第65話 半年後

 それから、商売は順調だった。

 店舗を増やし、従業員も増やす。

 衛兵やら役人やらにワイロも送った。

 おかげでエルミッヒ商会は急成長を遂げたのだ。


「フラットは?」


 エルミッヒ商会本部の裏手にある建物で、ガラの悪そうな男に声をかける。


「へえ! アニキは借金の取り立てでさ!」 


 この建物はフラット一家が営む金貸し屋だ。フラットを頂点として、なかなかの儲けを叩きだしている。

 顧客は冒険者など肉体労働者が多い。その日暮らしの者は、たいてい金に困っているのものなのだ。


 また、フラット一家はギャンブルも営んでいる。

 こちらも好調だ。

 その日暮らしの者ほど、ギャンブルを好むものである。

 金がない者は借りに、金がある者はギャンブルで金を失い、やっぱり金を借りるのだ。

 どうやっても儲かる仕組みだ。


 ひどい話だな。

 まあ、実質のオーナーは、ぜんぶ俺なんだけど。


「なんだよ。せっかく来たのに留守かよ」

「あいすいやせん。おい! エルミッヒさまに冷たい水を持って来い! グズグズしてたら頭カチ割るぞ!!」


 俺が高そうなイスに腰かけると、ほどなくして冷たい水が運ばれてきた。

 持ってきたのは十代半ばぐらいの少年だ。

 顔はこわばり、お盆にのせたコップはカタカタと揺れている。


「うむ。いただくよ」


 お盆からコップを掴み上げると、少年はホッと息をついた。


 初めて見る顔だな。

 最近フラット一家に入った者だろう。目じりについた古傷が特徴的だ。

 そうとうな悪ガキだったんだろうな。ここへ来てさらに磨きがかかると思われる。

 一か月もすれば立派な悪人ズラになっているだろう。けっこうなことだ。


「取り立ては順調か?」

「へえ、みんな素直で助かってまさぁ」


 俺が尋ねると、ガラの悪そうな男が返事をする。

 こいつはフラットの弟分アムコだ。俺が穴に落とした上、奴隷にしたやつだな。

 フラット一家の幹部の一人だ。

 一家を立ち上げてから約半年だが、なかなか貫禄がついてきた。


 もうフラットも、その子分たちも首輪はしていない。

 しっかり稼いで自分を買い戻したのだ。

 それほど金貸しは儲かるってことだ。


「そいつは何よりだ。だが、なんかあったら呼べよ。順調なときほど予期しない出来事は起こるからな」

「へい」


 最初、借金の取り立ては俺も参加していた。

 顧客は荒くれものが多い。金など払うかと開き直る者も多いのだ。

 そんなヤツラを片っ端からフックで吊った。

 払いきれなければ、痛めつけたあと奴隷にして売る。

 借金を回収しきれず損失も出るが、ゴネるやつは減っていく。結果的にはプラスなのだ。

 おかげで裏社会での俺の評判は、なかなかのものになってしまった。


 しかし、フラット一家が大きくなるにつれ、俺の手を必要としなくなってきた。

 強いやつには数で対処するのである。あるいは権力か。

 あちこちにバラまいたワイロがものを言うのだ。


 商売だって似たようなものだ。俺の出る幕はもうない。

 すでに誰かが商品を勝手に仕入れて売っている。

 俺が下手に口をだすより利益があがるのである。


「ボス。それで今日はどういったご用件でさ? なんならフラットのアニキに伝言いたしやすが」

「いや、べつにたいした用じゃない」


 要するにヒマなのである。

 何もしなくても金が入ってくるのはいいが、おかげですることがなくなってしまった。

 何か面白いことがないかと街をさまよう日々だ。

 う~む、まさかこの年で隠居老人みたいになるとは思わなかった……。


 そのとき、入口の扉がパアアンと開いた。


「エルミッヒ、ここにいたかニャ!」


 キャロだ。

 俺を指さすと、彼女はつかつかと歩み寄ってくる。


「探したニャ!」

「おまえ、扉はもうちょっとゆっくり開けよ。カチコミかと思ってみんな身構えてるじゃねえか」


 新入り以外はみな武器を構えていた。

 金貸しなんてものは恨みを買ってなんぼだ。

 襲撃にはつねに警戒しているのだ。


「大丈夫だニャ! ドアを開ける前から、足音で誰かわかるニャ!」

「わかんねえよ」


 それで分かるのは猫耳族のお前だけだよ。


「で、なんの用だ」

「ひまニャ!」


 キャロの返事に水をふきだしそうになる。

 いやいやいや。

 お前は俺と違ってちゃんと仕事があるだろう。


「ひまってお前、狩りはどうした、狩りは」


 エルミッヒ商会では商品の売り買いだけでなく、狩りも行っている。

 利益率がいいからだ。

 狩りは作物などの栽培と違って、時間がかからないのもいい。


 なんたってモンスターは逃げずに寄ってきてくれるからな。

 腕さえ確かならば、とりっぱぐれがないのだ。

 だから、エルミッヒ商会では素材になりそうなモンスターは積極的に狩るようにしている。


 その責任者がキャロだ。

 ヒマなわけがないのだ。


「飽きたニャ!」

「飽きたっておまえ……」


 そもそも、狩りをキャロに任せたのは彼女の一言があったからだ。


「ご主人様が吊ってばっかりでつまらニャイニャ!」


 そうほざいたのである。

 借金の取り立てどうよう、狩りは俺も参加していた。

 ところが、俺がとにかく吊るものだから、狩りとして面白みがないんだそうだ。

 自分は獲物にトドメを刺すだけなのに嫌気がさしたって話。

 だから、任せることにした。

 それが、数か月で飽きただと?


 とんだワガママ娘だな。

 猫耳族ってのはみんなこうなのか?


 ……まあ、しゃあねえか。

 確かにヒマだもんな。


 キャロも元借金取りたち同様、奴隷から解放した。文句も多かったが、しっかりと働いたしな。

 で、そんとき尋ねたわけだ。

「これからどうする? 里に帰るか?」って。


 だが、キャロは言った。


「エルミッヒと一緒にいるニャ。エルミッヒとなら退屈しなくて済みそうニャ!」


 そんなこと言われたらさあ。

 まあ、しゃあねえかってなっちゃうじゃん。

 俺がヒマならキャロだってヒマだもんな。

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