第10話 残念ながらとくに入れるものはなかった

「国王に命を受けた?」

「ああ、正確に言うと、その下の大臣からだがな」


 ブランすでぃーの告白だ。ジェイの傷がある程度治ったところで問いただした結果である。


「国王が魔王の封印を解くように命じたわけか」

「そうだ。王個人というより国の方針でだ」


 リックの質問に、ブランすでぃーは淡々と答えていく。

 ちなみにブランすでぃーは裸のままロープで縛られている。動揺している素振りは見られない。

 なかなかに神経がずぶといな。おれも見習いたいところだ。

 しかし、ショッキングな内容だなあ。せっかく封印した魔王を国が解放しようとするとは。

 ブランすでぃーが「魔王様」でなく「魔王」と呼んでいたあたりからなにかあるとは思っていたが。

 

「なぜそんなことを……」

「そりゃあグルだからに決まってるだろ」


 え? グル?

 魔王と国がグルってことか?


「外に脅威があった方が国はまとまるからな。国は魔物を使って不満をそらす。また、都合の悪い勢力を滅ぼす。そうやって長年手を結んできたわけだ」


 なるほどなあ。それができなくなったから封印を解こうとしたわけか。

 じゃあ、勇者のやったことは国を怒らせたのか? いや、それにしては勇者はのんびりとしてたな。国がこんな畜生なら、タダでは済まないと思うのだが。


 この疑問、やはりリックも同じように思ったようで、ブランすでぃーに問いかけていた。


「じゃあ勇者が魔王を封印してしまったのは、国にとって歓迎できないことだったのか?」

「いや、違うな。そもそも魔剣を勇者に渡したのは国だ」


「なに? どういうことだ?」

「魔王を封印するよう勇者に依頼したのは国だ。それは間違いない」


「じゃあ、なんで……」

「最初はよかったんだ。お互いうまくやっていた。だが、魔王がだんだん言うことを聞かなくなってきてな。国としてはお灸をすえてやろうと勇者に封印を依頼したわけだ」


 マジかよ。すげー茶番じゃん。がんばって封印した勇者カワイソウ。

 ……いや、待てよ。勇者が魔王を殺そうとせず封印を選んだってことは、この関係を知っていた可能性があるな。

 封印が依頼だったとしても、疑問はもつだろうし。

 やっぱ知ってたんじゃねえかなあ。それが一番納得がいく。


 う~ん、じゃあ勇者の取り巻きどもはどうだろう?

 こっちも知ってたっぽいよなあ。封印を確認しにすぐ動きだしたことも、逃げ出したことも、なんか不自然だったし。


「そうか、それでタイミングをみてお前が封印を解きに来たってわけか」

「そういうことだ。俺はそもそも冒険者じゃない。このためにギルドに潜り込んだに過ぎない。せっかく封印した魔王を冒険者が解放してしまった。その責任を負わせ、勢力を増してきた冒険者ギルドを牽制するって筋書きだ」


 ほへ~。

 いろいろ考えるなあ。その知恵をもっと別のことに使えばいいのに。


「なるほど、分かった。だが、そもそも魔王と取引してそこまでメリットがあるものなのか? このに魔物を滅ぼす。あるいは、統率者である魔王をそのまま封印しとけばいいだろう」


 リックは続けて聞く。

 そうだな。俺もそこがよくわからん。


「魔王を封印、あるいは殺したとしても新しい魔王が生まれるだけだ。意味がない。国と同じだよ」


 たしかに。国王が死んでも次の国王が決まるだけだしな。

 魔王が新しくなって話が通じなくなりましたじゃあ悪化するだけだしな。


「それにな。魔物を滅ぼすのは不可能だ」

「……わかってる。簡単に滅ぼせないことぐらい。だが、みなで力を合わせていけば徐々に減らしていけるはずだ」


 ブランすでぃーの言葉に反論するリック。

 オッサン熱いな。すごくいい人っぽい。

 よくそれでここまで生きてこられたもんだ。

 俺みたいに善良だと生きづらい世の中だしなあ。


 しかし、それを聞いたブランすでぃーは鼻で笑った。

 お、コノヤロウ。善良な庶民をバカにする気か。今度はチンコを穴に入れちまうぞ。


「いや、わかってないな。そういう問題ではない。そもそも人類がいる限り魔物はいなくなったりはしないのだ」

「どういうことだ!?」


 そうだね。どういうことよ?

 チンコ剥ぎ取りは保留にしてやるからキリキリ答えんかい!


「ふむ。ちょっと長くなるがいいか?」


 え? 長くなんの?

 あんまり長いとアキるんだが……。


 しかし、リックはうなずいた。


「ああ、かまわない」

「わかった。そもそも魔物とは人の魔力をかてとしている。人が増えれば増えるほど魔物も増えていくのだ。だが、人の暮らしに魔力は欠かせない。捨てることはできないのだ。そこで約100年前、辺境伯であったヨハネス三世が均衡をたもつべく提言したのが人魔均等論だ。これには賢者ラストマーの魔力構築理論が深く関与しており、ダーズマの女神からの神託を得た時の皇帝リヒャルト一世が……」


 マジでなげぇ!




――――――




 地面を這っている小さな虫を指で弾く。

 よし、新記録だ。この距離を抜かすのはしばらくムリに違いない。


 では、次はこのハサミ虫同士を戦わせよう。

 勝った方がチャンピオンだ。熱い戦いになるに違いない。


「いたっ!」


 ハサミ虫をつまんだら指をはさまれた。

 ヤロウ、やってくれるじゃないか。

 おまえは死刑だ。

 石を拾い上げると上から落とす。


「クッ、こいつチョコマカとよけやがる」


 なかなか難しい。もう少しのところでハサミ虫は石を回避してしまうのだ。

 よし、ならばツバ攻撃だ。

 石で逃げ場をなくしたところで、上からニューンとツバを落とす。


「お前、なにやってんだ?」


 ちょうどツバがハサミ虫にヒットしたところでリックに声をかけられた。


「いや、水攻めをね……」

「話は終わったぞ。くだらねえことしてないでこっち来い。これからどうするか相談するから」


 どうやらブランすでぃーの長話はついに終わりをむかえたらしい。

 マジで長かった。あんなもん聞いてられるか。


 ちなみに他のやつはどうしてるんだと、チラリと取り巻き女子を見ると、隅っこの方で小さくなっていた。


「あいつは?」


 リックにたずねる。

 どうするかの話し合いなら全員参加だろう。反省するのは大事だが、こういうときは一応輪の中に入っていてもらわないと。


「いいのか?」


 しかし、リックは逆にたずねてくる。

 なんで?

 ああ、俺が怒ってたからか。

 いちおう俺に気をつかってくれているらしい。ベテランだけあってうまく回す方法を知っているみたいだ。

 さすがだなあ。

 だが、見くびらないでもらいたい。

 俺はキライだからと言って仲間外れにするようなセコい男ではないのだ。


「もちろんいいに決まっている。オイ! 話し合いすっからおまえも来いよ」


 取り巻き女子にそう呼びかけると、彼女は驚いた表情を見せた。

 うんうん。だいぶ、しおらしくなっとるね。


 よし。あとでケツでも触ってやろう。今ならいけそうな気がする。

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