第34話 進化するフック

※(注)題名を変更しました



 金額交渉で魔法を見せることになった。

 魔法とは言っても、例のフックだが。


 目の前の荷馬車には、巨大な樽がギッシリ積まれている。

 中を覗くと、これまた大量のロックフィッシュ。


「こりゃあ重そうだ」


 樽は人の胸よりやや低いぐらいだ。

 だが、中身がこんなに満タンに入っていたら、一人や二人ではとても持ち運べない重さに違いない。


「ベロニカ。ロープを」


 俺の指示でベロニカは、持っていたロープを樽に結ぶ。

 ほどけないようにきつく、何重いくえにも。


「あと二つぐらいいってみようか」

「はい」


 ベロニカは他の樽にもロープを結んでいく。

 そして、樽同士を、ロープで連結させた。


 よし、ここから俺の出番だな。

 軽く念じると、ベロニカの鼻にフックが現れる。

 よし、いまだ!

 と思いっきり引……かない。さすがにそんなギャグをする場面ではない。


 ベロニカのもとへ行き、手でフックを外すと、そのまま樽を結んだロープに引っかける。

 これでオーケイ。


 ヒモを軽く引っ張る。

 すると、樽は三つまとめて軽々と持ち上がるのだった。


「なんと!」

「まさか!」


 トラビスもレスターも驚いている。

 あとはヒモごと移動させて、所定しょていの位置にそっと置いて完了だ。

 あっという間に三樽移動ってね。


 実は少し前から考えていた。このフック、人以外にも使えないかって。

 なにせあんな重そうなチンピラヒゲでも軽々と持ち上がるのだ。いろんなものが吊れたら便利じゃね? って思っていた。

 それでまあ、いろいろ試してみたんだが、どうにも無理だった。なにかを持ち上げるように念じてみてもフックは現れなかった。

 やっぱ、鼻フックって言うだけあって、鼻以外は吊れないのかな。いや、でも、魚は吊れたしなあ。

 生き物ならいけるのかなーなんて悩んでいた。

 そこで、ベリンダの一言だ。


「フックって手で外すんですよね?」

「いや、手で外すこともできるが、念じたら消えるからあえて手は使わないな」


 仲良し中の会話だ。

 ちょっとしたインターバルで雑談をはさむ。

 お互いにいろんな理解が深まってとっても効率的なのだ。


「その外したフックを何かに引っ掛けられないですか?」


 それだ!!!!

 この一言で俺は新たな知見を得たのだ。



 移動した樽を指さして言う。


「どうだ? これで満足か?」

「手も使わずにあんなに軽々と……」


 トラビスは信じられないようなものを見たという態度だ。

 驚くのはいいが、早くしてくれんかね?

 時間は刻一刻こくいっこくと過ぎていくのだよ。




――――――




 交渉はスムーズにまとまった。

 完了すれば銀貨一枚。日没に間に合えば銀貨三枚だ。


 意気揚々いきようようと、フックを使ってジャンジャカ運んでいく。

 ちなみにこのフック、吊ったまま移動ができる。

 手元のヒモはもちろん、標的のヒモも移動できたのだ。

 超便利。これでさらなる飛躍を見せてくれることだろう。


 しかし、しかしだ!

 ここまでは予定通り。

 俺はここからさらに進化を目指す。


「ベロニカどうだ?」

「はい、これで完璧だと思います」


 どれどれ。


「これは!!」


 見た瞬間、イナズマが走った。

 鼻だ。これはまごうことなき鼻だ。

 そうなのだ。ベロニカは樽にロープを結ぶだけでなく、飾りつけをしたり、炭で書き足したりして、鼻がついた見事な樽人間を作りだしてしまったのだ。

 いける。これはいけるぞ!


「フン!」


 なんということでしょう。ロープでした樽人間の鼻に輝くのは銀のフック。

 俺が手元のヒモを引くと、樽は一気に吊り上がったのだ。


「やった、成功だ!!」

「エルミッヒさま、さすがです!!!」


 これは革命だ。

 ベロニカの鼻からいちいちフックを移動させる手間がはぶけるのだから。

 効率は何倍にもなる。


 とはいえ、いちいち樽人間に仮装させなきゃならないのか? そんな心配が一瞬頭をよぎるかもしれないが、ノンノンノン。

 一度そう見えたものは、どう見てもそれ以外に見えなくなるものなのだ。


 あの輪っかが鼻だな。

 ――フン!


 こいつデカっ鼻だなぁ。

 ――フン!


 これまた可愛らしい鼻ですこと。

 ――フン!


 飾りつけなどせずとも、樽はもう樽人間にしか見えなくなっている。

 ベロニカたちはフックをかける輪っかを作るだけ。

 おれを俺がバンバン吊って運んでいくのだ。


 いいぞ。積み荷はもうほとんどない。

 最後の樽を降ろしたら、今度は積み込みだ。

 水の樽や食糧の木箱などをワッシャワッシャと積みこんでいく。

 異様な光景だ。

 もう俺は一歩も動かずヒモを引くだけ。

 樽も木箱も宙を滑っていくのだ。


「よし、これで最後だ」


 最後の木箱を馬車に積み終えた。

 地平線を見ると、太陽が半分隠れていた。


 ふ~、ギリギリ間に合ったか。


 しかし、うまくいって良かったよ。

 最悪、ベロニカで樽を吊ることまで考えていたからな。

 服が一緒に吊られるんだ。

 樽を彼女にくくりつけたら一緒に吊り上がるんじゃねえかって。

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