第64話 ベロニカに報告

「このボロ屋に住むかニャ?」


 ベロニカを呼びに行ったキャロが帰ってきた。

 そのキャロが帰ってきてそうそう廃屋を指さして言うのだ。


 おい! ボロとか失礼だぞ!

 記念すべきエルミッヒ商会一号店なんだぞ。


「いや、ここには住まない。しばらくは宿で寝泊まりする。金もすでに払ってるしな」


 とはいえボロいのも事実。

 害虫がわんさかいそうなところで寝たくはない。

 体中がかゆくなりそうだし、すきま風だってピューピューだ。

 記念とは心に刻みこんでこそ価値があるのだ。


「留守にして商品盗まれないかニャ?」

「商品なんてねえよ。肉はこれまで通り宿で保管だ」


 こんなところに肉を置くかつーの。

 しばらくは宿から通いつつ、肉を売って資金を稼ぐ。

 同時に新しい建物も手配する。

 商品を増やすのはそれからだ。

 在庫を抱えて身動き取れなくなるのはゴメンなのだ。


「誰かに勝手に住まれたらどうするニャ?」

「力ずくで追い出せよ」


 どうするニャ? じゃねえよ。

 そういうのに対処するのがお前の仕事だろうが。

 俺ばっかにやらせんじゃねえよ。


 まあ、どうせ新しい建物と交換するからいいんだけどな。

 いすわられようが関係ない。

 建物ごとサヨナラだ。


 ――いや、つーかな。


「お前ベロニカはどうした? 呼んで来いつったろ」


 ベロニカを呼びに行ったキャロは、なぜか一人で帰ってきたのだ。

 ベロニカと一緒にいた元借金取りの子分の姿もない。


「片付けあるって言ってたニャ! 終わったらすぐ来るって言ってたニャ!」

「手伝えや!」


 売り場の片付けだろ? お前も手伝うんだよ!

 一人だけ帰ってくるって、どういう神経してんだ。


「わかったニャ! もう一回いってくるニャ!」

「行かんでいい」


 行ったら行ったで、入れ違いになりそうな気がする。


「あれ? キャロは?」

「え? ちょっと前に来たっきりですけど」


 みたいな。


 まったく。

 役に立ったり、立たなかったり、使いどころの難しいやつだな。

 まあいい。日が暮れるまでまだ時間はあるし、肉でも焼いとくか。





――――――





「これは……」


 しばらくしてやってきたベロニカが目をパチクリしている。

 どうだ? これが念願のエルミッヒ商会の一号店だぞ。

 目に見える第一歩だな。

 ここを拠点にガンガン売って街一番の商会にしてやるのだ。


「たしかここにはオルタレス商会があったはずじゃあ……」


 ベロニカは続けて言う。

 うん、あったね。

 なんか移転したらしいよ。

 牛さん相手に新しい商売始めるんだってさ。

 狩りをする俺たちのライバルだな。死んでなければだけど。ハハッ!


「この建物は……」

「街のはずれから持ってきた」


 ちょいとボロだが、すぐに新しいのに変えてやるからな。

 資材となる材木は俺が簡単にとってこれるしな。

 組み立てだって、フックで吊ればだいぶ楽だろうし。


「まあ、そういうわけなんで、これからここを拠点に活動していく。売るのはこれまで通り露店で串焼きだけど、場所がいいからたくさん売れるはずだ」


 なんなら他の大商店の前で売ってもいい。

 それでイチャモンつけてきたら、また同じように場所ごといただいてしまおう。

 店舗が増えてライバルが減る。いいことずくめだ。

 問題はスタッフの数が足りなくなることだな。

 奴隷の補充は最優先の課題かもしれん。


「あの、話がまったく呑み込めないのですが……」


 ベロニカは困惑している。

 展開が急すぎて、思考が追いついていないのかもしれない。


 ふふ、かわいいやつ。

 美人の困った顔って、なんかいいよな。


「まあ、いいじゃねえか。細かいことは気にするな」


 そう優しく言葉をかけると、ベロニカのシリをそっとなであげるのだった。


「オルタレス商会のヒゲオヤジと同じことをしてるニャ!」

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