第20話 よし! それじゃあ次は走ろうか!

「まさか……ストレッチで目を回すだなんて……」


 クラスナが、オレに回復魔法を掛けながら呆れた感じで言ってくる。


 オレは、木陰に座って「めんぼくない……」と頭を下げると、セルフィーがフォローを入れてくれた。


「まぁあれは、クラスナも悪いとは思いますケドね?」


「どういうこと?」


 首を傾げるクラスナに、しかしオレは話を止める。


「いや待てセルフィー! 悪いのはオレだから! クラスナはまったく悪くないから!! だから指摘するのはやめてあげて!?」


 運動不足から目を回したのか、を味わって鼻血を噴いたのか、どちらがまだマシなのかと問われれば一目瞭然だった。


 セルフィーは嘆息混じりに言ってくる。


「カルジさんがそこまで言うのなら、まぁ黙っておいてあげますよ」


「……?」


 自覚のないクラスナは、可愛らしく首を傾げるだけだった。


 幸いにしてオレの鼻血はすぐ止まったので、ストレッチを再開する。ただし後ろから押す役目はセルフィーにしてもらった。


 だというのにセルフィーが耳元で囁く。


「わたしなら、サイズ的に問題ありませんものね?」


「いや……!? そんな事を考えて代わってもらったわけじゃ……!」


「サイズってなに?」


 前後から質問攻めにされるわ、全身引っ張られるわで散々な準備運動になる。


 ようやくそれも終わると、クラスナは立ち上がって言ってきた。


「よし! それじゃあ次は走ろうか!」


 体力作りと聞いていたから覚悟はしていたが、オレはゲンナリとぼやく。


「……この炎天下の中を、か?」


「水分補給はこまめにね?」


 クラスナはポシェットから水筒を取り出すと、ウインクしながらこちらに放ってきたので、それを受け取ると腰から下げる。


 オレは重い気分と体を無理やりに動かした。


「はー……そしたら覚悟を決めて走るか……」


 そしてオレたち三人は、波打ち際を走り出した。


 うだるような炎天下の中に出ただけで、全身からどっと汗が噴き出る。これは、水着にしていてよかったな。少し走ったらもう汗だくだろう。


 案の定、数分もしたらオレは全身滝汗で息切れをしていた。


「ちょっと、カルジぃ?」


 クラスナとセルフィーから少し遅れて……オレは走っているのだが……息が切れて……疲れたというか……もういっそ……肺が痛い……


「ひゅー、ひゅー、ひゅー……!」


 情けない呼気の音を口から吐き出しながら、オレはよたよたとその場に尻もちを付いてしまった。


 オレの足元に波が流れ込んできて、砂をさらっていくのが感じられる。


「まさか、もうギブアップなの?」


 もはや見上げる気力もなく、オレは「はぁ! はぁ! はぁ……!」と息切れをするのみ。


 クラスナの驚く声が聞こえてきた。


「まだ10分も走ってないんだけど……」


「はぁ! はぁ! はぁ……! そ……そうはいっても……とても追いつけない……!」


 セルフィーの声も聞こえてくる。


「これは、予想以上に脆弱ですね。まさか、非戦闘員であるわたしより体力がないとは」


「はぁ! はぁ! はぁ……! 魔法士が……魔法を使わなけりゃ、こんなもんだ……!」


「今のあなたは歩荷でしょう?」


「……そうだった!」


 クラスナが困った声音で言ってくる。


「基礎トレが終わったら並列発現の練習に入ろうと思ってたんだけど、魔法のレッスンに入るまでにはしばらく時間がかかりそうね」


「す、すまない……!」


 オレが顔を上げると、クラスナはしゃがみ混んでオレに苦笑を向ける。


「まぁいいよ。気長にやろう」


 そして「えいっ」と言いながら、流れ込んできた波をオレに引っかけてくる。そんな無邪気な仕草に、オレも苦笑を返すしかなかった。


 波打ち際での休憩がてらに聞いたクラスナの説明によると、無詠唱と並列発現のスキルを覚えたときに、オレには、身体強化の魔法を使いながら他魔法を発現して欲しいそうだ。


 その戦法が、並列発現使用時の基本形になるとのこと。スキルを開発した本人が言うのだから間違いないだろう。


 そうすることで、後衛職で誰かに守られながらでないと活動できない魔法士の弱点が克服できるという。つまり単独戦闘ができるようになるということだ。


 スキル使用に体力や筋力は必要ないものの、単独戦闘をこなすためには運動系パラメータの向上は必須だ。どれほど身体強化魔法を使ったところで、元の体が鈍ければその効果も半減する。


 クラスナは、脚で波をパシャパシャさせながら説明を続けた。


「アタッカー並みに動けるようになりなさい、とは言わないけれど、少なくとも非戦闘員であるセルフィーよりは、運動系パラメータを向上させないとね」


「まぁ……そうだよな」


 オレはセルフィーに視線を向ける。


「ちなみにセルフィーって、どのくらいのパラメータなんだ?」


「そうですね。各値ともに、カルジさんのざっと十数倍、といったところでしょうか」


「ま、まぢで?」


「まぢで、です」


 いくらオレの運動系パラメータは低いとは言え、十数倍ともなると、新人アタッカー並みにならないか……?


 セルフィーは、勝ち誇ったような、そうでないような、まだオレには感情を読み取れそうにない表情で言ってきた。


「まぁわたしは、カルジさんとは違って常日頃から体を使って仕事をしていますからね、掃除に料理に洗濯に。それだけでも違ってくるのですよ」


「確かにその通りだよな……」


 オレの場合、洗濯は自分でやっていたが、料理はぜんぶ外食だし、ボロアパートの掃除なんてしたことないし。


「そしたら、当面のライバルはセルフィーってところだな」


「今はライバルにもなってませんが?」


 そんなことを言われてしまい、オレは苦笑を浮かべながらも立ち上がる。もはや、自分の体ではないほど重く感じたが。


「ライバル視されるようにこれからがんばるさ。さて……息も整ってきたし、そろそろいこうか」


 クラスナがにっこり笑って言ってくる。


「お、その調子だよ。人並みくらいの体力に戻すには、それほど時間は掛からないはずだから、がんばろうね」


「おう!」


 などと威勢よく応えるのはいいが、また10分も走ると尻もちを付いてしまうオレと、それを見て苦笑するクラスナなのだった……

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