第62話 根こそぎいただく

「このヒゲのオッサンが冒険者に金を渡してたニャ!」


 俺に話をふられたキャロは、無能店員を指さしてそう言った。

 キャロはバッチリと金を受け渡しした現場をとらえていたのだ。

 やるじゃないか。


 ちなみにだが、この無能店員、ヒゲが濃い。

 口ひげとアゴひげが完全につながっているタイプだ。

 そりゃあ気になるよな? 俺も気になる。

 タイミングがあれば、どこまでが口ひげでどこまでがアゴひげか聞いてみたいところだ。

 

「こいつは悪いやつニャ! イナカモノにルールを教えてやれとかなんとかホザいてたニャ!」


 それに悪口もしっかり聞いていたようだ。さすが猫耳族だけあって耳がいい。

 フン、俺たちを田舎者とは笑わせてくれる。

 世界を飛び越えてきた、この俺たちをな!(※1)


「な、なにを言うか、この奴隷ふぜいが!」

「言いがかりもいいとこだ」

「そうよそうよ」


 無能店員以外も、やいのやいの言い出した。

 店員は全部で三人。男が二人で女が一人。まるで小鳥のようにピーチクパーチクとさえずっている。

 ムダな抵抗なのになあ。

 なにを言おうが、言い逃れなどできないというのに。


「言いがりじゃないニャ! ちゃんと見たニャ! このヒゲオヤジがすれ違いざまに女のシリをさわっているところも見たニャ!」


 一瞬、場がシンとなった。

 みなの視線が無能店員に集まる。

 ブハッ! キャロのやつ思いがけない方から攻めてきたな。

 無能店員のアタフタする姿が、なんとも面白い。


「な、な、なにを言って……」

「すごい早業だったニャ! 相手が振り返った時には、もう人ごみに紛れてたニャ!」


 キャロはそのときの無能店員の動きを再現した。

 後ろ手で、下からなで上げるような手の動き。

 ほかの指より曲げた中指が、やけに生々しい。


「あんた……」

「ちがう、ちがう!」


 女の店員が、冷たい目で無能店員を見だした。

 早くも仲間割れだ。

 すごいなキャロのやつ。

 狙ってではないだろうが、相手のいやなところを的確に突いてくるな。


「ウソつきだ。こいつはウソを言っている。奴隷の言うことなど、誰が信用するものか!」


 無能店員は顔を真っ赤にして怒鳴りだした。

 スゲー必死。

 ケツを触ったのが本当かどうかは知らんが、必死になればなるほど真実味を帯びてくるのがなんとも面白い。


「奴隷とか関係ないニャ。そもそも奴隷はウソつけないニャ。忘れたのかニャ? こいつエロいうえにアホだニャ」


 無能店員の言い分は、キャロにバッサリと切られてしまった。

 あ、そういや奴隷はウソがつけないんだった。

 俺もすっかり忘れてた。さっき「暑いって言ってたよ。なあ、みんな」とか言ってウソに乗っからせようとしてた。

 危ねえ、危ねえ。


「……」


 無能店員は黙り込んでしまった。

 キャロの勝ちだな。あっけない。


 ――しかし、あれだな。

 アホなうえにエロいってどうしようもないな。

 ああいう大人にはなりたくないものだ。


「というわけで、お前たちオルタレス商会には、冒険者が払いきれなかった賠償金を代わりに払ってもらう」


 ここで割って入る。

 もっとキャロの戦いを見ていたいところだが、しかたがない。

 のんびりしていると衛兵が来ちまうからな。

 それまでに全部終わらせておかないと。


「な、なんだと! ふざけるな!」


 オルタレス商会の者たちはイキリ立ちだした。

 賠償金など納得できるかと、わめいている。

 だが、関係ない。すでに決定事項なのだ。くつがえすのは不可能なのだ。


「よし、お前ら、店中から金を根こそぎ奪ってこい」


 そう奴隷たちに指示すると、自分は商品を物色し始める。

 ちょうど屋台がほしかったんだよねー。タダで手に入るとは、なんともラッキーだ。


「ふ、ふざけんな。お前――」

「ギャ!」

「イガガガ」


 無謀にもオルタレス商会のやつらがジャマしてきたので、とうぜん吊った。

 トリプルフックだ。きれいに三人吊り上がった。


「ハガガガ……。おまえ……ら、こんな……ことをして……ただですむ――」

「うるさいニャ!」


 苦痛に耐えながらも声を絞り出していた無能店員に、キャロがパンチを喰らわせていた。それも股間に。

 フハハ、オモロ。

 あいつ容赦ないな。


 パンチを喰らった無能店員は、うめき声を出したままブラブラと左右に揺れるのであった。




――――――




「よ~し。こんなもんでいいか」


 金目のものは、あらかたいただいた。

 金貨600枚には満たなかったが、そこそこの金額にはなった。

 ただ、商品にはあんまり手をつけていない。

 いっぱい持ってても、今はさばききれないからな。


「いいものがありやしたぜ」


 そこへフラットが何かを持ってやってくる。

 見れば、丸めた羊皮紙ようひしと短剣だ。


「おお! これは土地の権利書じゃないか」


 羊皮紙には領主の名で、オルタレス商会に対しこの場所で商売を認める的なことが書かれている。

 これはいい。あとでオルタレスの部分をエルミッヒに書き換えておこう。

 偽造だが、パット見で分からんかったら、なんとかなるだろう。探せば写し専門の業者もいるだろうしな。

 こういうのはやったもん勝ちだ。

 世の中は強いほうの意見が通るのだ。


「で、この短剣は?」


 権利書はわかるが、短剣はなんでしょう?

 価値のある魔道具的なやつ?


「ああ、この短剣が権利書の有効性を示すんです」

「え、そうなの?」


 フラットが答えてくれるが、よく分からない。

 短剣が権利書の有効性とはどういうこっちゃ。


「この手の公的書類は、証書だけでは不十分なんです。短剣などシンボルになるものとセットで初めて効力を示すんです。ほら、ここにザリバの名の元にって書いてあるでしょ」


 フラットはそう言うと、羊皮紙の一部を指さした。

 たしかにザリバの名の元にって書いてある。


「で、この短剣の銘もザリバ」


 続いてフラットの指さす短剣を見る。

 刀身の付け根にザリバと彫り込まれている。


「お~、ほんとだ」


 さすが元金貸しだな。

 よく知ってるなと感心する。(※2)


「しかし、これからどうします? 衛兵はそのうち駆けつけてくると思います。なんて言います? さすがに力づくで追い返すってわけにはいかないと思いますよ」


 たしかに。

 衛兵に危害を加えると領主がでてくるしな。

 面と向かって相手にできるわけもない。


 それに言葉たくみに丸め込むのもムリだろうな。

 どうせオルタレス商会のやつらは、衛兵にもワイロを送っているに違いないのだ。

 おそらく領主にも。

 たとえこちらが正しかろうと、裁きは常にオルタレス商会に味方するわけだ。

 これまで積んだ金の力ってやつだな。

 今の俺たちにはないものだ。


 だからさ――


「問題ない。訴えってのは訴えるやつがいてこそ成り立つんだ。争いもな。相手がいなけりゃ争いなんて起こらないさ」


 そう言うと、みなを引き連れ、店の外に出る。


「お~い、全員出たか? 危ないからちょっと離れてろよ」


 グイッと目の前のヒモを引っ張った。

 オルタレス商会の店はブンと吊り上がるのだった。土台ごと。



※1 世界を飛び越えてきた。

  穴に落とされただけ。しかも、借金取りを落としたのは主人公。


※2 土地の登記簿が登場するのは中世後期ぐらい。

 それまでは権利書として羊皮紙に書いたもののみが証拠だった……らしい。

 上下に同じ文章を書き、中央にはCHIROGRAPHUM(ラテン語で書き物の意味)の文字を。

 で、そのCHIROGRAPHUMの部分で羊皮紙を真っ二つに切って、上下に分ける。

 それを当事者同士が管理する。

 

 そのさい、短剣などのシンボリックなアイテムを、権利書とセットとしていた。

 登記簿がないので、エライ人の記憶頼りなところがあったようだ。

「ああ、この短剣で約束したやつね」みたいな。


 中世ヨーロッパと言えども期間も長いし、場所もさまざま。

 いろいろな方法があったかもですね。


 ただ、魔法がある世界の方が証書関係は発達してそう。

 奴隷の首輪があるぐらいなので。

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