第28話 チンピラ宙を舞う

「お、これか」


 剣と盾の看板が吊るされた一軒の建造物を見つけた。

 出入り口にはそれっぽい人間がたむろしている。


 たぶん、ここが冒険者ギルドだ。

 宿から意外と近かったな。

 街の施設をいろいろ見て回るつもりだったが、冒険者の登録を先にしておくか。


「あん?」


 ところが、なにやら様子がおかしい。

 建物の入口で、言い争うような声が聞こえる。

 なんでしょね。


「通せよ!」

「そんなとこに立ってたら、中に入れないだろ」


 声を発しているのは冒険者らしき少年二人組だ。

 どうやら、建物の中に入ろうとしているのをジャマされているみたいだ。


 確かにあれじゃあ通れない。

 ガラの悪そうな三人組のチンピラ冒険者が、横並びでガッチリと出入り口をふさいでいるのだ。


「がははは。ここを通りたかったら通行料をよこしな。今なら、ひとり銀貨一枚で通してやるぜ」


 そう言ったのは、チンピラ冒険者のひとりだ。たいそう大柄な男で、革のヨロイを着て、腰には斧をさしている。あと、ヒゲもじゃ。

 ほかのヤツらより二回りはデカイ。


 あーあ、絡まれちゃったか。

 たまにいるんだよなー。ああいうヤツ。

 うまくいかないストレスを発散するためか、新人や弱そうなやつを見つけてはイビってまわる。


 以前、俺がいた冒険者ギルドにもいた。

 俺はなるべく関わらないようにしていたが、ジャマでしょうがなかった。

 ギルドに行く時間帯をズラしても、出会うときがあるんだよなー。

 俺は強そうなやつの背後にピッタリついて、からまれないように立ち回っていたけど。


 まあ、その手のヤツはいずれいなくなる。

 起こしたモメごとが、意外と大事おおごとになったりするのだ。


 たとえば、盗んだ貴金属の持ち主が貴族だったりとか。

 男爵だったかな? 私兵みたいなのをいっぱい連れてきて、けっこうな騒ぎになってたっけ。

 その冒険者、ボッコボコに殴られてどこかに連れていかれてたよなー。

 しかし、バカだね。よりによって貴族のものを狙うなんて。


 まあ、そいつのポケットに銀のネックレスを入れたのは俺なんだけどね。ハハッ!

 三個盗ったうちの一個。

 残り二個は俺が闇市で売っちゃったからねー。

 元気で過ごしてるんだろうか、彼? 


「クソ! ふざけやがって」


 少年たちはヒゲのチンピラ冒険者をニラんでいる。

 どうにも、引っ込みがつかないようだ。

 う~ん、気持ちはわかるけど、やめといたほうがいいんじゃないかな。

 チンピラヒゲは体がデカイだけじゃなくて、筋肉モリモリだ。

 それに相手は三人だし、君ら二人に特別な何かがない限り勝ち目はないと思うよ。


「ペッ!」


 チンピラ冒険者のひとりがツバを吐いた。

 それは少年のズボンに命中した。

 あちゃー。


「きさま!」


 少年の手が腰の剣に伸びる。

 あー、マズイぞ。これもうおさまりがつかんのじゃないか?


「ほう、ぼうや。やるってか。面白えじゃねえか」


 案の定、チンピラ冒険者たちも、すぐに武器をかまえた。

 あらら、言わんこっちゃない。

 しゃーねーな。


「おお~い、ちょっと待ってくれ~」


 そう大声をだしながら、少年二人のもとへ駆けつける。


「すまんすまん。待った?」


 それから、少年ひとりの肩をポンと叩いた。


「え?」

「誰?」


 少年二人はあっけにとられている。

 こんちゃー。初めまして。

 これで三対三だ。チンピラどもも、すぐには手をだせないだろう。

 俺以外にも仲間がいる可能性があるからな。

 けど、あぶないので、俺は少年より前へはいかない。


「なんだオメー?」


 チンピラ冒険者たちがスゴんできた。

 俺が明らかに弱そうなので安心したんだろうか。

 この程度なら多少増えてもどうってことはないって感じか?

 フン、甘いよ君たち。


「ワリ―ワリー。寝坊しちゃってさ」


 とりあえず友達設定を続ける。

 こういうのは、相手の質問に答えないのがポイントだ。


「それで、この人たちは誰? 先輩? 強そうな人たちだけど」


 だが、気持ちヨイショする。

 いきなり斬りかかられては、かなわんからな。


「お、おう。そうだよ。大先輩だよ」 

「俺たちのことを知らねえとは、さてはオメエら、新入りか?」


 チンピラどもが、調子にのってきた。

 この手のやつらの考えることは、場所が変わってもあんまり変わらないな。

 いいでしょう。いいでしょう。もっと下手にでようではありませんか。


「先輩! 俺たちまだヒヨッコなんですよ。いろいろ教えてくださいよ~」

「がはは。おまえは、そこのボンクラたちと違って分かってるみたいだな」


 チンピラはさらに調子にのってきた。

 う~ん、単純。


「ありがとうございます! ぜひ、ご教授を!!」

「そうかいそうかい。なら、いいことを教えてやる。おめえら新入りは黙ったまま、有り金ぜんぶだして俺の股の下をくくりやが――」


「フン!」


 セリフが長い!

 思いっきりヒモを引いてやった。

 ものすごい勢いで、一番デカいチンピラヒゲが宙吊りになった。

 見たか、我が鼻フックの威力を!


「イガガガ、鼻が鼻が!」


 チンピラヒゲは吊られたままわめいてる。

 おお~。高い。

 二階より上にあがってるんじゃねえか?

 なるほど。ぐい~んと引くと高くあがる。

 しかも、俺が引いた長さ以上にチンピラヒゲは吊り上がっている。

 てことは、必ずしも引いたヒモの長さと同じだけ吊り上がるわけではないんだろうな。

 俺の気持ち次第で、高さは調節可能なのかも知れん。


「待っで待っで、鼻がどれる」

「あ、アニキ!」


 チンピラヒゲは空中で脱力中。それを残りのチンピラが心配そうに眺めてる。

 わははは。デッカイ魚が釣りあがったみたい。ウケる。


 しかし、鼻は取れそうで取れないもんなんだなー。

 あのフックにはダメージを与える力はないのかも知れん。

 あの巨体を鼻だけで支え切れるわけがないからな。


 このスキル、けっこう使い勝手がいいかもな。

 傷をつけずに捕まえるとかの依頼にも効果を発揮しそうだ。


「おろぢでくれ~」

「アニキ、大丈夫か? チキショー! どうなってんだ?」

「なんなんだ?」

「どういうこと?」


 みんな状況を理解できないようだ。

 チンピラたちも少年たちも。

 まあ、そうだろうね。

 何もないのに、とつぜん目の前で人が吊り上がったんだもの。


 よろしい。ならばもっと楽しみましょう。


「あぶない! 上だ!!」


 俺は頭をおさえてしゃがみこんだ。

 みなも釣られてしゃがむ。

 ムハハ、面白い。


 あぶないと言ったからには危険を演出しないとな。

 俺は握っているヒモをスルリとゆるめた。

 ストーンと落ちてくるチンピラヒゲの巨体。

 あわや衝突。みなが一瞬、かたずをのんだ。


 ここだ!

 ヒモをグッと握る。

 地面ギリギリでチンピラヒゲは停止した。

 完璧!


 チンピラヒゲは地面スレスレで揺れている。

 不思議と声は発さない。あれ? 気絶した?


「大丈夫か、アニキ」


 他のチンピラがチンピラヒゲに触ろうとした。

 だが、ダメだ。まだまだ終わらせんよ。

 すかさず叫ぶ。


「あぶない! 触るな!!」


 触ろうとしたチンピラがビクンと跳ねた。

 むははは。オモロ。


「これは見たことがある! ハンガーワイヤーの魔法だ。触ると自分も吊り上がるぞ!!」


 テキトーなことを言う。


「ハ、ハンガーワイヤー?」

「魔法なのか? 聞いたことないぞ」


 チンピラどもがざわついた。

 うん、聞いたことないだろうね。俺も聞いたことがない。

 だって、いま作ったんだもん。


「俺は魔法使いだ! 対処法は知っている。棒で押すんだ!!」


 そう叫ぶと、持っていた木の棒でチンピラヒゲを押した。

 巨体がブラーンと揺れる。


「なにやってるんだ! 手伝ってくれ!!」


 みんなをけしかける。

 呆然と見るもの、棒を探すもの、キョロキョロあたりを見回すもの、いろいろな反応があって楽しい。


「早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞ~!!!」


 かす。

 人間とは焦ると正常な判断ができなくなるものなのだ。


「あった、棒だ!」


 みんな棒を見つけたようだ。

 けっこう、けっこう。


「よ~し、力を合わせて押すんだ」


 ブラーン、ブラーン。

 チンピラヒゲの巨体は大きく揺れる。


「もっと、もっとだ!」


 揺れはさらに激しくなっていく。

 いまだ!


 サッと俺がヒモから手を離すと、チンピラヒゲは空を舞い、そのまま冒険者ギルドの窓を突き破って消えていった。

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