第三章 恋するお嬢様と謎の魔法使い

第16話 ユラシェの願いはどんなことでも叶えたい

 ユラシェは、カリオスとともに自宅に帰ってきた。

 ユラシェを愛する家族と使用人たちが総出で出迎える。


「かわいそうなユラシェ。悲惨なデートだったろう。パパが慰めてあげよう!」

「ママの方がいいわよねぇ。女同士の方が悪口が盛りあがるわ!」

「ここは経験豊富なおばあちゃまが話を聞いてあげようではないの!」

「いやいや、お兄ちゃんにお任せを。ヨルンの悪口を言うなら、口の固い僕さ!」

「お嬢様、お茶の用意をしてあります。ささ、居間にどうぞ。使用人一同でお慰めいたします」


 一同は、ヨルンに変身したリオンハールとのデートが最低最悪だったと疑いもしない。

 玄関ホールに集まっている家族と使用人をかき分けるようにして、長兄ガシューが前に出てきた。

 三男ソトニオが首を傾げる。


「あれ、いたの? 今日は仕事で遅くなるんじゃ……」

「ああ、愛しのユラシェ。散々なデートだっただろう。抱きしめてあげるから、自分の胸に飛び込んでおいで!」


 けれどユラシェはぽうっとした表情で、両腕を広げて待ち構えているガシューの横を通り過ぎた。


「なぜ自分の胸に飛び込んで来ない⁉︎」

「馬車の中でもずっとぼんやりしていて、なにがあったのか尋ねても答えてくれないのだ」


 カリオスが説明すると、一同の目が怒りで燃えた。


「なんだと! 生意気な魔法つ……じゃなかった、王太子めっ! ユラシェを傷つけるとは許さん! パパが仕返ししてやるからなっ‼︎」

「だから恋愛初心者はダメなのよ! おばあちゃまが呪いの人形を作ってあげるからね‼︎」

「いや、ここは魔法省勤務の僕にお任せを! クビにしてやります‼︎」

「わたくしたちの想像以上に、最悪のデートたったのね。かわいそうに。ヨルン様と婚約解消してもいいのよ!」


 母親の発した婚約解消という単語に、ユラシェはハッとする。ぼんやりとしていた目に、光が戻る。


(婚約解消を望んでいたわ。私は黒髪の魔法使い様と、ヨルン様はお友達のミリィ様と結婚するのがいいと思っていた。でも……)


 ゴーレムによって壊された王城の食堂で、ヨルンは涙を浮かべながらこう言った。


「もう二度と会えないけれど……。ユラシェを想い続けます。一生好きでいます。さようなら……」


 どうしてか、その言葉がユラシェの胸を切なく締めつける。もう二度と会えないなんて嫌だと、心が叫んでいる。

 ユラシェは自分の心を整理するために、率直な気持ちを言葉に表す。


「あ、あの! その……ヨルン様は変わってしまいました……」

「そうだろうそうだろう‼︎」


 家族と使用人が総出で頷く。


「とっても変でした。おかしな言動ばかりで、困惑してしまいました」

「そうだろうそうだろう‼︎」

「すごく変でした。意味のわからないことばかり、話していました」

「やっぱりな‼︎」

「でも……」


 ユラシェの頬がポッとピンク色に染まる。


(おかしなヨルン様といると、空に羽ばたいたような自由な気持ちになれた。決まった枠に自分を当てはめなくてもいいと思えた。私は王妃の器ではないし、お嬢様と敬われるのも好きではない。対等で、楽しい関係がいい。黒髪の魔法様のように無邪気な笑顔を見せてくれる人となら、私も人の目を気にすることなく笑っていいのだと、勇気をもらえる……)


 おかしなヨルンのことを考えていたのに、なぜか黒髪の魔法使いのことを思い出してしまった。

 黙り込んだユラシェに、一同は声を合わせて促す。


「ヨルン様と婚約解消しよう‼︎」


 ユラシェは視線を泳がせながらも、勇気をだして、本音を口にする。


「一年前とあまりにも変わってしまわれました。ですから、その……もう一度会って、じっくりとお話ししたいと思います」

「そうかそうか、もう一度会ってお話をね。うんうん。……って、ええぇぇぇぇぇーーーーーっ‼︎」


 父親の絶叫が玄関ホールに響く。

 ガシューはよろめき、壁に頭を打ちつけた。


「嘘だ嘘だ嘘だ……こんなの認めない。信じない。嘘だ! ユラシェ様は、自分と結ばれるために生まれてきた天使。ユラシェ様の愛は、自分だけのもの。他の誰にも、渡したくない‼︎」


 ガシューの嘆きに、一番近くにいたカリオスの眉がピクンっと上がる。

 ユラシェは恥ずかしそうにモジモジと両指を合わせると、その指先をふっくらとした唇に当てた。


「ヨルン様はパンケーキの夢を見ていました。それで思い出したのですが、学校の友達が『レモンド♡キュート』というパンケーキのお店を教えてくれたことがあります。一年前の話ですけれど……。ヨルン様は、王城の食堂に慣れたら次は下町の食堂に連れて行ってくださると約束してくださいました。私、王城の食堂で日替わり定食というディナーをいただきました。下町の味に慣れましたので、来週あたり、ヨルン様と下町にあるパンケーキ屋さんに行ってみたいです」


 デートの日取りはいつだって、ヨルンが決めてきた。ヨルンは多忙で、デートは月に一回しかできなかった。けれどユラシェは、月に一度のデートになんの不満もなかった。

 それなのに……。


(おかしなヨルン様ともう一度お話ししてみたい。今日会ったばかりなのに、もう会いたくなっている。この気持ちって、なに?)


 ユラシェの頬に熱が集まって、真っ赤になる。

 ユラシェは「キャッ!」と可愛らしく照れた声をあげると、階段を上り、自室に入った。

 あとに残された一同は、魂が抜けたように呆然と立ち竦む。

 いち早く我に返ったソトニオが、恐る恐る口を開く。


「パパ。レモンド♡キュートって、確か……」

「ああ、そうだ。半年前に閉店してしまった……」


 ユラシェの母親は青ざめ、両手を口元に当てる。


「あなた! そのことを、ユラシェに話すつもり⁉︎」

「まさかっ! ユラシェの悲しい顔など見たくない! こうなったら、やることは一つだ。メディリアス家の権力と財力と人脈をフルに使って、ユラシェの願いを叶えてやろうではないかっ‼︎」

「さすがあなた! 愛しているわ‼︎」

「さすがはおばあちゃまの子供! 産んで良かった‼︎」

「わたくしたち使用人からも言わせてください! 素晴らしきご主人様にお仕えすることできて、幸せでございます。お嬢様の笑顔のために、わたくしたちも協力いたします‼︎」

「パパ、ありがとう! かっこいい‼︎」


 ガシューは玄関ホールにある大時計を見ると、一同に気がつかれないようにそっと、後退りをした。


「そろそろヤツが帰ってくる頃だ。窓からユラシェ様を攫って、駆け落ちを……」

「どこに行くのですか、兄上」


 カリオスが語気鋭く呼び止めた。



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