第2話 借金取りを入れてみた

「オイ! いつになったら返すんだよ!」


 街に帰ると待っていたのは借金取りだった。

 子分三人引き連れて、すごい剣幕で金を返せと迫ってくる。


「今はムリです」


 返したくても金はない。

 最後の銅貨は串焼きになって、すでに胃の中だ。


「ふざけんな! 借りた金は返すのがスジってもんだろうがよ!」


 ごもっとも。

 とはいえ、ないのだからどうしようもない。


「もう少し待っていただけないでしょうか?」


 返すアテなどないが、とりあえず先延ばしにしよう。

 未来の自分に賭けるのだ。


「オイオイオイ。こっちゃあガキの使いじゃねえんだよ。はいそうですかと引き下がれるもんか」

「そこをなんとか」


 子供だろうが大人だろうが、無一文なので引き下がってもらう他はない。

 いや、俺だって払いたいのよ?

 でも、ないんだもん。


「じゃあ、ギルドまで一緒に行ってやるよ。そこで利子だけでも払えよ。な?」


 借金取りはこちらの素性をしっかりと調べている。

 ギルドで依頼を受けたことも全部筒抜けのようだ。

 でも、知っているのはここまで。その後までは知らないのだろう。当たり前だが。


「ムリなんです。ギルドに行ってもお金は入ってこないんです」


 そうなの。お金は入ってこないの。


「なんでだよ! ギルドで依頼を受けたんじゃねえのか? それで少しでも返せばいいだろうが!!」

「いや、それがですね」


 たしかにギルドで依頼を受けた。ゴブリンの討伐依頼。

 しかし、行ったらデカイのがいたのだ。

 あれは間違いなくホブゴブリンだった。

 そんなやつに銅級冒険者が勝てる道理などないのだ。


「失敗しちゃいまして……」

「なにぃ!?」


 逃げて帰ってきたんです。

 ギルドに行けば、むしろ違約金を取られるんです。


「おい! コイツの指の骨、何本かヘシ折ってやれ」

「ヘイ!」


 ついにキレたのだろう借金取りがそう言うと、子分の一人が詰めよってきた。


 ヒィ!

 指を折るのはご勘弁を。


「おら! 指だせ!!」

「いやです」


 手を後ろで組んで抵抗する。

 指など折られようものなら、借金を返すアテがさらになくなる。


「コノヤロウ! 抵抗するな!! おい! コイツを押さえつけろ」


 子分その二が、背後に回る。

 そして、俺の腕をつかんでヒネり上げた。


「イタイイタイイタイ」

「手間かけさせやがって。勘弁ならねえ。全部の指をヘシ折ってやる!」


 ヒイ~。

 そんな殺生せっしょうな~。


 が、そのとき。

 近くで見ていた子分その一の足元に大きな穴が開いた。

 子分その一は、そのままヒューンと下に落ちていく。


「え?」


 キョトンである。

 借金取りも、その子分も何が起きたか理解できなかった。もちろん俺も。


「てめえ! なにしやがった!?」


 しばらくして、我に返った借金取りが、どえらい剣幕で怒鳴りだした。

 いや、なにもしてないっス。

 逆に俺が教えて欲しいっス。


「そういや、おめえ魔法使いだったな」

「そ、そうですが……」


 小さな脳ミソをフル回転させたのだろう。借金取りはおかしなことを言い始めた。

 不思議なことは魔法使いの仕業だって? なんと短絡的な。


「おまえがやったんだろう。つまんねえマネしやがって」


 そんなワケねーじゃん。

 こんなこと出来るなら、ゴブリン討伐に失敗してやしませんぜ。


 が、そのとき、ふと思いだした。

 さきほど出会った不思議な女性。

 金だの銀だの、わけのわからないことをたずねてきたおかしな人。


 ……そういや穴を差し上げましょうとか言っていたな。

 ――まさか。


「てい!」


 手をかざすと、子分その三の足元に穴が出現した。

 子分その三は驚きの表情のまま落ちていく。


 ――やっぱり。


「て、てめえ~」


 怒り心頭といった感じの借金取り。

 だが、その腰は少し引けている。


 お! こいつビビってるな。

 じゃあ、どうしようかな。


「借金取りのお兄さん。俺の借金っていくら残ってたっけ?」


 とりあえず借金の額を確認。

 腹が減ってはチョコチョコ借りて、すでにいくら借りたか覚えていないのだ。


「銀貨30枚に銅貨7枚だ!」


 え~そんなにあるの?

 さすがにそこまでは借りていない気がする。


「俺、そんなに借りたっけ?」

「借りたのは銀貨8枚、銅貨4枚だ! 利子が銀貨8枚に銅貨4枚、残りは手間賃で合計銀貨30枚に銅貨7枚だ!」


 めちゃくちゃじゃん!

 しかも、こうして聞くと利子がエゲつないな。倍かよ。

 そんなもん返せるわけがないじゃん。それに手間賃て何よ。

 アンタのか? それも高すぎねえか? やだよ。なんでそんなもんも払わなければならないのさ。


「え~っと。ご相談なんだけど、銅貨5枚ぐらいにならない?」

「なんだと、てめ~踏み倒す気か!」


 いや、ちゃんと払うよ。銅貨5枚だけど。


「ガズラファミリーをコケにしてタダで済むと思ってんのか? 地の果てまでも追って、八つ裂きにしてやる」


 ガズラファミリー。

 この近辺を取り仕切るならず者の集団だ。おかしな穴がつかえるとはいえ、さすがに相手にするには無謀すぎる。


「いや、コケにするなんてそんな……ハハ」


 愛想笑いで返してみた。

 こうなると、がぜん勢いを取り戻すのは借金取りだ。

 巻き舌で喚き散らす。


「このケジメはしっかりと取らせてもらうぜ。一睡もさせず死ぬまで働かせてやるからな!」


 ええ~、なんだよそれ。

 どのみち殺されるんじゃあ、言うこと聞くのバカらしいなあ。

 なら、いっそのこと――


「てい!」


 手をかざすと、借金取りの足元に穴が出現した。

 しかし、なんということでしょう。借金取りはとっさに後ろに飛びのき、穴をかわしてしまったのだ。


「げ!」

「てめえ、フザけやがって!」


 借金取りは腰にさした短剣を引き抜くと、刃先をこちらに向けた。


 やばい……。

 こいつけっこう強いかもしれない。

 が、そのとき。

 穴から巨大な青白い手がでてきて、借金取りをわしづかみにする。


「な、なんだこれ!? ちくしょう、離せ!」


 もがく借金取り。

 だが、巨大な手が離れることはなかった。

 それどころか穴のなかへ借金取りを引きずり込んでいく。


「クソ! てめえ、コラ。おまえぜったい殺して……」


 穴へと消えていく借金取り。

 声は急速に遠ざかっていくと、それ以上聞こえなくなった。


 なにあの手? すげ~怖いんですけど。

 狙われたらぜってー逃げられないじゃん。


 これで残っているのは俺と子分その二だけだ。

 ちらりと子分その二の顔をのぞきこんでみる。


「ひえ!」


 怖かったのは子分その二も同じだったのだろう。

 情けない声をだして逃げ始めた。


 だよね~。

 でも、こいつを逃すとファミリーに報告するよなあ。

 そうなると困ったことになるし。

 しょうがないよね。


「てい!」


 手をかざすと逃げていく子分その二の足元に穴が出現。子分その二は足をバタつかせながら穴に落ちていった。

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