第15話 一生好きでいます。さようなら
——パリンッ‼︎
マクベスタの放った光がもう少しでゴーレムの額に届こうかというとき、黒い光が突如現れて黄金の光を切り裂いた。
黄金の光は薄いガラスが割れたような繊細な音を立てて、粉々に砕け散る。
「自分の高度魔法が、負けた? そんなバカな……」
力の抜けたマクベスタの手から、魔法の杖が転がり落ちる。
魔法文字を組み込んだ高度魔法は、魔物だって楽々と倒すことができる。それなのに、その高度魔法があっけなく砕け散ってしまった。
ブランドンはゴーレムから身を守るためにテーブルを盾にして身を隠していたが、目の前で起きた出来事をしっかりと見ていた。衝撃のあまり、あんぐりと開いた口を閉じることができない。
「若造の放った黒い光が、マクベスタの魔法を砕いた……。それも魔法の杖なしで……」
黒い光は黄金の光を切り裂いた後、ゴーレムの額に刻まれていた呪文を消した。呪文が解けたゴーレムは元の泥へと戻る。どろどろに形が崩れ、泥の山となった。
山よりも高いプライドを傷つけられたマクベスタは、泥の山の前に立つヨルンを眼光鋭く睨みつける。
「おまえごときが、魔法の杖を使わずにどうやって魔法を発動した‼︎」
「ん?」
「魔法の杖を使わずに魔法を放てるわけがない! それに、おまえの魔法の光は水色だろう⁉︎ それなのに、黒い魔法の光をどうやって発動したのだ‼︎」
「んん? なになに?」
「とぼけるなっ! おまえは魔法の杖を使わずに、黒い光を放った。いや……純粋な光ではない。翼が見えた……。あれはなんだ! おまえは何者なのだ⁉︎」
「えー、ボクって何者ぉ?」
「こっちが聞いているんだっ‼︎」
美の女神から美しさを与えられたユラシェは、存在をもって能力を体現している。
その一方で、能力を使うために道具を必要とする者たちがいる。
食の神からグルメの才能を与えられた料理人には食材やフライパンや調味料が必要だし、建設の神から才能を与えられた大工には資材やトンカチや釘が必要。
それと同じように、魔法神から魔法の力を与えられた魔法使いには、魔法の杖が必要不可欠。魔法の木から作られた杖の先端に、魔宝と呼ばれる宝石がついている。
魔法使いは、この魔法の杖を通して能力を発揮する。
なのにリオンハールは魔法の杖を使わずに、一言なにかを呟いただけで、黒い光を手のひらに出現させたのだ。
割れた窓から夏の夜風が入ってきて、ヨルンのオレンジ色の髪をなびかせる。美しいユラシェにお似合いだと人々が絶賛する、ヨルンの爽やかな容姿。
人々は最高名誉魔法使いの二人を、ヨルンは太陽のようで、マクベスタは闇のようだと比喩する。
マクベスタは、嫉妬を声音に滲ませた。
「ヨルン様は自分にはないものを持っている。だが、そんなヨルン様が、自分を師と仰いで尊敬してくれるのだから、実に誇らしい。しかし、ユラシェ様の相手として認めることはできない。ユラシェ様と出会い、自分は愛を知った。貴女様の清らかで美しい笑顔が、喜びを与えてくれた。ユラシェ様、愛しています。世界に自分と貴女様がいれば、それでいい。その他の人間はゴミです。なんの価値もない。そう、ヨルン様でさえ……。ヨルン様は、自分とユラシェ様の愛の結実を邪魔した‼︎」
愛するユラシェを手に入れることのできない怒りが、マクベスタに殺意を漲らせる。
マクベスタは苛ついたように舌打ちをすると、落とした杖を拾った。
「一番許せないのは、八流魔法使い。おまえだ。なぜ、おまえなのだ! 落ちこぼれ魔法使いのくせに、ユラシェ様を起こすなどあってはならないこと。ユラシェ様の運命の相手はおまえではない。自分だ! 自分が、ユラシェ様を起こしたかった。運命の相手になりたかった。なのに……。くそっ! 生意気な八流魔法使いめっ‼︎」
マクベスタは魔法文字を詠唱しようとした。
だが、そのとき──。
廊下から男たちの話し声が聞こえてきた。
マクベスタは目に殺意を宿したまま、唇の片端を冷ややかに上げた。
「命拾いをしたようだな。だが、落ちこぼれ魔法使いなど、すぐに抹殺してやる。どこに逃げようと無駄だ。──ユラシェ様、少々お待ちを。後でお迎えにあがります」
マクベスタが杖を振ると黄金の光が彼の体を包み、一瞬にして姿が消えた。
魔法使いと結界士たちが食堂へと歩いてくる。ユラシェは扉の裏に隠れた。
「北の砦が魔物に襲われたって、嘘情報を流したのは誰だ? とんだ無駄足だったぜ」
「マクベスタ様だ」
「は? なんで?」
「さあ? ユラシェ様に惚れているからな。恋敵である、ヨルン王太子を襲うつもりだったとか?」
「そういえば、ユラシェ様が心臓発作で倒れたとき。すぐ近くにマクベスタ様がいたらしいぜ」
「俺はヨルン様がいたと聞いたぞ? ああ、腹減った。なんか食べるもん……うわわぁっ‼︎」
食堂に入ってきた男たちは、食堂の荒れた様を見て悲鳴をあげた。
テーブルと椅子が散乱し、床は壊されて穴が開き、窓ガラスが割れている。さらには泥の山の前にいるヨルン王太子は、立ちながら寝ている。
「今の話、詳しく聞かせてもらおう!」
横倒しになったテーブルの裏からブランドンがヌッと現れて、有無を言わさずに男たちを東棟に連れていく。
男たちの足跡が遠ざかると、ユラシェは扉の後ろから出てきて、ヨルンの元に駆け寄った。
「ヨルン様!」
「ふぁ〜い。おはようごじゃいまーす」
「まだ酔ってるんですか?」
「可愛いユラシェに酔ってまーつ!」
「もう! マクベスタ様はなにを言っていたのですか? よく聞こえなかったのですが……。怒っていたでしょう?」
「うとうとしていたので、聞いていませんでした!」
酔いの冷めないリオンハールは、タイルとコンクリートの破片が散らばっている床にごろんと仰向けになった。
「いててててっ! はあー、顔が熱くて頭がふらふらする。吐きそう。でも……ユラシェのお腹に詰まっている天使のハートを守りましたじょー‼︎」
「ふふっ。そうですね。ありがとうございます」
ユラシェも綺麗な床を見つけて座った。ピンク色のドレスの裾がふぁさりと広がる。
「助けていただき、ありがとうございました。ヨルン様は強いですね」
「ボク、分かったんです。朝から晩まで精神と体力と魔法力をすり減らして、仕事を頑張ってきた。みんなに認められる魔法使いになりたくて、必死に努力してきた。でも間違っていた。努力の方向性が違ったんだ」
天井を見つめていたヨルンの若草色の目が、ユラシェに向けられる。
「努力して強くなっても、愛する人が泣いてしまったら悲しい。ボクは、愛する人の笑顔を守れる魔法使いになりたい。みんなに認められなくてもいい。愛する人が幸せでいられるよう、努力したい」
ユラシェの知っているヨルンは、たとえるなら立方体。どの面を見ても四角。安定感のあるヨルンと一緒にいると、心から安心できた。
けれど今日のヨルンは、ユラシェの知らない面を見せてくる。ひし形、丸、三角、星型。雲のようにふわふわとした形。波のようにうねった形。線がくるくると巻いた形。
実に多彩で、ユニーク。
最初は戸惑ってしまったけれど、すごく新鮮で、とっても変。
常識的で真面目なユラシェの心に、おかしなヨルンは波風を立てる。
「ヨルン様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです。家族と帰りますので、ここでお別れしましょう」
「これでデートは終わりかぁ。寂しいな……」
ヨルンの瞳が涙で潤む。
「もう二度と会えないけれど………。ユラシェを想い続けます。一生好きでいます。さようなら……」
「っ⁉︎」
ユラシェの胸がざわめく。
(おかしなヨルン様とさよならするのは──私も……寂しい)
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