第42話 この愛が永遠でありますように
木々に囲まれた王城の庭は、木陰を吹き渡る涼やかな風のおかげで心地が良い。
ユラシェは屋敷で作ってきたパンケーキを皿に取り分けた。
リオンハールは瞳を輝かせ、手を叩いて喜ぶ。
「わあ! ふわふわパンケーキだぁ。おいしそう! ユラシェ、天才‼︎」
「綺麗に焼けましたけれど、味は自信がないのです。お口に合えばいいのですが……」
ユラシェは不安そうに、大口を開けてパンケーキを頬張ったリオンハールを見つめる。
「どうでしょうか……」
「んん⁉︎」
リオンハールは咀嚼するのをやめ、目を丸くした。
嫌な予感に、ユラシェの心臓がきゅっと縮こまる。
「もっと練習が必要ですよね……」
「んんんっ⁉︎」
「次回はおいしく作れるよう、頑張ります」
ユラシェは膝上に置いた手を握りしめた。リオンハールは優しいから、お世辞でおいしいと言ってくれるかもしれない。けれどそれでは、素直に喜べない。
初めての演習会に臨むリオンハールを応援しようと、ユラシェは『レモンド♡キュート』のオーナー、アーリィに弟子入りしてパンケーキ作りを教わった。
けれど、料理をしたことのない箱入り娘のユラシェには難易度が高かった。
焦げたり生焼けだったり、ひっくり返すときに崩れたり、生地が寄れてしまったり。味も、材料は合っているのになにかが足りない。
(今まで料理作りに興味がなかったことが恥ずかしい。初めてお料理をしたのが、このパンケーキなんですもの。五十枚焼いて、綺麗な見た目の十枚を持ってきたけれど……。味は、アーリィさんの作るパンケーキには程遠い)
「ユラシェ、このパンケーキ……」
「はい……」
「レモンド♡キュートのパンケーキと同じ味がするっ! どうしてどうして⁉︎」
「よく分かりましたね。アーリィさんに教わりました」
「わぁ、嬉しい! ユラシェ、ありがとう。レモンド♡キュートが人気店になっちゃって、いつ行っても満席で食べられなかったんだ! あぁ、嬉しいな♪ おいしいパンケーキがたくさん食べられるなんて幸せだな♪ ユラシェの優しさがこもったパンケーキおいしいな♫ ボクって世界一の幸せ者だな♬」
リオンハールは歌いながら、パンケーキをあっという間に平らげてしまった。
「もっと食べたい‼︎」
「あ、はい。どうぞ」
幸せいっぱいの顔で、もぐもぐと食べるリオンハール。お世辞でおいしいと言っているようには見えない。
ユラシェもパンケーキを口に入れる。味も食感も悪くないけれど、やはりアーリィの作るふわふわパンケーキと比べるとなにかが違う。
(でも……おいしいと思えるから不思議だわ。屋敷で味見をしたときは、あまりおいしく感じなかったのに……。もしかして、好きな人の笑顔を見ながら食べているから? リオンハール様の笑顔が、このパンケーキをおいしくしているのだわ)
大好きなリオンハールと食べるパンケーキには大好きの魔法がかかって、とてもおいしくなる。ユラシェは食が細いのに、二枚も食べてしまった。
十枚あったパンケーキはリオンハールが七枚。ユラシェが二枚。ヨルンが一枚食べてなくなった。
「もっと食べたかったなぁ」
指を咥えて、悲しい顔をするリオンハール。
ヨルンは立ち上がると、腰に下げていた魔法の杖を手に取った。
「七枚で十分だろう。これ以上食べると夕食が入らなくなるぞ。それよりも、リオンハールにお願いがある。ここのところ職務が忙しくてな。ストレスが溜まる一方なのだ。癒しを切実に求めている。リオンハール、ちびドラゴンになってくれ!」
リオンハールの返事を待たずに、ヨルンは魔法の杖を振った。すると眩しい緑色の光がリオンハールを包み、あっという間に真っ黒なちびドラゴンへと姿が変わった。
「わわっ! ドラゴンになっちゃった‼︎」
リオンハールは慌てふためいて、ユラシェの反応を確かめる。
ユラシェは突然のことに目を見開いたものの、すぐに柔和な瞳でちびドラゴンに笑いかける。
「リオンハール様は姿を変えても表情豊かですね。とてもチャーミングで、かわいらしいです」
「怖くないの⁉︎」
「中身が別の人だったら怖いかもしれません。けれどリオンハール様なら、どのような姿になっても素敵です」
「ユラシェぇぇぇーーっ‼︎」
慈愛あふれる心優しいユラシェ。ちびドラゴンの目から、透明な涙がぽろんぽろん飛び散る。
「ユラシェは外見も中身も天使! 大好きだよー‼︎」
「リオンハール。ボールを投げるから、取ってきてくれ」
「え? あ、はい!」
ヨルンは、手のひら大のボールを空に向かって思いきり放り投げた。
「取ってこい、ペットくん!」
「はぁーーい‼︎」
ちびドラゴンは漆黒の翼を広げ、空高く華麗に舞い上がる。ボールが下降するより早く口に咥え、急降下でヨルンの元へと降り立った。
「取ってきました!」
「ああ、可愛い。一生懸命にボールを追いかける姿が健気で癒される。これからの時代のペットは、飼いドラゴンだな」
目尻を下げるヨルンに、ユラシェは複雑な気持ちになる。
(リオンハール様はペットじゃないです! でも……ふふっ。確かにわんこっぽくて可愛い!)
リオンハールの尽きない魅力に、ユラシェの胸は激しく高鳴る。
(わんこ扱いしてもいいのかしら? リオンハール様、怒ったりしない?)
ユラシェはドキドキしながらも誘惑に勝つことができずに、ちびドラゴンの頭にそっと触れる。
「よくできました。いい子ですね」
「えぇっ⁉︎」
「ごめんなさい! だって、わんこみたいで可愛いんですもの!」
ユラシェに褒められて有頂天になったリオンハール。ボールをユラシェに手渡す。
「もう一回褒められたい! ボールを投げてくださいわん!」
ユラシェがボールを投げると、一メートル先にコロコロと転がっていった。
ちびドラゴンはボールを拾ってくると尻尾をパタパタと振り、紫紺色の瞳を輝かせる。
「ご主人様! ボールを取ってきたわん!」
ユラシェはくすくす笑うと、ちびドラゴンの頭をなでなでした。
「とっても上手にできました。偉いですね」
「わお〜ん! なにこの幸せな気持ち⁉︎ 新たな世界を開拓した気がする!」
「ふざけた遊びをするな! ……って、羨ましいぞ。ユラシェ、私にも頭なでなでを‼︎」
「見ておられん! 血液が砂糖水になってしまうわい! ……って、わしにもボールを投げておくれわん‼︎」
両手に木の枝を持って茂みに隠れていた、カリオスとブランドン。我慢ができなくなって、三人の前に飛び出してきた。
「はいはい。ボールを投げますから、拾ってくださーい」
ヨルンはリオンハールを素早く人間に戻すと、やる気のない口ぶりでボールを投げた。
「ヨルン様がボールを投げてどうする⁉︎ ユラシェに褒められたいのだが!」
「わしもユラシェに、頭をポンポンされたいのだが!」
「はいはい。早くボールを拾ってきてくださーい。今ならユラシェの温もりが残っていますよー」
「なにぃ⁉︎」
競うようにボールを取りに行く、カリオスとブランドン。
ヨルンは(図書室に行くんだろう? 邪魔者は私に任せて)と、リオンハールに向かってウインクをした。
「ヨルン様、ありがとう!」
リオンハールはユラシェの手を引っ張って、図書室へと向かった。
「誕生日プレゼントがあるんだ。本の中に入ろう」
「はい」
リオンハールに初めて会った日。ユラシェは花図鑑の中に入って、世界中の花に囲まれた。
あの日と同じ花図鑑かと思ったらそうではなく、リオンハールは『ロマンティックなおとぎの世界』という本を開いた。
リオンハールの魔法の光に包まれて、ユラシェは本の中に入る。
ユラシェが瞼を開けたとき。目先に広がっていたのは可愛いおとぎの国。空には虹がかかり、羽の生えた妖精たちが飛んでいる。並んだきのこの上をぴょんぴょん飛んでいる小人。湖には人魚が泳いでいる。
ユニコーンが空から降りてきた。
「ユラシェ! 雲の上にお城があるんだ。行ってみよう!」
「素敵!」
リオンハールは馬に横乗りになったユラシェを抱き寄せ、手綱を引いた。ユニコーンが空を駆けていく。
雲の上にそびえ立つお城。そのお城の庭には七色に輝く蜘蛛が住んでいる。
リオンハールはその蜘蛛に、ユラシェへのプレゼントをお願いしていた。
「七色の蜘蛛が作った、七色の指輪だよ。光の加減で様々に色が変わるんだ。ユラシェ、お誕生日おめでとう。ボクからのプレゼントです」
「とっても素敵! ありがとう!」
ユラシェは毎年豪華な誕生日プレゼントをもらってきた。けれど、こんなにもロマンティックなプレゼントは初めて。
リオンハールはいつも突拍子もないことをして、ユラシェを驚かせる。恋人になってもときめきが止まることはない。
二人は虹の上に座った。繋いだ手と手に宿る愛。
この愛が永遠でありますようにと、二人は願い、笑い合ったのだった。
✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。おしまい✰⋆。:゚・*☽:゚・⋆。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます