第40話 お前は勘違いをしている

「おいテメエ……誰と話してやがる。気でも触れたか?」


 オッフェンがドスをきかせて言ってくるが、しかしオレは臆すことなく小型通信機を掲げた。


「信じられないのも無理はないが、これは小型の通信機だ」


「……なんだと?」


「この通信機で、父親の居場所をクラスナに伝えたというわけだ。ちなみにクラスナは転移の魔法具も所持しているから、すでにアルガス山脈に出向いているはずだ。索敵等の魔法を使えば、一時間と掛からずに父親を見つけるだろう」


 オレのその説明に、オッフェンが笑い飛ばす。


「はっ! 寝言をほざくのも大概にしろよ? そんな通信機があって溜まるかよ!」


 しかしオッフェンの目には、焦りの感情が見て取れる。今し方、クラスナの声がクリアーに聞こえてきたばかりだ。それを寝言で片付けるには、さすがに無理があるだろう。


 だからオレは言った。淡々と。


「信じる信じないはお前の勝手だが、この通信機にはもう一つの機能がある。通信を複数の端末に送信できる機能だ」


「だからなんだというんだ!」


「この通信機は、オレやクラスナ以外にも所持している。憲兵隊をしている友人と、ギルド職員だ。もちろん、回線を開いておくよう伝えてある」


「戯れ言だ!」


「さらにギルドには酒場全体に拡声してもらってるから、多くの冒険者が聞いているだろうな」


「テメエ! いい加減、黙らないとぶっ殺すぞ!?」


「今のお前は、憲兵隊やギルドの連中に取り囲まれているのも同然だぞ? そんな衆人環視の中で人を殺すつもりか?」


「そんなハッタリがオレに通じると──」


 オレは、有無をいわさず憲兵隊のフィオグに呼びかける。


「フィオグ、状況は分かっているな?」


「ああ、もちろんだ」


 通信機からフィオグの声が聞こえてきて、そしてフィオグはオッフェンに言った。


「冒険者オッフェンと、そのメンバーに告げる。キミたちを誘拐並びに脅迫の容疑で逮捕する。すでに憲兵隊がそちらに向かっているから、大人しくばくに就け」


「…………!」


 オッフェンは数歩後ずさるが、鬼の形相で言ってきた。


「テ、テメエ! このオレをはめやがったな!?」


「先に手を出してきたのはお前だろう。しかもその理由が逆恨みとは。つくづく見下げた男だよ」


「おい、テメエら!」


 オッフェンが取り巻きたちに向かって叫ぶ。


「見せしめだ! この男を殺せ!」


 オレは、周囲に視線を巡らせながら言った。


「さらに罪を重ねる気か? 殺人まで犯したら極刑は免れないぞ」


 怯む取り巻きたちに、オッフェンがなおも叫ぶ。


「馬鹿か! ここで捕まったところでどうなるか分からんぞ!? 半殺しでいい! コイツを人質に取れば、まだ立て直しができるんだよ!!」


 オッフェンの隣にいた男が蹴り出される。


「相手はたかが魔法士だ! 一捻りにしてやれ!!」


 そして男が、大剣を構えてオレに突進してくる。


 だがその数歩手前で、地面が爆発を起こした。


「な……!?」


 男が吹き飛んで、十数メートル先で止まった。


 オッフェンが舌打ちしてから全員に怒号を放つ。


「魔法か! 全員でかかれ!」


 オッフェンを除く男たちが、左右と後ろから突進してくる。


 だがそのことごとくが、雷槍と爆撃で撃沈した。


「テ、テメエ!? 今何をした!?」


「敵に手の内を明かすと思うか?」


「…………!」


 オッフェンが、用心深く戦斧を構える。魔法がエンチャントされているな。


 オッフェンが引きつった笑みを浮かべた。


「こうなっては……腕の一本や二本、覚悟しておくんだな」


「やってみろ。お前の技量では到底無理だと思うが」


「ほざけ!」


 そしてオレの目前からオッフェンの姿が消える。


 ガィン──!


 耳元で金属音がしたかと思うと、オレの右肩に戦斧が叩きつけられていた。


「な!?」


 しかし驚愕の声を上げたのはオッフェンのほうだ。


 オッフェンが慌てて距離を取ると戦斧を構え直す。


 目を見開くオッフェンに、オレが言った。


「なるほど。その戦斧のエンチャント魔法は疾風か。見た目に似合わない魔法具を使っているな」


「うるせえ! なんでテメエの腕が落ちてねぇんだ!?」


「防御魔法に決まっているだろう? 魔法士戦において基本中の基本だが」


 元々オレは、酒場でオッフェンに話しかけたときから防御魔法を展開していたのだ。


 だからオレの体には、肌に纏わり付く状態の結界が張り巡らされている。


 さきほどオッフェンに殴られたのも、この結界があったから少し息を詰まらせる程度で済んだのだ。でなければ肋骨を折っているか、内蔵に損傷まであり得ただろう。下手をしたら死んでいた。


 加減というものを知らないオッフェンは気づきもしなかったが。


 そんなオレに、オッフェンは剥き出しの殺気を投げつけてくる。


「ならばなぜ攻勢魔法を使えた!?」


 オレはため息交じりに口を開く。


「オッフェン、お前は勘違いをしている」


「何を言ってやがる!?」


「魔法士が弱い、という勘違いだ。魔法士は決して弱くない。ただ近接戦闘が不得手というだけなんだ」


 そう──近接戦闘が不得手だから、魔獣討伐もクエスト攻略も、パーティに守られなければならない存在なのだ。なぜならそのどちらもが、移動しながらの戦闘になることがほとんどだからだ。


 だがもし、固定された戦場であればどうなるのか?


 当然、魔法士なら罠を仕掛けるだろう。


 自らの力で、魔方陣を作れるのだから。


「種明かしをしてやろう。この河原には、オレが作った罠が張り巡らせてある」


 魔法士が発現できる魔法は一つのみだ。


 だから今、オレは全力で防御魔法を使っている。


 そして攻勢魔法は、魔方陣に委ねている。


 それはオレの言葉一つで発現できるし、あるいは、条件指定による発現だって可能だ。


「オッフェン、お前がこの場に来た時点で負け確定なんだよ。そしてお前の技量では、オレの防御魔法を抜くことは出来ない。だからオレは、いつでもお前を倒すことは出来たんだ」


 魔法に疎いオッフェンは、魔方陣のことすら知らないだろうが。


「だがさすがに、お前が誘拐犯でなかったときは寝覚めが悪すぎるというか、こっちが罪人になるからな。だから最初は、やられたフリをしていたわけだ」


 そうやって、オッフェンが自白するようにオレは誘導した。酒が入るタイミングで、クラスナがいないことを明示して。


「そうしたら、思ったよりアッサリと自白してくれたから助かったぞ。最悪、オレも捕らわれる必要があるかと思っていたが、手間が省けた」


「テメエ!!」


 オッフェンが再び消えると、オレの腹部に横一線で戦斧が叩き込まれる。


 さすがの防御魔法といえども、勢いまでは止められない。オレの体は大きく吹き飛んで──


 ──だから、発現した。広域雷撃魔法が。


「があああああ──!」


 オッフェンは元より取り巻きたちをも巻き込んで、半径数百メートルに稲妻の嵐が降り注ぐ。


 半日掛けて作り上げた広域雷撃の魔方陣だ。単独討伐に出向いたとき、ボス級魔獣をも屠ったのもこれだが、さすがに、人に使っては一溜まりもないだろう。


「最後まで、話が通じないヤツだったな」


 吹き飛ばされたオレが立ち上がると、雷撃のやんだ砂利から土煙が立ちこめていた。


 オレは、倒れ伏せるオッフェンの元に向かう。


「威力は加減したつもりだが……大丈夫だよな?」


 うつ伏せに倒れるオッフェンを、片足でひっくり返して見ると……オッフェンは、白目を剥いて気絶していた。


 威力を削ぐのに大半の労力を使っただけあって、身体の損傷自体はわずかのようだ。


 とはいえ体に流れた電流のせいで、数日は激痛に苦しむだろうが。


「ったく……わざわざ余罪を重ねて痛い思いをするとは……馬鹿なヤツだ」


 オレが肩をすくめて、なんとなくやるせない気分になっていると──


 ──夜空から、俺を呼ぶ美しい声が聞こえてきた。


 見上げると、クラスナとセルフィーが近づいてくる。


 文字通り、夜空を飛んできていた。




(次回、第一章 最終話! ……たぶん)

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