第30話 昨日はお楽しみでしたね

 起きたらもう昼だった。

 仲良ししすぎて、すっかり寝過ごしてしまったのだ。

 朝メシも食いそびれた。運動したし、メチャメチャお腹が空いている。

 しかし、昨日のベロニカは凄かった。

 なにがどうとは言えないが、とにかく凄かったのだ。

 おかげでクタクタである。


 昨日はちょっと危ない場面もあった。

 だが、困難を乗り越えて、俺とベロニカの絆はより深まったのだ。


 というわけで、今日は新しく奴隷を買いたいと思う。

 できれば清楚系がいい。

 ベロニカがグイグイ来るタイプだから、ちょっとぐらい、じれったい方がバランスが取れているだろう。

 理想は、自分の顔を両手で隠して「ごめんなさい、ごめんなさい」って言うようなタイプだな。

 まあ、そのへんは巡り合わせ次第ではあるが。


 というのも、きのう街を見て回ったとき、良さそうな店を発見したのだ。

 裏路地の一角。店には違いないが、看板を出していない。

 酒樽さかだるとビンを転がして、いっしゅん盗賊ごようたしの酒場かと思わせる。

 しかし、よく見れば樽の隙間から鉄のクサリと鉄球が見えるのだ。

 俺はひと目見てピンと来た。

 あれは奴隷商の店に違いないと。


 奴隷との出会いは一期一会だ。

 つぎ来たときもその奴隷がいるとは限らない。

 人気商品ほど、入荷したとたんに売れていくものなのだ。


「ん……」


 声が聞こえた。ベロニカが寝返りをうったのだ。

 まったく。奴隷のくせに主人よりネボスケとは。

 まあいい。今日は多めに見てやるか。

 ベロニカはなんとも幸せそうにベッドで寝ている。

 そんな姿を見ると、こちらまで幸せになるというものだ。

 

「うん?」


 ふと、彼女が何かを握りしめているのに気がついた。

 それは見事な銀細工でできており、三本のきれいな銀の曲線が花の茎を表している。

 その先端に輝くのは、小さな宝石だ。アメジストだろうか? これから咲こうという花のツボミを連想させる。

 俺がプレゼントしたブローチだな。

 ベロニカのやつあんな大事そうに……。


 そのとき、衝撃が走った。まるで雷が駆け抜けたかのような激しい胸のざわめき。

 幸せそうにブローチを握りしめるベロニカを見た瞬間、気付いてしまったのだ。

 俺はいったい、なにをしようとしていたんだ。奴隷を買いに行こうだと!?


 なんということだ。

 ――お金がないじゃないか!!


 あのブローチに有り金すべて使ってしまったのだ。

 これは、これでは……。

 奴隷など買えるわけがないじゃないか!!


 不覚。なんという不覚。

 困ったぞ。奴隷どころか今日たべるものすら買えない。

 どうしたらいいんだ……。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ベロニカがパチリと目を開いた。


「あ……。おはようございます、エルミッヒさま」


 昨日の大胆さとは、打って変わって恥ずかしそうな彼女。

 うお、カワエエなこいつ。

 とはいえ、ベロニカにどう伝えればいいか……。




――――――





「エルミッヒさま行きましょう!」


 心配は杞憂きゆうに終わった。

 金がないと聞いた彼女は、嫌な顔ひとつしなかった。

 それどころか「お金なんかすぐに稼げます!」と上機嫌なのだ。

 すまんな。不甲斐ない主人で。


 ベロニカは俺の手を引いて、冒険者ギルドへと向かう。短時間で達成できる依頼を受けようというのだ。

 そんな彼女に語りかける。


「あのブローチ、じつは金が足らなかったんだ。店主と交渉して、有り金すべてで、なんとか譲ってもらったんだ。もう少し俺が考えて行動してれば……」

「エルミッヒさま……」


 ベロニカの瞳に涙が浮かぶ。

 そして彼女の、俺の手を握る力は強くなる。


「頑張って稼ぎましょう! そして、今日も、いっぱい、いっぱい仲良ししてくださいね」


 そう言ってベロニカは俺の腕にギュッとしがみつくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る