第29話 二人は勇気を出して想いを口にする
「普通の髪と瞳の色? 何色ですか?」
「あー、えぇとー……普通の感じです」
ヨルンはユラシェから視線を外すと、頬をポリポリと掻いた。
彼はとてもわかりやすい。照れると鼻の頭を掻き、気まずくなると頬を掻く。
「嘘をつくのが下手ですね。本当は変わった色なのでしょう?」
「あわわ! ユラシェはボクの心が覗けるの⁉︎」
大樹の葉が風に揺れ、木漏れ日がユラシェとヨルンの体に光陰を描く。穏やかな休日の昼下り。
ユラシェは緊張のあまり、胸の上に手を置いた。一か八かの賭けに出る。
「あなたはもしかして、黒い髪と紫紺色の瞳をしているのではないですか?」
「あわわっ⁉︎」
「花図鑑の中に連れて行ってくださった、黒髪の魔法使い様ですよね?」
「あっ、覚えていたんだ……。あは、あはは。ソウデス。アノトキのボクです」
リオンハールは緊張して、カタコトになってしまった。膝に視線を落として、指をモジモジと動かす。
ユラシェがどんな表情をしているのか、見るのが怖い。
「やはり……黒髪の魔法使い様でしたか……」
ユラシェは感動が胸いっぱいに広がって、瞳を潤ませた。
姿が別人になっても、会いたいと恋焦がれていた人を探り当てることができた。
小指の先にある赤い糸が運命の男性へと導いてくれたことに、ユラシェは深く感謝する。
彼の珍しい黒髪や紫紺色の瞳を、人々は奇異に思って受け入れないかもしれない。けれどユラシェは、リオンハールの黒髪は夜空のようだし、紫紺色の瞳は明け方の空のようだと思うのだ。
リオンハールの髪は夜。瞳は朝。そして無邪気な明るい笑顔は昼のよう。
彼は世界を体現している——。
ユラシェは心からそう思うし、たとえ彼の姿がまったく違うもの変わったとしても、本質が変わらない限り、好きでいる自信がある。
涙が目尻からこぼれて頬を伝い、膝の上に置いていた手の甲にポトンっと落ちた。
リオンハールはうつむいたまま、ユラシェの手の甲に涙が落ちるのを見ていた。日に焼けていない真っ白な手に、透明なしずくがポタポタと落ちる。
「ユラシェ! あ、あの、ごめんね。こんなボクで、ごめん……。ボクが普通の外見だったら良かったんだけど……。それと、不出来な魔法使いでごめん。一流を目指して頑張ってはいるんだけど、うまくいかなくて……。みんなと色が違うって、その、だめだよね。仲間はずれにされても仕方がないよね。でも、その、あの、ボ、ボクと友達になってくれませんか?」
「友達なんて……嫌です……」
「そ、そそ、そうだよね! 嫌だよね。あは、あはは。変わった色の人と友達になるなんて嫌だよねー。あは、あははー。そうだよねー。……あ、あの、ボク帰ります‼︎」
リオンハールは、涙がこぼれる前に立ち去ろうと思った。号泣するのは一人になってからにしよう。寮に帰ってから、思う存分に泣こう。
リオンハールは泣き顔を見せないために、背中を向けた。
立ちあがろうとするその背中に、ユラシェがおでこをつける。
「友達なんて、嫌です……」
「うん。嫌だよね」
「恋人が、いいです……」
「うん。恋人じゃないとねぇ。……ん? んんっ⁉︎」
ユラシェはリオンハールのお腹にこわごわと腕を回し、背中側から抱きつく。
「ふわっ⁉︎」
「嫌、ですか?」
「とんでもないです! あの、あの、すごく嬉しいです‼︎」
恋愛初心者リオンハールの脳みそが吹っ飛びそうになる。顔から火が出ているのでは! と、勘違いしてしまうぐらいに顔が熱を帯びている。
「恋人ってまさか……手を繋いでデートをしたり、お互いの家を行き来したり、誕生日にプレゼントを贈りあって祝ったり、好きだと堂々と言ってもいい関係のことですか?」
「はい」
「それって、キュン死してしまいそうです‼︎」
「死んだらダメです。寂しすぎます。私の隣にずっといてください」
「はい……」
リオンハールは恐る恐る、お腹に置いてあるユラシェの手に自分の手を重ねた。
夏だというのにユラシェの手は冷たく、ヨルンの手は熱を持っている。
(これはヨルン様の手なんだよなぁ……)
ユラシェも同じことを思って、願いを口にする。
「本当の姿になってもらえませんか? あなたの手に触れてみたいです……」
「はい」
名残惜しいがユラシェの手を振り解いて、リオンハールは立ち上がった。
ユラシェを見下ろして、驚く。顔も耳も首も真っ赤に染まっていて、瞳が熱っぽく潤んでいる。
「大丈夫ですか⁉︎ 顔が赤いです。熱でもあるんですか?」
察してくれない彼に、ユラシェは頬を膨らませて拗ねてみる。
「抱きついたの、すっごく恥ずかしかったんですから! でも、勇気を出して頑張ったんです。だってそうしないと、恋人になりたいっていう私の気持ちを信じてもらえないと思って……。友達では嫌です。私は、あなたとまたデートがしたいのです‼︎」
「あ……」
ユラシェの想いがまっすぐに伝わってくる。彼女は、本気で自分のことを好いてくれている。
リオンハールは喜びを噛み締め、ユラシェの頬に触れようとした。けれど、思いとどまる。ユラシェに触れるのはヨルンの手ではなく、自分の手がいい。
リオンハールは腰に差していた魔法の杖を取り出した。
変身魔法を解こうとした、そのとき──。
サァァァァーーっと一陣の風が吹き抜ける。
髪がなびき、二人は強風に目をつぶった。
「愛しのユラシェ様。お迎えにあがりました」
二人は目を開けた。
夏日のあたる花壇の前に、マクベスタが冷たい微笑を浮かべて立っていた。
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