第3話  わたしを好きにしていいよ! 勝てたら、だけどね!

「ひ、ひとまずは……魔獣まで討伐してもらって、感謝する。ありがとう」


 オレは立ち上がって手を差し伸べると、美少女のほうがにっこり笑って握り返してくる。


 握手を交わした後、オレは名乗り出た。


「オレの名前はカルジ・ラクスネス。冒険者で魔法士だ」


「わたしはクラスナ・アイヴァス。同じく魔法士だよ。後ろの彼女はセルフィー・エリアーデ。見ての通りメイドさんね」


 クラスナの紹介に、セルフィーは小さく会釈してくるだけだった。どことなく敬遠されているような……やはり、さっきのエロい視線がバレてしまったのだろうか?


 言い分けをしても裏目に出そうなので、オレも会釈を返すにとどめておいた。


 それからクラスナに視線を戻す。


「見ての通りって……なぜメイドを同行させてるんだ……?」


「わたしの身の回りの世話をしてもらってるんだ。あとおしゃべり相手?」


「いやだからって……討伐にまで連れてくる必要性ないだろ? というか、メイドの格好をしているだけで戦闘要員なのか?」


「ううん、彼女はサポーターだから戦闘能力はないし、それに冒険者は野宿も多いでしょ? わたし、野生動物の解体とかできないもん。でもセルフィーなら、どんな場所でも美味しいジビエが作れるんだよ」


「そ、そうなのか……」


 クエスト中の食事にこだわる冒険者など聞いたことがないが、クラスナの強さを考慮すれば、サポーターが一人二人増えたところで問題ないのかもしれない。


 っていうか、オレはメイド云々の話を聞きたかったんじゃない。


 知りたいのはクラスナの強さであり、その源である無詠唱と並列発現について詳細を聞きたいのだ。


「それでクラスナ……キミの特技ってヤツなんだが……アビリティカードの区分でいうとスキルってことなんだろう? 詳しく聞かせてもらえないだろうか?」


「おっと、初対面だっていうのに藪から棒だね?」


「す、すまない……だが……クラスナは簡単に考えているのかもしれないが、無詠唱と並列発現はとてつもないスキルなんだよ。もしこれが普及すれば──」


「──世界情勢は、再び一変するだろうね?」


 オレの台詞に、クラスナがかぶせて言った。


 オレは頷いて「そうだ。再び世界は一変する。間違いなくな」と肯定する。


 この世界は、約十年で大きな変化を遂げている。


 十年前に、魔法具というアイテムが開発されたのを契機に。


 魔法具登場以前、魔法は魔法士しか扱えなかった。


 しかし登場後は、どんな職業であろうと使えるようになったのだ。


 戦士や剣士は元より、商人や農民に至るまで、あまねくすべての人間が。


 もっとも魔法具はまだ高額なので、庶民の間に広まっているわけではないが、これも時間の問題だろうとオレは思っている。


 これにより、魔法を独占していた魔法士の存在価値はどんどん薄れていき──今やお払い箱になったというわけだ。


 魔法具登場とは、それほどにインパクトがあった歴史の転換点なのだが、今、クラスナが行った魔法発現は、それに匹敵するか、それ以上の影響が出るだろう。


 魔法士の存在価値が復権するほどに、だ。


 そんな忌々しい過去を振り返っていたら、クラスナが言ってくる。


「でも初対面の冒険者に、いきなり手の内を見せるなんてこと、しないよね普通」


「そ、それは……もっともだが……」


 クラスナは今や命の恩人だし、それだけでも借りがあるのだ。


 だというのに、己の手の内を見せて欲しいなんていうのは厚かましいにも程がある。


 クラスナが「だからもし、どうしても知りたいというのなら──」と言っていたが、オレは拳を握りしめて話を遮る。


「……そうだな。クラスナの言っていることが正論だ」


「え……?」


「命を救ってくれただけでもありがたい話だというのに、キミのスキルまで教えてくれだなんて、厚かましいにもほどがあるよな」


「いや、あの……」


「すまなかった。今のは聞かなかったことにしてくれ」


「ちょ、ちょっと……」


「本当にありがとう。お礼がしたいところだが、今のオレにはあいにく手持ちがなくてな。もしギルドナンバーを教えてくれるのなら、後日必ず、ギルドを通してお礼をするから」


「いやだから待って!?」


 なぜか慌てた様子で、クラスナがオレの話を遮った。


「教えないなんて言ってないじゃない!」


「……は?」


 クラスナのその物言いように、オレは意味が分からず首を傾げる。


 不可解な顔つきをしているであろうオレに、クラスナは、なぜか頬を赤らめて言ってきた。


「でもわたしのスキルは、理論を教えたからって出来るようになるものじゃないんだよ。それなりの修練を積まないとできないの」


「そうなのか……」


 あれほどのスキルだ。理論だけでは習得できないのには納得できるが……クラスナは何を言いたいんだ?


「だ、だからね……?」


 クラスナは、人差し指で髪を弄りながら、上目遣いで言ってくる。


「例えばだけど……その……わたしの弟子、とかになるなら教えてあげなくもないというか……」


 そんな申し出に、しかしオレは首を横に振った。


「ありがたい申し出なのは分かるが、オレの持ち合わせがないってのは、金庫にもないって話なんだ、恥ずかしながら」


「えっと……なんで今お金の話?」


「だから、キミの教えに見合った対価は支払えないって話で」


「お金なんていらないってば!」


「……はぁ?」


 慌てるクラスナに、オレの頭は疑問符で一杯になる。


 そんなオレに、クラスナがわたわたと言い募った。


「わたし、お金は十分に持ってるから必要ないんだよ! だから、わたしの弟子になるなら無償で教えてあげる!」


「いや……意味が分からん。それでクラスナになんの得があるっていうんだ?」


「それは……その……」


 クラスナが言い淀んでしまうと、ずっと後ろで控えていたメイドのセルフィーがずいっと前に出て、事務的な感じで言ってきた。


「クラスナは、無詠唱と並列発現を誰かに継承したいと思っているのです」


 その言葉に、オレはますます首を傾げる。


「あんな強大なスキルを、なんでまた継承したいんだ? いや、オレから願い出ておいておかしな質問だとは思うが」


「端的に言えば実験ですよ。もしクラスナ以外でも、あのスキルが使えるようになるならば、それを広く知らしめることで、莫大な利益を上げるばかりか、歴史に名を残せるわけです」


 ようやく理に適った説明を得られてオレは頷くが、なぜかクラスナは否定してきた。


「ち、違うってば! さっきも言ったけど、お金なら十分あるの! あとわたし、地位とか名誉とかも興味ないから!」


 慌てるクラスナに、セルフィーは大仰なため息をついた。


「クラスナ。ならばあなたは、どうして彼を弟子に取りたいのですか?」


「え……!?」


「そこを明確に出来ないのなら、黙っててください」


 ……ふむ。どうもこの二人、単なる侍従関係というわけでもなさそうだな。


 オレがそう考えつつ二人のやりとりを見ていると、クラスナが妙な事を口走る。


「なぜって、あなたには前に説明したじゃない……!」


 ……前に、説明した?


 オレの疑問をよそに、二人の言い争いは続く。


「はて? わたしは記憶にございませんが」


「セルフィー、あなた……!」


「記憶にございませんので、今一度、この場ではっきりと説明して頂けませんか?」


「………………!」


 クラスナが、顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。


 どうやら口論は、セルフィーに軍配があがったようだ。そのセルフィーが再びオレに向き直る。


「クラスナはこう言っておりますが、本当は、カネと地位と名誉が大好きな女の子なんですよ」


「ぬぐぐぐ……!」


 どう見ても納得していないクラスナだったが、何か人に言えない秘密でもあるのか、顔を真っ赤にして押し黙っている。


 ……うーむ。


 命の恩人で、しかも圧倒的なスキルを見せつけられたから、疑いもせず即座に信用してしまったが……


 この二人、どうにも怪しくないか?


 そもそもなんだって、こんな夜更けに魔物が出る森にいたんだ?


 オレは、眉をひそめながら聞いた。


「なぁ……『前に説明した』って、どういうことだ? 以前からオレを知っていたかのような口ぶりだな、それ」


「………………!?」


 オレの問いかけに、クラスナが大きく目を見開く。


 だがセルフィーのほうは、無表情のままに答えてきた。


「ええ、以前から存じておりました」


「ちょ! セルフィー!?」


 慌てた様子のクラスナに、セルフィーは片手を上げて制止してから、オレに言ってくる。


「正直に申し上げましょう。ここ数日、わたしたちはあなたを監視しておりました」


「なるほど。だからこんな森の中にまで尾行してきたってわけか。だがなんのために?」


「あなたの技量を確かめるために、です」


「……お前たちのお眼鏡にはかなった、というわけか?」


「はい。魔法士としての技量はなかなかのものでした。まぁ、及第点ではありますが」


「ふん、言ってくれるな」


 魔法大学院が事実上の解体──そして新体制への刷新がなされていなければ、オレは首席で博士号を取得して、宮廷魔法士団に召し上げられるはずだったんだがな。


 いささか勘に障る台詞ではあるが、クラスナの実力を見せつけられては、及第点と思われても致し方ないだろう。


 オレは、ため息交じりに言った。


「つまり、オレは実験体ってところか」


「その通りです」


 相好を崩さないセルフィーの横では、クラスナが目を白黒させながらも、言葉が見つからないのか黙ったままだ。


 さて……どうしたものか……


 無詠唱と並列発現のスキルは、喉から手が出るほど欲しい。


 だが魔法の人体実験ともなれば話は別だ。


 まだ実験段階の魔法は、失敗する確率が極めて高い。例えるなら、動物実験もしていない新型ポーションや未知の薬草を投与されるようなものだろう。


 それで死ぬだけならばまだいい。下手をすると失敗のあげく障害を抱え、それで一生を送る羽目になり、死ぬより辛い目に遭いかねない。


 だが師弟関係を結んでしまったなら、いくら文句を言ったところで「弟子だから」で済んでしまうのが慣習だ。


 つまり弟子とは、期間限定の奴隷と言っても差し支えない。師から卒業するまでの。師に高額な報酬を払うなら、その扱いも変わっては来るだろうけれども。


 あとついでに言えば、目前の師匠候補である美少女は、どう見たってティーンエイジャーだ。この国の成人は18歳だが、そこに達しているのかは怪しい。


 そんな少女に弟子入りするというのも……30歳目前のオレにとっては、さすがにプライドが傷つくというか……


 いやまぁ……ここ数年でズタズタになった自尊心はこの際どうでもいいが……やはり実験体というのは……


 そんな感じでオレが堂々巡りをしていたら、セルフィーが言ってきた。


「ではこうしましょう」


 ぽんっと両手を叩き、ナイスアイディアが思いついたとでも言わんばかりの仕草で。


 相変わらずの無表情ではあったが。


「あなたがクラスナに弟子入りし、修行し、そして卒業試験の際、クラスナに勝利したあかつきには──クラスナを好きにして構いません」


 その提案を聞いた直後。


 オレの思考は、停止する。


「クラスナも、それでいいですね?」


 セルフィーに問いかけられたクラスナだったが、やはり思考停止したのか無反応だ。


「ふたりとも、どうしたのですか?」


 小首を傾げるセルフィーは、相変わらず無表情のまま。


「カルジさん? どうなんです? 同性の目から見ても、クラスナは一級品ですよ? わたしが知るどんな女性よりも整った顔つきですし、その肉体も、文句を言いたくなるほどメリハリがあります。一緒に風呂に入ったときなどは、そういったことに感心が薄いわたしであっても嫉妬するほどですね。透き通るかのような肌がうっすらと上気した様などは、男性のあなたなら、きっと、むしゃぶりつきたくなるほどで──」


「ちょ、ちょっと!? 何を言っているのかなセルフィー!?」


 セルフィーの艶めかしい説明を、クラスナが慌てて止める。


「なんでそんな話になるのよ!?」


「ナニって……カルジさんを魔法実験に使おうというのは事実なのです。であるならば、対価を支払うべきなのはクラスナでしょう?」


「わたし、実験なんてしないよ!」


「いくらあなたがそう言っても、会ったばかりの彼に証明するすべはありません」


「そ、それはそうかもだけど……!」


「カルジさんが命を賭けるというのであれば、それに見合う対価を。であれば、あなたは操を賭けることで釣り合いが取れるというものでしょう?」


「だからなんでそうなるの!?」


「それにわたしは、カルジさんがスキルを習得したら、とは言ってませんよ? あなたに勝てたなら、と言っているのです」


「ど、どういうこと……?」


「操を捧げるのがイヤなら負けなければいい。つまりはそういうことです」


「………………」


 クラスナが押し黙る。


 ……えっと。


 実験体になるか否かだというのに、オレは蚊帳の外デスカ……?


 もはや意味不明な理論に、オレが呆然としていると、真っ赤な顔のままにクラスナがオレを見た。


「わ、分かったよ」


 そうして、大きな胸をぐいっと張って言いのける。


 真っ赤なままだが。


「もしわたしに勝てたなら……わたしを好きにしていいよ! 勝てたら、だけどね!」


 理論が……世界の彼方にまで飛躍したため、オレは思考停止のままだった。




(つづけ)

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