穴があったから入れてみた

ウツロ

穴があったから入れてみた

第1話 穴に杖を入れてみた

 初級魔法使いの俺は冒険者ギルドに所属していた。

 ギルドより斡旋された依頼をこなす日々。


「ゴーレムに魔力をこめる仕事ですね。これですと銅貨二枚です」


 暮らしはあまり良くなかった。

 ギルドのランクも一番低い銅級で、たいした依頼などなく飢えをしのぐのがやっとだった。


「田舎に帰ろうかな……」


 このまま芽がでないことは自分でも分かっていた。

 村に帰って畑でも耕したほうが、なんぼかマシかと思い始めていた。


 そんなある日。


「ん? こんな穴あったか?」


 依頼を終え街へと帰る途中、道の真ん中に大きな穴が開いていることに気がつく。

 覗き込んでみると奥は真っ暗。

 かなりの深さがあるように思えた。


「落ちたら二度とあがってこられないだろうな」


 穴は、まるで地の底まで続いているかのようだ。

 足でも滑らせたら大変なことになるに違いない。


「まあ、すでに底辺なんだけど」


 もう落っこちたようなものか。

 冒険者になって三年。いまだ銅級から上がれない者など、底辺以外のなにものでもない。


「辞めちまうか」


 心の底からどうでもよくなってきた。


「こんなものいらねえや」


 持っていた杖を穴に投げ捨てた。

 初心者用の杖だ。杖を使えば魔力の制御が少し楽になる。

 みな、ある程度慣れたら手放す程度のもの。

 ちょっとでも助けになればと、恥をしのんで持ち続けていたのだった。


 そのとき――


「あなたが落としたのは、この金の杖ですか?」


 白いローブを着た女性が、穴から浮かび上がってきた。

 その手には、金色に輝く杖が握られている。


「宙に浮いてる……」


 どう考えても、女性はただの人間ではない。


「もう一度たずねます。あなたが落としたのは、この金の杖ですか?」

「ちがいます」


 とっさに違うと答えた。

 なぜなら、女性の頭にはタンコブができていたからだ。


 俺が投げ捨てた杖が頭に直撃したのだろう。

 これはぜったい怒られるやつだ。


「そうですか。違うのですか」

「はい」


 違うとしか言いようがない。まともに答えては、よくない結果を招くに違いない。

 すると、女性はなにやら考える仕草をする。

 そして、今度はどこから取り出したのか、銀色に輝く杖をこちらに見せてきた。


「では、この銀の杖ですか?」

「ちがいます」


 金だろうが銀だろうが関係ない。

 怒られるのはイヤなのだ。


「では、落としたのは、この木の杖ですよね?」

「……ちがいます」

 

 まごうことなき自分の杖だったが、ここはシラを切り通そうと決めた。


「ほんとうですか?」

「ほんとうです」


 女性はメチャメチャ怪しんでいる。

 しかし、ここで認めるわけにはいかない。


「ウソを言うとためになりませんよ……」


 女性はついにオドしてきた。

 一瞬たじろぐが、大丈夫だと自分に言い聞かせる。


 ――なぜなら、杖は落としたのではない。捨てたのだから!


「……ひねくれ者のあなたには、この穴を差し上げましょう」


 そう言うと、女性はスウっと消えていった。


「え!?」


 キョロキョロと辺りを見回すが、女性の姿は影も形もない。

 それどころか、さっきまであった地の底までも続くような穴も、跡形もなくなっていた。


「夢?」


 自分のほっぺをギュっとつねってみた。

 メチャクチャ痛かった。どうやら現実に起きた出来事のようだ。


「どうなってんの?」


 それからしばらく放心状態でいたが、やがて日が暮れだした。

 夜は魔物が活発に動き始める。

 こうしちゃいられないと街へと駆けていった。

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