第32話 さようなら、愛する人
カリオスは祖父にゴーレム退治を任せることにして、リオンハールのいる地面に視線を走らせた。
「四本目の黄金の光は、地面の中に入っていったように見えたが……どこに?」
リオンハールは、力強く伸びる芝生に右手と両足を覆われてしまっている。空いている左手で草をむしり取ろうとするも、左手にも草が這い上がり、地面に縫いつけられてしまう。
リオンハールは両手両足を草に押さえつけられ、四つん這いの状態で身動きがとれなくなってしまった。
「なんて強い力なんだ! 草のくせにぃぃーーっ‼︎」
「ハハッ! ただの草ではない。自分の魔力が流れている草だ。八流魔法使いが対抗することなどできん」
高笑いするマクベスタ。充血した目で、指をパチンと鳴らす。その音が合図となって、四本目の黄金の光が動きだす。
地中に潜っていた四本目の光は、木の根っこにマクベスタの魔力を流した。すると根っこが動き、根の先端が地面を突き破って地表に出てきた。
根は自由自在に動くロープのように、リオンハールの首に巻きつく。
細いが力強い根に、リオンハールは上半身をのけぞらせたが引きちぎることができない。
「くっ! 苦しい……‼︎」
「マクベスタ様、やめてくださいっ! リオンハール様を傷つけないで‼︎」
リオンハールの首に二重に巻きついた根に、ユラシェは顔面蒼白になる。
助けを求めて必死に声を張りあげるユラシェに、マクベスタは目を細くした。
「なぜ、へんちくりんの能なし魔法使いを助けようとするのです? 世界には自分とユラシェ様がいれば、それでいいではありませんか? 自分と貴女様二人だけの世界。完璧です。役ただずの魔法使いなどいらない」
「この世に生を受けた人はみんな、なにかしらの才能を持って生まれてきています。リオンハール様は役立たずではありません!」
「ユラシェ様はお優しい。マクベスタ、感動いたしました。さすれば、こうしましょう。自分の花嫁になると約束するなら、少年を助けます。断れば、根の力を増幅する」
ユラシェは息を飲む。両目が見開かれ、こぼれていた涙が止まる。
マクベスタは優しげに誘う。
「貴女様を愛しています。ですからユラシェ様も、このマクベスタを愛していただきたい。自分の妻になれば、魔法で時を止めてあげましょう。可憐な十六歳のままで、永遠の時を過ごせるのです。ユラシェ様の美を、保証いたします」
ユラシェは絶望して、頭を振る。
(私は、おばあちゃまのように綺麗に年を重ねたい。過ぎ去った人生を懐古して、思い出話に花を咲かせたい。そのときに隣にいるのは……リオンハール様がいい)
苛立ったマクベスタが、片手を上げた。すると根の力が増し、リオンハールの首を絞めあげる。
「うっ‼︎」
リオンハールは低い唸り声をあげると、肘を折った。頭がガクンと垂れ、上半身を地面につける。
「リオンハール様っ!」
「ユラシェ様、ご決断を。自分と能なし八流魔法使い。どちらを選びますか? 至極簡単な質問ですよ」
ユラシェはもちろん、リオンハールを選びたい。
けれどリオンハールを選べば、木の根がリオンハールの首をきつく締めて息の根を止めてしまうかもしれない。
恐怖で心が締めつけられ、ユラシェは目を閉じた。目尻に溜まっていた涙が頬をこぼれる。
(リオンハール様、大好きです。あなたのためなら、私は望まない人生を歩んでもかまわない……)
再び目を開けたとき、ユラシェの気持ちは固まっていた。
「マクベスタ様を選びます。ですから、リオンハール様を解放してください!」
「ダ、ダメ……」
リオンハールは息苦しさに喘ぎながらも、声を振り絞る。顔を上げ、思い留まるよう、目で訴える。
けれど呼吸困難に陥っているヨルンの真っ赤な顔はユラシェの胸を抉り、行動を急がせる。
「今すぐにリオンハール様を解放してくださいっ! 早く!」
「どうしてそのようなことを……まるで、その若者に恋をしているかのような口ぶりだ……」
マクベスタは、現実を否定するように激しく頭を左右に振った。
「自分は名誉と栄光を投げ打ってまでユラシェ様を愛しているのに、ユラシェ様はどうして応えてくださらないのです⁉︎ そいつはへんちくりんな容姿のせいで、職場の仲間から疎まれ、雑用を押しつけられて、魔法向上のための勉強会や大会にも混ぜてもらえない哀れな生き物。それなのに、どうして助けようとなさるのか、理解できない」
マクベスタが片手を上げる。根は彼の意図に従い、リオンハールの首を締めつける力を増す。
「……っ‼︎」
踏ん張っていた下半身の力が抜け、リオンハールは体を投げ打った。
頭が真っ白になり、瞬間的に意識が飛ぶ。かろうじて息は吸えるが、血液が回らず、手足が急激に冷えていく。
リオンハールは強い意志の力で意識を取り戻すと、ユラシェに目で訴える。
(……ボクのことはいいから……逃げて……)
ユラシェは泣きながら微笑を浮かべる。
「リオンハール様と出会えた私は、世界一の幸せ者です。一緒に過ごした時間は短かったけれど、とても楽しかった。……生まれ変わったら、今度こそ恋人になりましょうね」
ユラシェは震えの止まらない唇を噛む。滲む血を味わいながら、覚悟を決める。
マクベスタを見据え、毅然と訴える。
「あなたは先ほど、私を透明の棺に入れて眺めたいとおっしゃっていた。それなら、私の心などどうでもいいではありませんか! 私が誰を想おうが、気にする必要はありません。幻想の私を想いながら、棺を眺めればいいのです‼︎」
「…………」
「リオンハール様を今すぐに解放してください。そしてもう二度と、リオンハール様を傷つけないで! それが私の願いです。願いを受け入れてくださるなら、マクベスタ様の花嫁になります。私を棺に入れてください!」
意志の強い眼差し。覚悟を決めた大人びた表情。
リオンハールを守ろうとするユラシェは、神々しいほどの強さを放つ。
しかしその姿は、マクベスタが愛してやまない、儚く可憐な少女では──ない。
マクベスタは、花のように容易く折れそうなユラシェを愛していた。守り、独占し、闇に堕として、壊したかった。
嵐にも耐えうる芯の強さなど、彼女に求めていない。
「ああ、なんと嘆かわしい。脆いほどに儚げな貴女様を愛していたのに……。貴女様は、変わってしまわれた。絶望に打ちしひがれ、泣いてほしかったのに……。自分の願いはもう、叶わない。今日はとても悲しい日だ」
マクベスタの酷薄な性格に火が点く。
マクベスタは憎悪を込めて、つぶやいた。
「さようなら、愛しき人よ」
マクベスタは魔法の杖を振った。現れた黄金の球体を、手のひらに乗せる。
「マクベスタを心から愛していた、そうおっしゃってください。貴女様を忘れてあげます」
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