第34話 なんなんだよ、あのきれいどころは!?

 オレたちは王都中央区画にある憲兵隊詰所へと出向いていた。


 詰所と言っても実際はちょっとした要塞だ。10階建ての頑強な作りで、窓には鉄格子がはめられているから監獄にも見える。


 この建物には5000人以上の憲兵が出入りしているはずだ。もっとも、王都を守護する憲兵たちは総勢3万人以上で、この詰所はその一角に過ぎないわけだが。


 その詰所の受付でオレが面会を求めると、ヤツはちょうど昼休みに入ろうとしていたようですぐ顔を出してきた。


「ようカルジ。お前が詰所に来るなんて珍しいな」


 魔法大学院の同窓であるフィオグは、片手を上げてやってきた。


 天然パーマで軽薄そうな顔つきのフィオグは、憲兵隊の制服が相変わらず似合っていない。地方貴族の三男坊だから、身分としても気楽なものなのだろう。


 そんなフィオグに、オレは頷いて見せた。


「ああ、悪いな。ちょっと急用なんだ。少しいいか?」


「オレ、これから休憩なんだが……ってか、後ろの美女たちはどなた?」


 オレは、それぞれの紹介をしてから話を続けた。


「それでフィオグ。この子たちが困ったことになっててな。ちょっと協力をお願いしたいんだ」


「ほぅ……なるほど? おいカルジ、ちょいと来てくれ」


 そういって、フィオグは受付フロアの隅へとオレを手招きする。首を傾げるクラスナとセルフィーに、オレは「大丈夫だ。ちょっと言ってくる」と告げるとフィオグの後に続いた。


 二人と十分距離を取ってから、フィオグがオレの肩にガシッと腕を組んでくる。


「おいおいおい! なんなんだよ、あのきれいどころは!?」


「なんだって……いま紹介しただろ。パーティメンバーだよ」


「パーティって冒険者のか!?」


「そうに決まってんだろ」


「あんなに綺麗だってのになんで冒険者なんかやってんだ!?」


「そう言われてみれば……知らないが。副業だと言ってたぞ?」


「いや副業って!? 吟遊詩人にでもなれば一躍有名人だろうが!?」


「あのなぁ……そもそもクラスナの職種は魔法士なんだぞ。しかも、あの歳で魔法開発で成功しているからどえらい稼ぎなんだ。吟遊詩人をする理由がない」


「まぢかよ……いや待て。だったらなおさらなんで冒険者なんかやってんだ?」


「だから知らないって……開発した魔法の実験とかじゃないのか?」


 開発段階の魔法は、どうやっても実証実験が必要だからな。魔獣相手に試し打ちをするために冒険者になったといったところだろうか?


 オレがそんなことを考えていると、フィオグがさらに言ってくる。


「もう一人のセルフィーちゃんはどんな職種だ?」


 セルフィーに『ちゃん付け』は違和感しかないが、ひとまずオレの感情は抑えて答えた。


「メイドだ」


「は? メイド!?」


「クラスナの身の回りを世話してる。とはいえ、クラスナとは姉妹みたいな関係だな」


「なるほど、クラスナちゃんはお金持ちだっていう話だしな」


 まさか、メイドを冒険にまで連れて行っているとは思ってもいないのだろうが、それを説明すると話がややこしくなりそうだったので伏せておく。


 そしてオレは本題を切り出した。


「それでフィオグ。お前の好きなきれいどころが困ったことになってるんだよ。職権を超えない範囲でいいから、相談に乗ってくれないか?」


「ほほぅ……それは悪くないな」


 フィオグは、向こうで立ち話をしている二人を眺めながら聞いてきた。


「で、お前はどっち狙いなんだ?」


「……は?」


「とぼけるなよ。クラスナちゃんとセルフィーちゃん、どっちを口説こうってんだよ?」


 そんなことを問われて、オレは盛大なため息をつく。


「フィオグ、お前な……いい加減、女性とあらば見境なく口説くのはやめてくれ」


「失礼な。オレは、美しい女にしか興味ない」


「なお悪いわ」


 フィオグは悪いやつではないのだが……性格も見た目通りの軽薄さで、何かに付けては女性を口説くのだ。酒場でも街中でも、だ。つるんでいるとこっちが恥ずかしくなるから、いい加減やめて欲しい。


 だからオレは、やや強い口調で抗議した。


「セルフィーは色恋沙汰に興味ないみたいだし、そもそも、クラスナはまだ未成年なんだぞ?」


「は……未成年? あの体つきでか!?」


「卑猥な表現はやめろ!」


 ……やはり、コイツを頼ったのは間違いだったかもしれない。


「憲兵のお前が、未成年に手を出したらまずいだろ?」


「うーむ……なるほど、そういうことか……」


 なんとなく話が噛み合っていない気がしたので、オレが「分かってくれたか?」と聞き返すと、フィオグは案の定な台詞を吐いてくる。


「カルジは、昔からロリコンだったもんなぁ……」


「オレがいつロリコンだったというんだ!?」


「覚えてないこと自体、タチが悪い」


「証拠を出せ証拠を!」


「まぁいい。とにかく、だ」


 フィオグは身をかがめてから小声で言ってくる。


「オレはセルフィーちゃんを落とす。協力しろ」


「はぁ……」


 オレは瞑目すると深いため息をついた。


 まぁ……コイツに協力を仰ごうとした時点で、分かってはいたことなんだが……というよりむしろ、フィオグの関心を惹くために、あの二人を連れてきたとも言えるわけで……


 だからオレは嫌々ながらも頷いた。


「今回の件が片付いたら一席設けるだけ。あとはお前の実力次第。それでどうだ?」


「オッケー! それで十分だぜカルジ!」


 自分のあずかり知らないところで取引材料にされたなんてバレたら、セルフィーは怒りそうだなぁ……無言の圧力で。


 オレは、今後のことを考えると気が重くなるのだった……

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