第8話  オレが優先すべきなのは、自身の小さなプライドじゃない

 ──気合いを入れて王都を出た、というのに。


 大物魔獣は倒せたが、その子分魔獣に追いかけられて、あわやこれまでかというところで。


 クラスナに助けられたわけだ。


「……寝てたのか」


 カーテンの隙間から差し込む朝日を見て、オレは起き上がる。


 イヤな夢を見ていたせいか、あるいは寝ぼけているせいか、記憶が混乱しているが……


 台所で顔を洗うと記憶がハッキリしてきた。


 クラスナに助けられたのが昨晩のことで、オレは疲れて帰ってきて、とりあえず横になったらそのまま寝てしまったらしい。


 体も洗わず寝たから、髪や体がゴワゴワしてて気持ち悪かった。


「はぁ……けっきょく、隠行魔法は無駄になるわ、訳の分からない少女に助けられるわ……散々だったし、何一つ解決してないな……」


 オレは愚痴りながら着替えを取り出すと、共同シャワー室に行く。このボロアパートは、シャワーとトイレが共同なのだ。


 重たい体に活を入れるために冷水を浴びながら、オレは考えた。


(もう……打ち手なし、か)


 今考えてみたら、隠行魔法で単独討伐だなんて無茶にも程があった。自暴自棄になっていたとしか思えない。


 自分で感じている以上に悔しくて、我を忘れていたのかもな。


(さて……これからどうしようか……)


 先日、ツィロに言われたこと──元魔法士として歩荷になれば活躍できるという話が脳裏をよぎる。


 単独討伐が出来ない以上、もはやそれしか道はないように思えた。


 クラスナの弟子になるとしても、どこかで食い扶持は稼がなくてはならないのだ。あれほどのスキルなのだから、習得まで最低でも向こう数年はかかるだろうし、最悪、オレでは習得できない恐れだってある。


 なんの知識もないのに別の職業──農民・商人・職人などに付くのは今さら不可能だろう。


 オレは思いもよらなかったが、言われてみれば確かに、サポーター職に就くのは至極現実的な選択だった。


(潮時……かもな……)


 オレが優先すべきなのは、自身の小さなプライドじゃない。


 借金返済が最優先事項だ。


 なにしろ、奨学金の債権者は王侯貴族なのだ。それを踏み倒そうものなら、奴らは国を挙げてでもオレを捕らえるだろう。もしオレが逃げ仰せたとしても、田舎の家族に手が回る。


 王侯貴族とは、何よりも面子を重んじる連中なのだから。


 そうしてオレか、オレの両親が、見せしめのため奴隷に落とされる。


 そんな境遇に陥るくらいなら、歩荷をやっていたほうが全然マシだろう?


 歩荷の報酬では月々の返済にも満たないが、そこは交渉次第だろう。ツィロが言った通り、元魔法士としての実力を示せば取り分は上げられるはずだ。


 オレはシャワーの冷水を止める。


「よし……ギルドに行くか」


 それに……希望はまだある。


 昨日、その希望に出会えた。


 ギルドで転職申請したあと、彼女たちに連絡を取ってみよう。


 まだ決めかねてはいるものの、近い将来、とてつもないスキルが身につけられるのだとしたら……それを励みに生きていける。


 オレはなんどか頬を叩くと、シャワー室を出た。

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