第3話 能力を知るために入れてみた

 それからというもの絶好調だった。

 ギルドで受けた討伐系の依頼はことごとく達成した。ギルドランクも急上昇だ。

 とうぜんお金はガッポガッポ。ギルドの連中も一目置くホープとなった。


 ぜんぶ穴のおかげだな。

 あの人は神様だったに違いない。日頃の行いがよい俺に力を授けてくれたんだろう。


「え? きゃっ」


 道を歩いていた女性が急にうずくまった。手で自分の胸と下腹部をおさえている。

 あらら。

 そっと近づいていくと、すこし大きめのタオルを手渡してやる。


「え、あ、ありがとう」


 女性はぎこちない仕草で、俺の渡したタオルを体に巻きつける。

 そうなのだ。この女性、服をまったく着ていない。なにかで隠さないと丸見えだ。

 そんな彼女にタオルを手渡してあげたのだ。

 冒険者たるもの街の住民と仲良くしておくにこしたことはない。

 こうした地道な努力が、自分の評判をあげる近道だと思う。


 穴の力を手に入れてから、俺は色々検証してみた。

 どうやらこの穴は、俺が望んだものだけを吸い込んでくれるらしい。

 手にもっているもの、身につけているもの、瞬時に吸い込んでくれる。持ち主に危害を加えることなくだ。

 場所も大きさも自由自在。なんとすごい穴なのだろうか。


 ただ、残念なのは盗みに使えないことだ。

 穴に入ったものを取り出す方法が、まるでわからなかった。

 さきほど穴へと消えた女子のパンツも回収不能である。


 ……まあ、いいか。この穴があればいくらでも稼げる。

 またギルドへ行って荒稼ぎしてやるか。


 いそいそと、冒険者ギルドへ向かう。

 入って正面は受付カウンター。数人の若くて美しい受付嬢が冒険者の相手をしている。

 右手を見るとクエストボードだ。ここに貼られた依頼の紙を取り、受付へと持っていくのが一連の流れだ。


 まずはクエストボードへと向かう。

 さて、なにかいい依頼はないだろうか?


 ♢♢♢♢♢

 急募!

 前代未聞の事件が頻発ひんぱつしている。

 歩いていると、とつじょ服をはぎ取られるのだ。

 狙われるのは主に若い女性。

 人命的損失はいまのところないが、ゆゆしき事態である。

 この怪奇現象を解決するにあたり、領主は冒険者ギルドにも人員の要請をするものである。

 日当、銀貨――

 ♢♢♢♢♢


「……」


 文章はまだ続いていたが、途中で読むのをやめた。

 あれだな。この依頼は俺にふさわしくないな。

 もっと俺が輝けるクエストがあるはずだ。


 そう! 俺しか倒せない強敵の討伐とかな!



「いてっ」


 とつぜん背中に衝撃を受け、前に倒れこむ。

 なんだ? どうなった?

 後ろを振り返ると、派手なヨロイを着た男がいた。

 コイツが俺を突き飛ばしたのだろう。

 しかし、男はこちらには目もむけずに、クエストボードを食い入るように見つめている。


「へえ~、面白そうな依頼じゃないか」


 こ、こいつは勇者だ!!

 最近ここらに姿を見せた、どんな依頼でも解決するという評判の男。


「ねえ、ゆーとー。なんて書いてあるのぉ♡」

「領主の依頼かニャ?」

「ユウト様のためなら、どんな依頼だって!」


 勇者の周りに取り巻きの女どもが群がる。

 みな、やけに肌を露出した衣装で、やたらとベタベタ勇者の体を触っている。


 ク~、ムカつく。

 もげろ! もげてしまえ!!


「よし! こいつを受けるぞ」


 勇者はクエストボードから豪快に依頼用紙をはぎ取った。

 あのタイプの依頼はボードに残したまま受付に声をかけるのがならわしであるが、そんなものは関係ないとばかりの態度である。


「さすがゆーと♡」

「自信満々だニャ!」

「ご主人様は困っている人を見過ごせない方ですから!」


 マナーのマの字も知らないような所業だが、取り巻きどもは勝手に盛り上がっている。

 突き飛ばされて困惑している俺を無視して。


「いくぞ!」


 勇者が受付に向かって歩き始めた。

 が、そのとき初めて座り込んでいる俺と目が合った。


「おう、そんなところで座ってちゃみんなのジャマだぜ。これをやるからメシでも食ってきな」


 勇者は床にチャリンと銅貨を投げた。

 それは、コロコロと転がると俺の足に当たって止まった。

 ――なんたる屈辱。


「さすがゆーと♡」

「優しいニャ!」

「ご主人様は困っている人を見過ごせない方ですから!」


 取り巻きどものアクロバティックな解釈に開いた口がふさがらない。

 そんな俺を尻目に、勇者とその取り巻きは受付カウンターに向かっていく。


 しかし――


「ケッ、底辺が」


 たしかに聞こえた。

 メチャクチャ小さい声だったが、勇者がそう吐き捨てたのが確実に聞こえた。


 コノヤロウ。

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