第12話 食堂での酔っ払いディナー

 気持ちがどん底まで落ちてしまったリオンハール。だが、デートは終わらない。さらなる試練が待っている。

 オペラ鑑賞が終わったら、次はディナー。王城の食堂に誘うことになっている。

 いくら恋愛経験のないリオンハールだって、世界的大富豪のお嬢様を職場の食堂に誘うのは間違っているとわかっている。

 けれどユラシェの長兄であるガシューから「王城の食堂に誘え! 恥ずかしい思いをさせるのだ。失望に泣くユラシェを、自分が抱擁して慰める計画だ。いいか、必ず王城の食堂でディナーをするのだぞ‼︎」と命令されてしまった。

 昨日までは最初で最後のデートとはいえ、ユラシェと一緒に過ごせることが嬉しかった。なのに実際に会って話してみると楽しくて、もっと一緒にいたいと願ってしまう。

 だがその願いとは裏腹に、八流魔法使いでは釣り合わない。自分なんて社会のクズだと罵る自分がいる。

 切なる願いと現実の差で苦しむリオンハール。ユラシェがいたわりの眼差しを向ける。


「ヨルン様、お顔の色が悪いです。体調が優れないのでしたら、ご無理なさらず、デートはお開きにいたしましょう」

「いいえ! 体調は万全です。実は気になる食堂がありまして……でも誘っていいものか、悩んでいます」

「食堂? 行ったことはありませんが、ヨルン様が気になるのでしたら、素晴らしいお料理が出るのでしょうね」

「素晴らしい料理というほどでは……。一般的な家庭料理です」


 ユラシェは「一般的家庭料理……」と呟いたのち、にこりと笑った。


「素晴らしいですわ! ヨルン様は、権威に胡座をかいていてはダメだ。一般市民がどのような生活を送っているのか肌で感じないといけない。そうおっしゃって、変身魔法で庶民になりすまして街に出かけていらっしゃる。私が一緒に行きたいと頼んでも、危ないからと、一度も連れて行ってくださらない。食堂ということは、下町ですか? 町のはずれでもかまいません! 私も一般市民の生活を知りたいです!」

「ヨルン様がそのようなことを……。なんて素晴らしい人なんだろう!」

「ふふっ。ご自分のことでしょう?」

「あ、そうでした……」


 リオンハールは気まずくなって、頬をポリポリと掻く。


「では、その気になるという食堂に行きましょう。どこにあるのですか?」

「王城です」

「えっ⁉︎」


 驚くユラシェに、リオンハールは慌てて説明する。


「町じゃなくてすみません。いろいろと事情がありまして……。その、まずは、王城の食堂から始めましょう! あ、そうだ‼︎ 段階です。段階を踏んでいきましょう! 王城の食堂に慣れたら、次は下町にある食堂に行きましょう」


 一般市民の生活を知りたいというユラシェに、一般市民お断りの王城食堂に連れて行くのはおかしいと思う。しかしだからといって下町の食堂に連れて行こうにも、外食をしたことのないリオンハールには、ユラシェお嬢様の舌を満足させられる食堂を知らない。

 恐る恐るユラシェの様子を伺うと、予想に反して、ユラシェは青い瞳をキラキラと輝かせた。


「なんて素敵なのかしら! 私、王城の食堂に行ってみたかったんです。早速行きましょう!」


 ユラシェは声を弾ませ、次なる行動に移る。


「早く会場を出ましょう。夕食の時間に遅れてしまいます!」

「急がなくても、食堂は遅い時間まで開いています」

「でも私、早く行きたいのです!」


 リオンハールは思った。


(そんなにお腹が空いているんだ。可愛いなぁ)


 頬を緩ませてにやけている偽者ヨルンを置いて、ユラシェは特別観覧室を出ると、階段を足速に降りていく。

 王城には黒髪の魔法使い様がいる。彼に会いたい気持ちがユラシェのハートに火をつけ、足を急がせる。



 ◇◇◇



「努力はね、していまふよ。どんな仕事でも手を抜かないで、真面目にこちゅんこちゅんやっていまつ。事務処理の他にも、北の魔物討伐に参加していまふ。魔物と戦ったことはありましぇんけど、雑用係として、食料運搬と食事温めと洗い物と掃除とベッドメイキングと洗濯と魔物行動分析と魔物巣窟調査を頑張っているんでつ。だけど、レベルアップしない。努力の方向性を間違っていりゅんだ。わあー、ボクはどうしたらユラシェに見合う男になれりゅんだよぉぉぉーーっ‼︎」

「ヨルン様……変」


 ユラシェはとうとう、本人を前にして変だと口に出してしまった。

 王城の食堂はヨルン王太子が食事をするということで、貸切になっている。黒髪の魔法使いに会えるのでは? と期待に胸を膨らませていたユラシェの失望は大きい。

 さらにはワインに酔ってしまったヨルンが意味不明のことを話し続けているのも、失望を大きくさせる。

 ユラシェは夕闇に包まれた窓の外を眺める。食堂からはちょうど、魔法使いたちが働いている西棟が見える。あの明かりのどこかに黒髪の魔法使いがいるかと思うと、居ても立っても居られない。今すぐに走って、会いに行きたい。

 けれどヨルン王太子という婚約者がいる身で、他の男性に会いに行くことなどできない。

 ユラシェは切なさに胸が押しつぶされそうになりながら、西棟に灯る明かりを見つめ続けた。


 一方、食堂の衝立の奥では、給仕人に変装したカリオスと、ワインソムリエに変装したブランドンが「うまくいった!」と拳を突き合わせた。


「りんごジュースが欠品していると言って、若造にワインを飲ませてやったわい」

「お祖父様、さすがです。飲み口は甘いのに、アルコール度数十七パーセントのワインを飲ませるとは。ユラシェは相当に呆れているようだ」

「いひひ。これで婚約解消がスムーズに行えそうじゃな」



 

 

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