が秘められているかのようだ。年齢は20代半ばくらいに見える。


 体つきは、女性にしては長身で、そしてスレンダーだ。巨乳好きなオレとしては残念ではあるものの、しかし真っ平らというわけでもないから、そういった趣向の男にとっては溜まらないはず──


 ──と、再びそのメイドさんと目が合う。


 彼女は、いささか蔑んだような目でオレを見下ろしていた。


 や、やばい……オレの思考が表情に出ていたか……!?


「よし……大きな怪我はないみたいだね」


 オレがにわかに焦っていると、美少女のほうが言ってきた。


 診断と回復の魔法が終わったらしい。


 ──っていうか!


 この二人の美貌に気を取られていたが、今、彼女は不可解な魔法発現をしていなかったか!?


 オレは美少女に聞いた。


「ありがとう、助かったよ……ところでキミ、今、呪文詠唱ナシに発現していなかったか? あと診断と回復の魔法を同時に使っていたような……」


 オレのその問いかけに、美少女はあっけらかんと言ってくる。


「あ、うん。それがわたしの特技だからね」


「………………はぁ!?」


 オレは思わず声を上げていた。


「と、特技って!? そんな特技があってたまるか! 呪文詠唱ナシに、しかも同時に発現だなんて! 発現媒介とか干渉作用とか知らないのか!?」


「ふふ、やだなぁ。もちろん知ってるよ。わたしも魔法士だよ?」


「ならどうやって!?」


「だから特技なんだってば」


「意味が分からない!」


 いやいやいや!? ちょっと待て!!


 呪文の無詠唱とか、魔法の並列発現とか、そんなことが現実に起こってたまるか!


 もしそんなことが出来るのなら、魔法大学院を中退からこっち、オレはあんなに苦労することも蔑まれることも死にかけることもなかったし、そもそも、魔法士が不要になる時代なんてくるわけがない!


 オレが混乱していると、彼女が言ってくる。


「論より証拠だよ。ほら、わたしの両手を見て?」


 言われるがままに、オレは彼女の手のひらを見る、と──


「……は、発現してる……魔法が……同時に……」


 右手には炎が、左手には氷の塊が、同時に現れていた。


 彼女はさらに言ってくる。


「ほい、次」


 すると今度は、右手に小さな風の渦が、左手に静電気のような電気が弾ける……無詠唱で、だ。


 魔法を無詠唱で並列発現し、しかも一瞬で切り替えやがった……


 そして彼女は、トドメとでも言わんばかりに宣った。


 にっこりと、見惚れるほどの可愛らしい笑みで。


「ちなみにだけど、ベアウルフをやっつけたのもわたしだよ? 後ろの子はサポーターだから手出ししてないし」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 オレはなんとか、声を絞り出す。


「魔法士十数名分の火力を……キミ一人で発現させた、ってか?」


「あったりー。どぉ? すごいでしょう?」


 あまりにも投稿無稽な話であっても、魔獣から放たれた魔力が誰に吸収されたのか……それを考えたら一目瞭然だった。


「うそ……だろ……まだ高等部生のような……キミが……?」


 オレは、のけぞって彼女を見上げるばかりになった。

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