第67話 マリーのつぎはベロニカ

「ベロニカ。旅に出る、すぐに支度をしろ」

「……は?」


 商会本部でウロウロしていたベロニカを捕まえて言った。

 ところが、返ってきたのは、ムニャっとした返事である。


「は? じゃねえよ。旅に出るからさっさと準備しろっつってんの」

「……たび?」


 ベロニカは何言ってんだコイツみたいな目で俺を見てくる。

 なんだよ。察しが悪いなあもう。

 昔なら「はい! エルミッヒさま、すぐに準備いたします!」っていうところなのに。

 あれからベロニカは変わってしまった。

 これも、金のなすゆえんか。

 人は地位と金を得ると、良くも悪くも変化してしまうものなのだ。


「そうだ。旅だ。すぐにでも出るから旅に必要なものを早急にまとめるんだ」

「……エルミッヒさま、それ本気で仰ってるのですか?」


 フウ、とため息をつくとベロニカは首を左右に振る。

 おい! なんだよその態度!

 バカに対してとるリアクションじゃないか。


「本気に決まってるだろうが。俺がそんな冗談を言うタイプか!?」

「でしたら、なおのことです。私はこの荷物を急いで運ばねばなりません。大口の取引が決まりました。納品する品物が山積みなのです」


 ふ~ん、大口の取引ね。

 それで木箱を持って、行ったり来たりしてたんだな。

 ただウロウロしてたわけじゃないのか。


「それ、お前がする必要があるの? ほかのヤツにやらせればいいじゃん」


 ベロニカの仕事は商会の取りまとめだ。

 各店舗ごとに番頭がいるが、それらを束ねるのがベロニカの役目なのだ。

 荷物の運搬など、下のものにやらせればよかろうなのだ。


「人手が足りません。みな、仕事を抱えて、てんてこ舞いなのです。誰かさんは遊んでばかりですけど」


 そうか、そんな繁盛してるんだな。それはいいことだ。

 しかし、遊んでばかりのヤツがいるってのは問題だな。

 誰だそいつ?

 キャロか?

 まったく。あの猫娘はワガママだからな!


「しょうがねえな。手伝ってやるよ」


 そう言うと木箱をフックで吊った。

 俺の能力は運搬に最適なのである。

 どんな重い物も、軽々と運んでいける。


「これもそうか? 任せろ。全部運んでやっから」


 木箱をジャンジャン運んでいく。

 倉庫に分けて置いてあった木箱があっという間になくなった。


「これで良しと。なあベロニカ。人手が足りないなら人を雇うか奴隷を仕入れろ。そのためのパイプ作りはもうやっただろ?」


 この半年間で人を雇うツテは作ったし、懇意にしている奴隷商もいる。

 そこから人員を仕入れればいい話ではないか。


「簡単に言わないでください。人を雇うと賃金が発生します。そのぶん利益が削られるのです。奴隷だってタダじゃありません。払った金額に見合う働きをする奴隷は意外に少ないのです」

「金にガメツイな」


 どんぶり勘定の俺とはえらい違いだ。

 なんでもベロニカは商家の出身だったらしい。

 それもけっこうな財閥で、かなりの数の従業員や奴隷をかかえていたのだとか。

 剣術に読み書き、政治や経済を幼少の頃より習っていたのだと。


 意外だ。人買いなんかしてるから、スラムの出身かと思っていた。

 そういや、荒ぶっていた割には上品すぎる気はした。

 それに自分が奴隷になったときの立ち振る舞いにも、迷いがなかった。

 今考えれば、小さいころから奴隷に接していたため、自然と奴隷像みたいなものが出来上がっていたのかもな。


 で、それがある日、家を飛び出したのだとか。

 政略結婚させられそうで、反発したとかなんとか。

 まあ、そのへんは詳しく知らない。

 どうでもよかったのでテキトーに聞き流してしまったからだ。

 商家の出身? じゃあ、商売任せられるじゃん、ラッキーぐらいにしか思っていなかったのだ。


「とにかくだ。旅に出る。早急に準備をするんだ。引継ぎもな」


 過去は過去。未来は未来。

 とっとと引き継いで旅に出るのだ。

 ところがベロニカは信じられないことを言う。


「引継ぎ? ……私は行きませんよ。見ての通り仕事が山積みですから」


 なんだって!

 行かない?

 そんなバカな!!!!!


 おまえがいないと誰が俺を守るんだ!

 キャロは強いがアテにならない。マリーはエロいが、戦いはからっきしだ。

 信頼と実績のベロニカ。その最強の盾がまさかの離反りはんだと!!

 アワアワと驚く俺にベロニカは続ける。


「旅の準備ならマリーにさせたらどうですか? あなた専属の奴隷でしょう?」


 チクッときた。しかも、マリーを名指しである。

 このように、ベロニカはときどき嫌味を言う

 どうも、マリーを奴隷にしたことが気に食わないみたいだ。

 ことあるごとにイヤガラセを言うのだ。

 たとえば、キャロを含めて四人でしよ~ぜと言っても首を縦に振らない。

 憤慨ふんがいである。


「旅行ならご自由に。ちょっと忙しいので後にしてくれませんか?」


 そう言って俺を押しのけようとするベロニカ。

 なんてことだ。

 こんなことなら奴隷から解放しなければよかった。


 ベロニカなら何があろうとも俺に付いてきてくれる。そう思っていたのに。

 それが旅行ならご自由にだと……。


 ――が、ここで引っかかった。

 ん? 旅行?

 もしかして勘違いしてる?


「ちょっと待てベロニカ。今おまえ旅行っつったろ? ちげーよ、旅だよ旅。この街を出て別のところに行くの」

「……え?」


 立ち去ろうとしたベロニカの足が止まる。


「しばらく帰ってこねえぞ。なんたって旅だからな。下手したら一生帰ってこない可能性だってある」


 実際はスカイフックでチョコチョコ帰っては来るが。


「え? ちょっと待っ……え?」


 なんかフガフガ言うベロニカなのだった。

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