第43話 プレゼント選び

 本日は自由行動となった。たまにはベロニカにも羽を伸ばしてもらおうかと思ってだ。

 お互いそこそこの金を持って街へと繰り出した感じだ。


 ベロニカは武器屋に行くと言っていた。俺はとうぜん奴隷商に向かう。

 もちろん、奴隷を物色ぶっしょくするためだ。

 ベロニカには内緒。プレゼントを買いにいく雰囲気をかもしだしておいた。


 まずは雑貨を見て回る。

 一軒の店でナイフを収納する革のベルトを手に取った。

 よし、これだ。速攻で買う。

 だいたい買うものの目星はついていたのだ。


 そして、いよいよ本命の奴隷商だ。

 同じところをグルグル~っと回って、ベロニカに尾行されていないか確認してから店の中へと入る。


 中ではイカツイオッサンが、布でグラスを拭いていた。

 明らかに暴力の匂いがするたたずまいだ。

 バーテンダー(※1)のような恰好をしているが、用心棒だろう。

 酒ではなく、強盗、あるいは奴隷の逃亡に目を光らせているに違いない。


 そんな店内には俺のほかに客はおらず、オッサンとダイレクトで目が合ってしまう。


「子供が何しに来た? 飲むなとは言わねえが、ここは大人が酒をたしなむところだぜ」

 

 イカツイオッサンは寝ぼけたことを言う。

 ほう、あくまで酒場であると主張するわけか。

 ふん、ナメられたものだ。このエルミッヒを、そんじょそこらの若造と同じように扱ってもらっては困るな。


「俺はローゼル・エルミッヒだ。熱い酒を買いに来た。いくら飲んでも酔わないような、身も心も癒してくれるあっつい酒だ」

 

 そう返答すると、オッサンの左の眉がピクリと持ち上がる。


「ほう、なかなか面白いことを言う。誰に聞いた? ここは紹介なしじゃ来られねえ場所だぜ」


 なるほど。顧客が決まっているタイプの奴隷商か。

 そういう店は得てして奴隷のランクが高いものだ。珍しい商品なんかも取り扱っていたりする。

 これは期待がもてそうだぞ。


「誰かに聞く必要なんてないさ。匂いってのはどんなにキレイに見せたところで、漂ってくるものだからな」


 オッサンの言葉にそう返すと、フトコロに入れていた奴隷の首輪をチラリと見せた。

 これで、しっかりと意味は伝わるだろう。


「末恐ろしいガキだな。いいだろう。ちょっと待ってろ」


 イカツイオッサンはそう言うと、奥へ歩いて行こうとする。

 やはり奴隷商でまちがいないか。

 しかし、ひとりで奥に向かわせるのはよくない。

 追いだすための仲間を呼ばれる可能性があるからだ。


「待て。そういうのは好きじゃない。商談ってのはもっとスマートにいかないと」


 そう言ってオッサンを呼びとめると、ポケットからパイプを取り出した。

 それから、ゆっくりとした動作で指先に火を灯し、パイプに詰まったタバコ(※2)に火をつける。

 ――ハッタリだ。

 俺はタバコを吸わないが、魔法使いであると知らせるとともに、貴族っぽさを演出するわけだな。

 客と見なきゃ痛い目に会うぞってなもんだ。


 この手の店はとにかく見慣れない人間を嫌う。

 たとえ奴隷が合法でも、奴隷の入手手段まで合法とは限らないからな。

 まったく。客になるだけでもけっこう骨が折れるものだ。


「か、勘違いするな。今は客がいる。奥で商談の真っ最中だ」

「へ~、それじゃあ、アンタひとりで奥に入ったところで意味はなかろう。商談が終わるまでここで一緒に待つとしようや」


 オッサンはうろたえている。

 やはり仲間を呼ぼうとしていたか? いや、まだ判断できないな。

 ちょっと様子見だ。

 すでにオッサンにフックは引っかけた。

 おかしな動きをすれば、いつでもヒモを引ける。


「わかったわかった。まったく、俺を脅すとはとんでもねえガキだ。貴族ってのはみんなそうなのか? まあいい。とりあえず待っている間、酒でも飲むか?」

「いや、けっこうだ。俺が飲むのは女の乳だけだ」


 こんなところで出てくる酒など、誰が飲むかってんだ。

 なにが入っているかわかったものではない。


 さて、これでオッサンに仲間を呼ばれる心配はなくなった。

 あとは俺を客とみなしてもらえるかってとこだな。


 しかし、待つといっても、いつまで待てばよいのやら。

 奥に客などいなければ、ただ待っているだけのアホになるしな。

 適当に理由をつけて奥に踏み込んじまうか。


 そう思い始めたとき、人の気配がした。

 階段をのぼってくるような足音も。

 客か? 足音はひとつじゃないようだが、気を抜かないように注意しないとな。



※1 ちょっと気になったのでバーテンダーについて調べてみました。

 酒を提供する人を「バーテンダー」と呼びますが、その名がつくけっこう前から、その職業じたいはあったそう。


 「バーテンダー」と呼ばれるようになったのは1830年代のアメリカ。

 なんでも、樽に入った酒を勝手に飲む客が多数おり、飲まれないように置いた仕切りの板が「バー」なんだと。

 それで「バー」は酒場を意味するようになった。


 また、客に勝手に酒を飲まれないよう監視する人を「テンダー(番人)」と呼び、それが合わさって「バーテンダー」となったとか。

 

 中世ヨーロッパ風の小説なら、酒を提供する人物はいて当然ですし、バーテンダーと訳すのも問題なさそうですね。


※2 タバコは7世紀の古代マヤ文明の人たちが吸ったのが最初だそう。

 ヨーロッパに伝わったのは15~16世紀ごろ。

 ジャン・ニコ氏がフランスの貴族に送ったことで爆発的に広がったとか。

 主成分のニコチンはそのジャン・ニコ氏の名前が起源。頭痛薬として用いられていたとかなんとか。


 WEB小説ではあんまりタバコはでてくるイメージはありませんが、むしろ中世ヨーロッパでは馴染みがありそうな感じですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る