第6話  失業しないためにも、考えておくよ

 気づけば夢の場面は切り替わっていて、つい最近の出来事を見ていた。


 夢だとは分かっているのだが体は動かないし、改めて悔しさが込み上げてくるな……


 その日、オレはパーティメンバーに呼び出されて、ギルド併設酒場、その個室に向かっていた。


 珍しく個室を使っているのは、他人に聞かせたくない話だからだろう。呼び出された理由なんて、考えるまでもなかった。


 個室の扉を開けると円卓に三人のパーティメンバーがいる。


 正面に中衛アタッカーのニック、右に後衛ヒッターで紅一点のケーシィ、左に前衛タンカーのツィロがそれぞれ座っている。


 パーティを組んでから半年の付き合いだ。


「悪い、待たせたな」


 そう言いながらオレも着席すると、ケーシィが声を掛けてきた。


「体の調子はどうですか?」


「ああ……もう大丈夫だ。迷惑掛けたな」


「迷惑だなんて……そんな……」


 先日の戦闘で、オレは魔獣の遠距離攻撃を被弾して怪我をしてしまったのだ。派手に血しぶきが出たものの、致命傷には至らずに、回復魔法で治すことが出来た。


 ただ、まだ血液が足りていないのか気だるさは抜けていなかったが。


 どことなく気まずい雰囲気が漂っていたので、オレは小さくため息をつくと、本題を切り出した。


「イヤな話は手早く済ませようか」


 三人の体が硬直する。


 この三人にとってオレは先輩にあたるのだ。話しづらいのも無理はない。


 彼らはまだ駆け出しの冒険者でレベル20にも満たない。それに対してオレのレベルは43だ。


 普通、レベル差が倍以上ある場合はパーティなんて組まない。戦闘の足手まといになるからだ。


 もっとも、最近オレはランクをEに格下げされたから、このメンバーの誰よりも貢献度は低いわけだが。


 つまり今や、足手まといになっているのはオレの方だった。


 それを自覚しているオレは、三人に向かって言った。


「オレは、このパーティを抜ければいいんだな?」


 重い空気が個室を支配するが、それを打ち破ったのはリーダーでもあるニックだった。


「カルジさん……申し訳ありません。オレたちが不甲斐ないばかりに……」


「いや、そんなことはないさ。不甲斐ないのはオレの方だったんだからな」


「けど……」


「今どき、魔法士を庇って戦闘するパーティなんてどこにもいやしないさ」


 魔法具が登場する以前の戦いは、魔法士を中心とした編成だった。


 前衛のタンカーが魔獣の集団を切り崩したり、攻撃を防いだりするのは今も昔も変わらないが、中衛のアタッカーは守備寄りだった。


 守備寄りで何をするのかと言えば魔法士を守るのだ。タンカーの守備を抜けてきた魔獣を手早く屠るのがアタッカーの役割となる。


 後衛には魔法士が配置されるが、そこには必ず、魔法士を守るもう一人のタンカーがいたり、あるいは別の魔法士が防御魔法を展開したりした。


 そして魔法士が攻勢魔法を放つことで、魔獣を一網打尽にする。その後、打ち漏らした魔獣をアタッカーが始末するというのがセオリーだった。


 だがこれも、魔法具登場後は一変する。


 何しろ、剣を振りながら炎を放てるし、弓矢が着弾したら雷撃をまき散らせるようになったのだ。タンカーは、より強固な防御力を手に入れた。


 だからアタッカーはどんどん前に出るようになり、弓矢や魔法銃を使うヒッターなる役割まで生まれた。


 例えばケーシィは弓使いだが、魔法具登場以前は、冒険者の戦場に弓使いはいなかったのだ。大規模戦闘を想定した軍隊には弓兵が存在していたが、冒険者の戦闘はあくまでも小規模だ。人一人が弓矢を放ったところで魔獣には大したダメージは与えられなかった。


 しかしこれも、攻勢魔法をエンチャントすることで、強力な遠距離攻撃が可能となった。


 こうなってくると、いちいち呪文を唱えなければならない魔法士は邪魔なだけだ。


 しかも魔法士はひ弱だから、誰かに守ってもらわなければ戦場に立つこともままならない。


 魔法を使えるようになった剣士や弓使いが、おのおのの判断で、編成も関係なく前へ前へと出れば、魔法士の守りが手薄になるのは当然だった。


 だからオレは、先日の戦いで被弾したとも言えるが……しかしそれは、彼らのせいではないのだ。


 気がつけば戦いのセオリーが変わっていて、オレはそれに対応できなかった……つまりはオレのせいなのだから。


 だからオレは、務めて明るく三人に言った。


「今までありがとうな。お前らと戦えてオレも嬉しかった」


 この三人と組んだのは、彼ら以外にオレを受け入れてくれるパーティがいなかったからだ。だからレベル差には目をつぶって、オレはこのパーティに入った。


 冒険者のなんたるかをまだ知らないこの三人は、当初、魔法士がパーティに加わるということで大喜びをしていた。


 今となっては、痛々しい記憶になってしまったけどな……お互いに。


「お前らは、これからもっと強くなれるよ。でも無茶はせず、慎重に励めよ?」


 明るく言ったつもりだったが、場の重さは変わらずだった。もうこうなってくると、何をどう言ってもダメっぽい。


 であるならば、あとは立ち去るだけだ。これで、何度目のパーティ追放だったかな……?


 パーティ追放の際、嫌みを言われたり馬鹿にされたりは散々あったが、こうやって、気を使われるほうが堪えるかもしれないな……


 そう思いながら立ち上がると、ツィロが言ってくる。


「あの……カルジさん……」


「ん? なんだ?」


「お気を悪くすることは承知の上で言いますが……もしかすると、高レベル冒険者のパーティであっても、サポーターであれば入れるのではないですか?」


「…………!」


 ツィロのその忠告に、オレは身を固くする。


 サポーターというのは、前衛・中衛・後衛とは別に同行する非戦闘員だ。


 荷物持ちの歩荷ぼっかがメジャーだが、それ以外にも、ダンジョンのお宝や罠を見つける盗賊、敵の強さを見抜く分析士、ドロップアイテムの価値を見極めて高値で売る冒険商など、多種多様なサポーターが存在する。


 冒険者にとってなくてはならない役割だし、だから奴隷でもない。


 オレが押し黙ると、ケーシィが慌てて言った。


「ちょっとツィロ!? いったい何を言っているの! カルジさんは魔法士なのよ!?」


 だがツィロは臆せずに言ってくる。


「だからこそだ。カルジさんは、数多の魔法知識を持っている。それを活かせば、ものすごい有能な歩荷になれるはずだ」


「そ、そうかもしれないけれど……!」


 ケーシィがオレの顔を覗き見てくるが、オレは目を合わせられなかった。


 魔法具が登場してからは、歩荷の役割はただの荷物持ちにとどまらなくなっている。的確な状況判断をして、必要な魔法具を戦闘員に渡す。もしミスをすれば戦局を左右しかねないほどなのだ。


 ツィロの意見を受けて、ニックがぽつりと言った。


「確かに……魔法具の出し入れを指示なくしてくれるのは凄く助かると思う……オレたちの稼ぎでは、まだサポーターを受け入れられないが……」


 ツィロが頷いてから話を続けた。


「ああ。高レベル冒険者パーティなら問題ないはずだ。元々歩荷はいるわけだし」


 職業に貴賎はないし、オレはこれまでサポーターを蔑んできたつもりもない。


 だが……!


 歩荷をやるために、二十数年の修練を積み重ねてきたわけじゃない……!


 職業差別だと言われても仕方がないが、サポーターの役割をこなすことを、オレは内心で拒絶していた。


 誰に語りかけるわけでもなく、オレはぽつりとつぶやく。


「そうだな……」


 体がわずかに震えているのは……怒りからだろうか?


 それとも、悔しさで泣き叫びたいのだろうか?


「……失業しないためにも、考えておくよ」


 いずれにしてもこれ以上、この場にとどまることは耐えきれなかった。


 そうしてオレは、個室を後にした。




(8月もつづく)

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