第33話 ドラゴンの圧倒的パワー
カリオスは、九十九パーセント勝ち目のない状況を打破するために、必死に思考を巡らせていた。それと同時に、マクベスタの身勝手な愛に吐き気を覚える。
「なにが愛しているだ! おまえのは自己陶酔でしかない! 我が妹は、リオンハール少年が八流魔法使いでも、失敗続きのデートをしても、ドン引き発言をしても、寛容な心で許した。リオンハール少年のそのままを受け入れた。おまえのような底の浅い男に、ユラシェはふさわしくない‼︎」
マクベスタの手のひらに乗った黄金の球体がなんなのか、カリオスは知識の神に問いかける。
答えは、インスピレーションという形で宇宙から降ってきた。
【消失の魔法。マクベスタを心から愛していた、と言葉を発した者をこの世から消失させる】
「消失⁉︎ 存在ごと消すつもりなのかっ!」
慈しんでいた花を手折ることにしたマクベスタ。自分本位の愛が砕け散った後に残っていたのは、身勝手な憎悪。
カリオスはユラシェを守るために、一パーセントの勝利に賭ける。その一パーセントは、九十九パーセントをひっくり返す絶大なパワーを秘めている。
だがカリオスには、その一パーセントは不幸な結果を呼ぶような気がしてならない。
「くそっ! これしか方法がないのか! リオンハール少年、申し訳ない。恨むなら、マクベスタを野放しにしたヨルン様を憎め‼︎」
息苦しさに体を痙攣させていたリオンハール。その体が動かなくなった。
ユラシェは悲痛な声で叫ぶ。
「マクベスタ様を心から愛してい……」
「待てっ‼︎ そこにいるのはヨルン王太子ではないのか⁉︎」
繊細な声質のユラシェを遮るように、遠くまでよく通る声のカリオスが叫ぶ。
カリオスはリオンハールに駆け寄ると上半身を抱え起こし、太陽の日差しの下に顔を晒す。
ぐったりしているリオンハールの手首を握ると、弱々しいが脈がある。
カリオスは安堵し、一世一代の大芝居を打つ。
「ああっ、やはりヨルン王太子だ! どうして、ヨルン王太子の首に根っこが巻きついているのだ⁉︎」
「なにを言っているのだ? それはヨルン様に変身している八流魔法使いだ」
「とぼけるなっ! この顔を見てみろ! どう見たって、ヨルン王太子ではないか‼︎ 王太子の暗殺を企むとは、おまえはなんと恐ろしいことをっ!」
「違う!! 自分は……」
うろたえるマクベスタ。
動揺している様子に、カリオスは思惑が当たったことを確信する。
ヨルンはマクベスタを魔法使いの師として尊敬し、改心するのを期待した。プライドの高いマクベスタにとって、王太子から慕われているというのは気持ちが良かっただろう。マクベスタはヨルン王太子を憎むに憎みきれず、死なせたいわけでもないはず。
カリオスはその心理を利用する。
「マクベスタ様はヨルン様を殺すおつもりなのか! ヨルン様は魔法の師として、あなたを尊敬していると聞く。なのにこんな非道なことをなさるとは。あなたには人間の血が流れていないのかっ⁉︎」
「違う‼︎ 自分はヨルン様ではなく、能なし魔法使いを……」
「違うというなら証拠を見せてみろ! 変身魔法を解いて、この者を本当の姿にしてみろ!」
虚をつかれたマクベスタ。
「確かにそうだ。その姿では……」
「この者を本当の姿にしてみろ‼︎」
「変身魔法を解いてから、事を進めた方が……」
「変身を解いて、彼を本当の姿にしてくれ‼︎」
「うるさいっ! そう何度も言われなくても、本当の姿にしてやる! 変な髪色と目をした、惨めな男になっ‼︎」
マクベスタは黄金の球体を消すと、魔法の杖を頭上高く掲げた。大きく一振りする。
魔法文字が組み込まれた黄金の光がリオンハールを包み、リオンハールがかけた変身魔法と、彼の兄がかけた闇魔術を粉砕する。
リオンハールの変身魔法が破られて、薄氷が割れたようなパリンっという音が響く。
だがその繊細な音を、雷のような巨大な音がすぐにかき消した。
バキバキバキバキッバッキィィィーーーンッ‼︎
こだまする大きな音に、公園を散策していた市民たちが何事かと集まってくる。
「リオンハール少年の姿を市民に見られるのは、マズイ!」
カリオスは集まってくる市民たちを追い払うため、リオンハールの元から離れた。
マクベスタは、目の前で起きている事象を呆けたように見つめるばかり。
リオンハールから放たれた強烈な黒い光。その光とともに、漆黒の翼が姿を現す。
眩い光が落ち着いたとき——。
そこにいたのは、大型犬ぐらいの大きさの黒ドラゴンだった。
マグマのように湧きあがる強烈なパワーに、リオンハールの首に巻きついていた木の根が粉々に砕ける。呼吸が戻ったリオンハールは意識を吹き返した。
開口一番に叫ぶ。
「ユラシェ! 今すぐに助けるからっ!」
走ろうとしてなぜか、足よりも背中にあるものが動く。
リオンハールは黒い翼をはためかせて、木の枝に捕らわれているユラシェの救出に向かった。
小さくて真っ黒な手で、枝を掴んで引きちぎる。
世界最強であるドラゴンのパワーに、大樹の細胞が耐えきれずに崩壊する。枝を引きちぎった反動で樹齢千年の太い幹が折れ、摩擦で火がつく。
パチパチっとあがった火の手はあっという間に炎となり、大木を燃えあがらせた。
ユラシェが悲鳴をあげ、逃げる。
ゴーレムがブランドンを追ってくる。ブランドンはゴーレムの足をすくって倒そうとしたが、前のめりの体勢で攻撃のパンチを繰り出すゴーレムに苦戦していた。
「わしがユラシェを守る! 若ぞ……あ、いや、リオンハールくんは、ゴーレムを倒してくれ!」
「はいっ‼︎」
圧倒的なドラゴンのパワーに、ブランドンは(若造呼びをして、怒りを買ったら大変じゃ!)と恐れを成す。
リオンハールは燃えている大木から避難するユラシェとブランドンを目視すると、ゴーレムと向き合った。
「えぇと……額の呪文を消せばいいんだよね?」
翼がパタパタと上下する。
リオンハールの思考が電気エネルギーとなって全身の細胞を駆け巡り、尖った翼の先端から稲妻が放たれる。
稲妻は公園を吹き渡る風よりも早く、ゴーレムの額を直撃した。
シュウウウウウ……。
焦げた匂いとともに、ゴーレムの頭が蒸発する。呪文が消えたゴーレムは元の土へと戻った。
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