第14話 ふわぁ〜い、呼びましたかぁ?

 ゴーレムは魔物に含まれていない。ゴーレムとは単に、術者の命令通りに動く泥人形。その呪文を放つのは人間である。


 元戦士ブランドンに冷や汗が流れる。


「嫌なエネルギーを感じるということは、良からぬ呪文が吹き込まれているということじゃ! 誰がそんなこ……」


 ブランドンは最後まで言い終えることができなかった。

 ゴーレムは歯のない真っ暗な口を開けて「ウオオオオーーッ‼︎」と叫ぶと、二メートルもの長身から繰り出した拳を食堂の床に叩きつけた。ベージュ色のタイルが剥がれ、その下にあるコンクリートが飛び散る。

 タイルとコンクリートの欠片が、ユラシェを庇ったブランドンの背中に当たる。


「シャアァァァァァーーーーッ‼︎」


 ゴーレムは奇怪な叫び声をあげると、右足を上げ、床に叩きつけた。拳のときよりもさらに大きな衝撃音が鳴り響き、コンクリートの床に穴が開く。

 ユラシェの心臓が恐怖で縮みあがる。ギュッと目をつぶって、祖父の胸に頭を埋める。


「お祖父様、怖いっ‼︎」

「大丈夫じゃ! わしが守ってやる‼︎」


 ブランドンは現役戦士を退いたとはいえ、朝晩の鍛錬を怠ったことはない。

 ブランドンはユラシェを廊下に避難させると、真っ赤な目を光らせているゴーレムと対峙した。ブランドンも負けじと、カッと目を見開く。


「わしが相手をして……」

「ブランドン様、自分にお任せを‼︎ ゴーレム、おまえの相手はこっちだ。かかってこいっ‼︎」


 ブランドンのセリフに、威勢よくかぶった者がいる。


 ──筆頭魔法使いマクベスタだ。マクベスタはアジュナール王国最高峰の魔法使いであり、ヨルンの魔法の師でもある。


 マクベスタの登場に、ブランドンは胸を撫でおろした。


「マクベスタ殿! 来てくれて助かった!」

「派手な音がしたので、来てみたのです。なぜ、ゴーレムが暴走している?」

「わからん。誰かが良からぬ呪文を吹き込んだらしい。魔法使いたちは北の砦に?」

「ああ。だが王城に魔法使いが不在ではいけないと、自分が留守番をしていた。そのおかげで、ユラシェ様を守ることができる」

「心強い! 礼を申す‼︎」


 ブランドンは、廊下に避難しているユラシェに顔を向けた。


「ユラシェ! もう大丈夫だ。わしと逃げよう!」

「はい!」

「お待ちを‼︎」


 マクベスタは二人を止めた。


 天才型のマクベスタと、努力型のヨルン。

 この二人がアジュナール王国の最高名誉魔法使いの称号を持っているわけだが、民衆に慕われ、多くの魔法使いの尊敬を集めているヨルンと違って、マクベスタは孤高の魔法使い。その理由は、彼の冷酷さにある。マクベスタは良く言えば、クール。悪く言えば、非情。他人にかける思いやりの心を持ち合わせていない。

 マクベスタの癖のある前髪から覗く焦茶色の瞳は、彼の心を表しているかのように冷たい。

 そんな冷たい眼差しと非道な心を持つマクベスタだが、ユラシェを見つめるときだけは、瞳が和らぐ。


「ユラシェ様のために戦います。自分の戦いを見てもらえないでしょうか?」

「え? はい……」

「待てっ! ゴーレムが食堂に現れたのは、ユラシェを狙ってのことかもしれん。悪いが、避難させてもらう」


 逃げようとするブランドン。

 ゴーレムの額に刻まれた呪文が強まる。ゴーレムは両手を突き上げ、雄叫びをあげた。


「ウォォォォーーっ‼︎ オマエに決メタ‼︎」


 ゴーレムの不気味に光る赤い目が、ブランドンを捉える。ゴーレムは食堂のテーブルを掴むと、ブランドン目がけて放り投げた。

 ブランドンは反射的にテーブルを避け、テーブルは鋭利な金属音を立てて壁に衝突した。


「なにをっ!  ゴーレムの標的はわしなのか⁉︎」

「当タラナカッタ。ザンネン」


 ゴーレムは唸ると、テーブルと椅子をブランドンめがけて無作為に投げつける。


「逃ゲルナ。オマエを脅サナイト、泥ニ戻レナイ」

「なんとっ⁉︎ 誰がそんな呪文を⁉︎」

「むにゃむにゃ、まだパンケーキ食べられまつよ……」


 泥酔している偽者ヨルンが椅子からころんと落ち、頭をしたたかに打った。


「いてっ‼︎」

「ヨルン様! お祖父様を助けて‼︎」

「んんん? パンケーキの中からユラシェが呼んでいる?」

「もうっ! 酔っている場合ではありません‼︎」


 ユラシェは出入り口の扉に隠れながら、ヨルンに助けを求める。

 マクベスタはアルコールのせいで顔を真っ赤にしているヨルンを見て、意地悪く笑った。


「そいつにゴーレムは倒せない。ユラシェ様、自分が助けてみせます‼︎」


 マクベスタは、黄金色に輝く魔法石が先端についている魔法の杖を振った。


「貴女様への愛を示して見せましょう!」


 魔法石から黄金の光が放たれ、光は縄へと変身する。黄金色の縄はゴーレムの体を三重に包み、拘束した。


「ウウッ……‼︎」


 ゴーレムは拘束を解こうともがくが、黄金の縄はさらにきつく縛りつける。

 勝負あり、とマクベスタはニヤリと笑った。


「ユラシェ様。これからゴーレムを破壊します。成功しましたら、貴女様にプロポーズすることを許可してください。貴女様を、誰にも渡したくない。ヨルン様にもです。結婚しましょう‼︎」

「えっ⁉︎ 困ります!」

「おい、マクベスタ! なにバカなことを言っているんじゃ! 絶対に認めんぞ‼︎」


 ユラシェはマクベスタに恋愛感情も、親しくなりたいという気持ちも、持ったことがない。だが、マクベスタは違う。


「自分はもう、我慢することをやめます。貴女様を見つめるだけでは苦しいのです。手に入れたい。自分だけのものにしたい。ユラシェ様を独占できるなら、世界を敵に回してもいい」


 冷酷なマクベスタの瞳に浮かんでいるのは、ユラシェへの身勝手な愛と、狂気。

 ユラシェは身震いする。


「困ります‼︎」

「おまえのような男に、孫娘は渡さん!」

「愛には障害がつきもの。だが、それも今夜で終わり。ユラシェ様、駆け落ちいたしましょう」

「嫌ですっ!」


 ユラシェとブランドンが全力で拒否しているにも関わらず、マクベスタには気に留める様子がない。自分本位な愛に酔いしれている。

 マクベスタはゴーレムを見据えると、魔法文字を唱えた。

 マクベスタは最高名誉魔法使い。最強の戦士であったブランドンでも敵わない。マクベスタに対抗できるのはヨルンだけだが、マクベスタは魔法文字のスペシャリスト。魔法文字を組み込んだ魔法を使えば、ヨルンでも太刀打ちできない。

 マクベスタは魔法石が輝く杖先を、ゴーレムの額に向けた。魔法石の中で、魔法文字が回っている。


 ゴーレムを元の泥に戻す方法──それは、額に刻まれた呪文を消すこと。


 マクベスタの実力なら、ゴーレムの呪文を簡単に消せるだろう。そして力づくで、ユラシェを攫っていくことも可能だ。

 ユラシェは恐怖のあまり、床にペタンと座り込んで顔を覆った。


「黒髪の魔法使い様、助けてっ‼︎」

「ふわぁ〜い。呼びましたかぁ?」


 アルコールの抜けない赤い顔で返事をする、偽者ヨルン。

 マクベスタはヨルンを見ると、軽蔑した目で、薄く冷たく、笑った。


「そいつは役に立たない。助けを求めても無駄です。自分にお任せください!」


 マクベスタは魔法の杖を掲げると、力強く振り落とした。魔法文字が組み込まれた黄金色の光が、放たれる。


「破滅の高度魔法だ! ゴーレム、木っ端微塵になるがいい!」

「マクベスタ、孫娘はやらんぞぉーーっ‼︎」


 黄金の光は鋭い刃となって、ゴーレムの額に刻まれた呪文【王城の食堂を壊し、ユラシェ様を除いたメディリアス家の者を脅す】を破壊するべく、一直線に突き進む。

 ユラシェは悲鳴をあげ、絶望して顔を覆った。

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