エピローグ わたしがあなたのそばにいる理由

 クラスナわたしは、魔法大学院付属初等部に入学したことを後悔していた。


 クラスメイトで平民なのはわたし一人で、あとは貴族ばかり。もともと気乗りがしなかっただけに入学してすぐ嫌気が差した。


 あからさまなイジメはなかったけれど、勇気を振り絞って話しかけてもつれなくされるし、時には無視までされて……そんな感じだったから、入学一週間にしてわたしは挫ける。


 どうすればおうちに帰れるかな? ──とそんなことばかり考えるようになって、そうして出た答えは、授業をボイコットすればおうちに帰れる、ということだった。


 このときは、両親が多額の奨学金を負担していることも知らなかったわけで……


 奨学金とは本来、大人になって、そして魔法士になった本人が返済していくものなのだけれど、うちの両親は違った。わたしの負担を少しでも減らしたかったのだろう。


 母親は名うての冒険者だったから、慎ましやかに生きていれば一生安泰な貯蓄があったはずなのに、それを切り崩して返済することにしたらしい。


 だから、わたしが学院を退学するなんて不可能に近かったのだけど、そのときはまだ子供だったから、お金のことなんて思いも寄らなかった。


 そしてわたしは授業をサボって、学院でも人目に付かない庭園の中、樹の根元に座ってぼうっとしていた。


 そうしたら現れたんだ。


 あの人が。


「キミ、こんなところでどうしたんだ?」


 最初は、先生か職員かと思った。だからわたしは肩をすくめて、恐る恐る顔を上げた。


 すぐに気づいたのは、大学部の制服を着ているということ。なのでわたしは胸を撫で下ろすと、彼の顔を見た。


「あの……」


 でも言葉が出てこなかった。学院を辞めたいから授業をサボっている、だなんて言いにくくて。


 すると彼は、首を傾げながら言ってきた。


「キミは初等部の生徒だろう? 今は授業中じゃないのか?」


 わたしは何も言い返せなくてうつむくばかり。もしかしたら先生に報告されるかもしれないと思うと怖くなってしまったので、白状することにした。


「わたし……この学院辞めるから、もういいの」


「え? せっかく入学できたってのに、どうして……」


「だって……クラスのみんなが……誰も口を利いてくれない……」


「そうか……なるほどな」


 彼は少しの間、何かを考えているようだった。わたしは怒られるのかと思って膝を抱えて座ると、そこに顔を埋める。


 少しして、彼の声が聞こえてきた。とても優しげな声が。


「キミは、平民なのかな?」


 わたしは無言で頷く。


「そうか……なら大変だな。オレも平民だからその気持ちはよく分かる」


「え……そうなの?」


 わたしは驚いて顔を上げた。この学院に、わたし以外の平民なんていないと思っていたから。


「ああ、オレは平民の出だよ。だから子供の頃は、キミと同じく、よくイジメられていた」


「……つらくなかったの?」


「最初はつらかったさ。でもその反面、見返してやろうとも思った」


「見返す……?」


「ああ。だからオレは考えたんだ。この学院で一位になれば誰にもイジメられることはないってな」


「……一位に?」


「そうだよ。成績で他を圧倒すれば、少なくともイジメはなくなるよ。オレがそうだったんだから保証する」


「そう……」


 一位になること自体、あまり興味は持てなかった。わたしはそれよりも、家に帰りたくて仕方が無かったのだから。


 そもそも、魔法にはそんなに興味がなくなっていた。


 わたしがもっと幼い頃は両親──とくに母親が喜んでいたから、わたしは魔法の勉強をするようになった。


 とある日に外で遊んでいたら、魔法の原理の一つにふと気づいて、それを両親に説明した。するとお父さんはポカンとするだけだったけれど、お母さんは違った。冒険者として活躍していたからだろう。


 それからお母さんは、わたしにいくつかの魔法書を買い与えてくれた。とても高価だというのに。


 わたしはその魔法書を読んでいくうちに、本には書かれていない魔法の本質まで理解することが出来た。


 だからその時点で、わたしは魔法の勉強をする必要性は感じなくはなっていた。


 ただ……それ、、は、わたしにとっては自明だったけど、他人に証明するすべをわたしは知らなかった。


 だからわたしは、魔法大学院に入学させられた、、、、、のだけれど、今になっては、それを証明する必要性すら感じない。


 でも……


 なんとなくだったけれど。


 突然、わたしの目の前に現れた平民のお兄さんが気になって──


 ──気づくとわたしは言っていた。


「一位を取れれば、悲しい気持ちにはならないんだね?」


「ああ、その通りだ。だからがんばって、勉強しなくちゃな」


「でも……みんなと一緒に授業を受けるのはイヤ……」


「うーん……そうきたか……」


 お兄さんはちょっと困った顔つきになって頬を掻く。


 その仕草がなんだかおかしく思えてきて、わたしは小さく笑った。


 その後に言ったのは、わたしから。


「なら──お兄さんが勉強を教えて?」


「え? オレが?」


「うん。だって学年一位なんでしょう? 一位になるためには、一位の人に教わるのがいいと思うの」


「う、うーん……」


 お兄さんは腕組みをして、かなり困った様子だった。


 しかしわたしは、なぜか諦めきれなくてさらに続けた。


「この学院は、例え授業に出なくても、毎回の試験で合格すればいいんでしょ?」


「それは……そうだが……」


「わたし、優秀だよ? お兄さんは放課後の、ちょっとした空き時間に教えてくれるだけでいいから」


 わたしがお兄さんの袖を掴むと、お兄さんはため息をついてから言った。


「分かった、いいよ」


「ほんと!?」


「ああ、だが一つ条件がある」


「え……?」


「オレが勉強を見るにしても時間的に限界がある。だから授業には出ること。自学自習じゃ絶対に追いつけないからな」


「………………」


 そもそも勉強をする必要がないのだけれど、今それをここで言ったところで信じてはもらえないだろう。


 その辺は、次の試験で証明すれば、授業免除を許してくれるかもしれないし。


 それまでの我慢だと思って、わたしは頷いた。


「……分かった。授業には出るよ」


「そうか、偉いぞ」


 そうしてお兄さんは、わたしの頭を優しく撫でてくれて──


 ──それが心地よくて、わたしはどうしてか涙ぐんでいた。


 そんなわたしに、お兄さんが言ってくる。


「そういえば、自己紹介もまだだったな」


「そうだね──わたしはクラスナ・アイヴァス。初等部の一年生だよ」


「クラスナか。いい名前だ」


「お兄さんは?」


「オレは、カルジ・ラクスネス。大学部の一年だ。これからよろしくな、クラスナ」




(第一章 おわり)

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