第13話 婚約を見直しませんか?

 ブランドンの罠にはまって、泥酔してしまったリオンハール。思考の働かない頭に、『ユラシェに見合う男になろうと努力していない。努力の方向性を間違えている』との言葉が呪いのように鳴り響く。


「うぃーすっ! ダメ人間でぇーーつ‼︎」

「ヨルン様。侍従を呼びますから、お部屋にお戻りになってください。このようなお姿、見たくありません」


 ユラシェは深々とため息をつくと、食堂の硬い椅子から立ち上がった。

 ヨルンは酔って真っ赤な顔をしたまま、ぽう〜っとした目でユラシェを見上げる。


「できるなら、友達になりたいでつ。これから先も友達として、ユラシェに会いたい……。うぐっ、ひっく!」

「友達……。それがヨルン様の本心ですか?」

「うぃーー……」


 王太子の威厳などどこかに吹き飛び、幼い子供のようにコクコクと頷くヨルン。

 ユラシェは喉につかえていたものが、スゥーっと流れていくのを感じた。


「私も実は……同じ気持ちです。私たちは友達がいいのだと思います。お互いに口に出したことはありませんでしたけれど、兄妹の情に近いもので繋がっているように思うのです。決して、恋人のような愛ではない。──婚約を見直しませんか? お互いに、心から愛する人と一緒になった方がいいと思うのです。……って、ヨルン様、聞いています?」


 酩酊状態に身を任せ、今にも椅子からずり落ちそうなヨルン。目を閉じて、ふにゃふにゃと笑っている。


「にゃんで、ユラシェお嬢様ってそんなに可愛いんですかぁ? 可愛い理由を教えてくだしゃーい!」

「もうっ! 真面目に話を聞いてください‼︎」

「……っていうことを、ユラシェのおじいちゃんが言っていたんですけどぉ。ボクなりに考えてみたんでしゅよ。答えがでました。聞きたいでしゅか?」

「いえ。聞かなくて結構です」

「教えてあげましゅ。ユラシェお嬢様は生まれるときに、天使からハートをもらってお腹に詰めてきたんでつ。だから笑うたびに、天使のハートが口から出ているんで……イタっ!」

「酔っ払いめ! 妹に話しかけるな。穢れる」

「お兄様!」


 給仕人の変装を解いたカリオスが、酔っ払いヨルンの頭頂部に肘打ちをくらわせた。

 ユラシェは、ヘナヘナに伸びてテーブルに突っ伏してしまったヨルンに同情の目を向ける。


「ヨルン様がおかしいのです! 責任感の強い方ですから、心労が溜まってしまったのかもしれません」

「ユラシェは優しいな。悪口を言わないのは美徳だが、私には素直な胸の内を話していいのだぞ」


 ユラシェは、適切なアドバイスをくれる次兄を信用している。カリオスになら、婚約解消したい素直な気持ちを打ち明けられる。

 ユラシェが「実は、婚約を見直し……」と口にした、そのとき──。


 ピカッ!

 ドタターーーンっ……‼︎


 鋭く眩い光が外を照らした直後、激しい衝突音が地響きとなって食堂の窓ガラスを震わした。


「なんじゃ! どうしたのじゃ⁉︎」


 城内の様子を見に行っていたブランドンが、扉を押し開けて食堂に入って来た。

 カリオスは銀縁眼鏡をクイっと押し上げると、食堂の外に広がる闇を見つめた。魔法使いが在中しているはずの西棟の明かりが消えている。


「爆発でしょうか?」

「嫌なエネルギーを感じる。何者かが入ってきたのかもしれん!」

「ここは王城です! 強力結界が張られている。まさか、結界が破壊されたとでもいうのですか⁉︎」

「結界の状態を調べようにも、結界士がおらん!」


 ブランドンは長い白眉を指で引っ張りながら、顔をしかめた。


「北の砦から、緊急援助の要請があったらしい。北の砦は、人間世界と魔物世界の境界線。魔物と戦う最前線じゃ。その北の砦が魔物に襲撃されたらしい。そういうわけで、王城にいる魔法使いと結界士らが全員、転移魔法で北の砦に行ってしまったのじゃ!」

「砦が襲撃された? 砦には、防御結界がかかっているのに?」

「そうじゃ。だが、結界を破るほどの強力な魔物が現れたのだろう。王城は外敵が入れないよう強力結界が張ってある。結界士が常に見回り、結界の傷一つ見逃さない。なのに、どこから嫌なエネルギーが侵入したんじゃ⁉︎」

「外からの侵入者ではなく、結界の内側でなにかが起こっている?」


 カリオスとブランドンは顔を見合わせると、ゴクリと生唾を飲んだ。


「ヨルン様のところに行ってきます!」


 最高名誉魔法使いであるヨルン王太子に会うために、カリオスは王城の北棟へと走っていった。

 ユラシェは目をパチクリする。


「ヨルン様なら、ここにいますが……」


 激しい衝突音がしたにも関わらず、気持ちよさそうに寝ているヨルン。口をもぐもぐと動かし、「百段重ねのパンケーキ、最高でしゅ」とよだれを垂らしている。

 ブランドンは舌打ちすると、禿げあがったおでこをぺちりと叩いた。


「カリオスはうっかり者じゃ。そうじゃ、ヨルン様はここにおる。まったくもってそのとおり! さて、ユラシェ。避難するぞっ! パンケーキ小僧など置いていくわい!」

「え? いいのですか?」

「魔法使いなんだから、自分で身を守ればいいんじゃ!」

 

 天は多彩な才能を人々にもたらしている。

 ユラシェは美の女神から、美しさと清らかさを与えられた。ブランドンは軍神から、腕力と胆力を。カリオスは知識神から、宇宙の知識を。

 ヨルンは二つの神から才能を与えられている。智慧の神から聡明さと思慮深さを。魔法神からは魔法の力を。

 ブランドンは五年前まで、戦士として第一線で活躍していた。それゆえ相手の姿が見えなくても、気配を感じ取ることができる。


「嫌な気を持ったものが、こっちに向かってくるぞ‼︎」


 職員専用食堂は王城の中央棟にある。国王とその家族が住む宮は北棟。政治議事堂は東棟。南棟には儀式や祭典を行う部屋がある。

 なぜ権力者のいる北や東ではなく、魔法使いや結界士などが働いている西棟の近くに魔物が出現したのか。さらには食堂に向かっているのはどうしてなのか?


「まさか、わしらを狙っておる……?」


 ブランドンがつぶやいた直後、食堂の窓が外側から割れた。ガラス破片と木枠が派手な音を立てて粉々になる。

 悲鳴をあげたユラシェを、ブランドンが胸に抱いた。


「大丈夫じゃ! わしがついておる‼︎」


 破壊された窓からのっそりと入ってきたのは──体長二メートルほどあるゴーレムだった。


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