第34話 人間に戻れない

「あれ? 誰がゴーレムを倒したんだろう?」


 こてんっと首を捻るリオンハール。

 マクベスタは腰を抜かした。


「こ、ここ、こんな恐ろしい魔物を見たことがない! ひぃぃぃぃぃーー‼︎」

「どこに魔物がいるの?」

「おまえだっ‼︎」


 マクベスタは震える手でリオンハールを指さすと、やっとの思いで魔法の杖を振った。

 リオンハールの前に全身鏡が現れる。


「んん?」


 鏡に映っているのは、後ろ足で立っている全身真っ黒の生き物。

 先端の尖ったギザギザの翼が背中に生えており、尻尾の先には鏃のようなものがついている。

 人間とは似ても似つかない、凶悪な顔。横に大きく広がっている口には鋭い歯が並んでおり、頭の上には二本のツノが生えている。全身が黒くて頑丈な鱗で覆われ、服は着ていない。

 リオンハールは鏡に顔を近づけた。すると鏡の中のちびドラゴンも顔を近づける。

 リオンハールは右手をあげた。すると鏡の中のちびドラゴンも手をあげる。足をあげれば、相手も足をあげる。頭を振ると、相手も頭を振る。顎に手をやると、相手も顎に手をやる。腰に手を当ててお尻を振ると、相手もお尻フリフリダンスをする。

 凶悪な姿ではあるけれど、くりくりっとした丸い目は愛嬌たっぷり。黒光りしている鱗と紫紺色の瞳の組み合わせが美しい。


「真似っこが上手だねぇ」

「真似ではない! おまえだと言っているだろう!」

「マクベスタ、黙れ! あの、これには深い事情があってな! そのだな、あの、実はだな……リオンハールくんは、実は犬なのじゃ‼︎」


 マクベスタの声を遮るために、ブランドンが声を張りあげる。


(リオンハールくんは、自分を人間だと思い込んでおる。魔物だと教えるのは、屋敷に帰ってからじゃ!)


 余計な事を言うマクベスタを遠くにやりたいが、カリオスは市民を遠ざけるために向こうに行っている。ここはブランドンがうまく誤魔化さなければならない。


「犬?」


 リオンハールは両手を地面につけて、四本足になってみる。


「わんわん! ……ツノが生えているんですけれど?」

「おおお、そうだな……。わかった! 鹿じゃ! 君は鹿なのじゃ‼︎」

「パカランっパカランっ! ……背中に翼みたいなのがあるんですけれど?」


 無邪気な反応をするリオンハールに、ブランドンは心打たれる。

 魔物は低脳なくせに凶暴で、人間を見ればすぐさま攻撃してくる。話し合うことのできない邪悪な生き物。

 けれど、動物の真似をしているリオンハールには邪悪さのかけらもない。魔物に姿を変えても、優しく穏やかな気質を保ったままのリオンハール。


(大きさからして、子供のドラゴンじゃろうな。こんな魔物もおるんじゃな……。根が素直だし、会話が成立する。もしかしたら今後、人間と魔物の橋渡しをしてくれるかもしれん。優しい気持ちのまま、大きくなってほしいものじゃ……)


 孫を見るような目で、ちびドラゴンを見つめるブランドン。

 だが魔物に絶対的嫌悪感しかないマクベスタは、恐怖に顔を引き攣らせる。


「なにをしに人間界に来たのだ⁉︎ 人間をとって喰うつもりなのかっ!」

「ん? ボク、人間なんて食べないよ」

「自分の手を見てみろ。顔をさすってみろ。頭を触ってみろ!」


 マクベスタに言われるがままに、自分の手を見たリオンハール。

 四本指の真っ黒い手にギョッとする。

 顔をさすると、肌が鱗状で固い。頭を触ると、髪の毛が一本もない。あるのは、二本のツノ。


「嘘……。鏡に映っているのは、ボク……?」


 リオンハールの全身を恐怖が駆け巡る。

 助けを求めてユラシェを探すと、ユラシェはブランドンの胸に抱かれていた。

 ユラシェを見つめると、ユラシェもリオンハールを見つめ返してくる。ユラシェの澄んだ青い瞳にあるのは、困惑。


「ユラシェ……あの、ボク……」

「ユラシェ様を食べる気なのか⁉︎ ああ、なんと恐ろしいことをっ! 美しい乙女の血肉で、寿命を伸ばす気なのだな! さっさと魔物の世界に帰れ! 今すぐに帰るなら見逃してやる!」

「違う! ボクはっ!」


 ユラシェを食べる気なんてない。人間を襲う気もない。

 けれど、この姿は魔物だ。どうして魔物の姿をしているのか、わからない。

 リオンハールは魔法の杖を拾うと、変身魔法をかける。


「人間の姿に戻らなくっちゃ!」


 だがいくら杖を振っても、変身できない。

 マクベスタは嘲笑った。


「人間から人間へと変身するのは容易い。だが魔物から人間へと変身するには、絶大な魔力が必要なのだ。八流魔法使いでは無理だ」

「あの、マクベスタ様……ボクを人間に……」

「断る‼︎ 魔物の世界に帰れっ! ああ、なんと恐ろしい姿だ。気味が悪い!」


 リオンハールの手から魔法の杖が落ちる。つぶらな瞳に、涙の幕が張る。

 カリオスは市民を追い払っていたが、運悪く、反対側から来た男性がリオンハールを見つけた。


「ぎゃあーーっ! 魔物⁉︎ 魔物がいるのか⁉︎ おーい、みんなぁ、魔物が現れたぁぁぁーーーっ‼︎」

「違う! ボクは魔物じゃない‼︎」


 走って行った男性が他の人たちを呼んでくる前に、早く人間に戻らなくてはいけない。

 もう一度魔法の杖を振る。けれど、人間の姿に戻れない。何回も何回も、ありったけの魔力を振り絞って魔法の杖を振る。

 しかし、鏡に映るのは凶悪なドラゴン。

 リオンハールに絶望が広がり、ズキズキと刺す胸の痛みに耐えながらユラシェを見る。


「ボク……なんでかわからないけれど、魔物になっちゃった……どうしよう……」

「魔物は怖いですけれど、でも……」


 ユラシェの口から出た「怖い」という単語。それ以上聞くのが怖くて、リオンハールは翼を広げた。


「あの、あの、ボク……さようならっ!」


 人間の目が追いつかない速さで、リオンハールは空の彼方に飛び立った。漆黒の閃光が青空に尾を引く。

 リオンハールはユラシェの前から、姿を消してしまった。


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