第17話 ユラシェと呼ぶ偽者

 カリオスに声をかけられたガシューは、玄関のドアノブに手をかけたまま固まった。だがすぐに、穏やかな笑顔で返答する。


「外の空気を吸いに行ってくる」

「一番初めにおかしいと思ったのは、ユラシェが目覚めた日。あなたは殺気立った目でリオンハール少年を見ていた。次におかしいと思ったのは、デートする日にちが決まったとき。あなたは、王城の食堂でディナーをするようリオンハール少年に強制した。そうして今夜、王城の食堂に悪い呪文をかけられたゴーレムが現れた。……あなたがゴーレムに悪い呪文をかけたのですね? リオンハール少年になにか恨みでも?」

「ははっ! なにを言うかと思えば、呆れるね。ゴーレムに悪い呪文をかけるのは犯罪行為。見つかれば処罰されてしまう」

「ほほぅ」


 カリオスは目を細めた。


「犯罪行為だとわかっているが、見つからなければ処罰されない、そう言っているように聞こえますが?」

「揚げ足を取るのはやめてくれ。そもそも自分は錬金術士の才能しかない。魔法使いじゃないし、呪文士でも召喚士でもない。ゴーレムを操るのは無理だ」

「あなたが本当の兄上ならね。魔法使いなら、変身魔法が使えるのでは?」

「疑り深いな」


 真面目を絵に描いたような堅物顔のガシュー。その表情には余裕がある。


「変身魔法を使うには、本人の許可と魔法省の認可がいる。そうでないと、変身して悪事を働く魔法使いがいるからね。ソトニオは魔法省の役人だ。ガシューへの変身懇願書の届出があったかね?」


 ソトニオは茶色の髪の中に指を入れると、モジャモジャと掻いた。


「ないよ。だけどさ、変なんだ。皆は気のせいだと笑っていたけれど……。変身懇願書に押すハンコが使われた形跡があるんだ。誰かがこっそりと忍び込んで、無断でハンコを押したのかもしれない」

「確かな証拠はあるのか?」

「ハンコの置いてある場所が微妙にずれていた……」

「はっ! そんなの、誰かが棚にぶつかった際に置き場所がずれたんじゃないのか?」

「どこまでもしらばっくれる気なのですね。こうなったら仕方がない。兄上の真面目なイメージを壊すから黙っておきたかったのだが、秘密をばらすとしよう」


 カリオスの発言に、一同の間に緊張が走る。


「まさか、アレを言うつもりじゃ⁉︎」

「そうだ。兄上は、外見も性格も真面目だ。真面目がスーツを着ているようなものだが、溺愛するユラシェを前にすると精神が乱れてしまう。あなたはそれを知らないから、ユラシェと呼んだ。ユラシェと呼んだ時点で、偽者確定なのだ」


 ガシューの偽者はグッと言葉に詰まる。

 カリオスは、ソトニオに顎で命じた。


「兄上のアレを言え」

「えーっ! やだよ。キモイもーん‼︎」

「ではパパ上。お願いします」

「いやいや、無理だ。溺愛の種類が違う。あいつの溺愛は幼稚すぎる!」

「ではママ上。お願いします」

「嫌よ。あの子の溺愛は意味がわからない。ユラシェが困惑しているのに気づいていないおバカさんだわ」

「仕方がない。ではおばあちゃま、お願いします」

「断る! あの子の溺愛は、ドン引きレベル‼︎」

「まったく……」


 家族に断られてしまい、カリオスは深いため息を吐く。それから使用人たちに視線を走らせた。

 使用人たちは青ざめた。命令されれば、断ることなど不可能。逃げるためには先手を打つべし‼︎

 一番の古株、執事のアルジャーノが命令される前に別案を出す。


「ガシュー様の真似は、誰にでもできることではございません。非常に難易度が高く、わたくしたちの技術が追いついておりません。真似をしても、ガシュー様そっくりにはできません。ですから、カリオス様が演じてみてはいかがでしょう?」

「私が? ふむ、確かに兄上の真似は難易度が高い。仕方がない。ここは私が一肌脱ぐとしよう」


 カリオスは何度も深呼吸をすると、テンションを最高潮にまで高めた。


「ユラにゃ〜ん♡ 今日も世界一可愛いねぇ。ラブリーキュート♡ユラにゃん。ユラにゃんが妹で最高に幸せだよ〜。ユラにゃんを見ていると、元気復活! ユラにゃん、大好きだよー!」

「ぐわっ‼︎」


 ガシューの偽者は胸を押さえると、足をふらつかせ、玄関扉に背中をつけた。


「ものすごい破壊力だ。まさかあの真面目なガシューが……」

「おまえはメディリアス家を敵に回した! 平穏な人生を送れると思うな! ハムスターにして、回し車の中に閉じ込めてやる‼︎」


 カリオスはこっそりと、外に人を配置するよう使用人に目配せをしていた。

 玄関の外には屈強な男たちが待ち構えている。逃げることなど不可能。

 だがガシューの偽者は、大胆不敵に笑った。


「自分は冷酷無情な人間だと言われるが、愛する人のためなら道化師の仮面を被ろう。──ユラにゃん。貴女様の小指に結ばれた赤い糸は、能なし魔法使いではなく、自分に繋がっている。その糸を手繰り寄せてあげるから、待っておいで。十六歳の誕生日の前に迎えに来る。ユラにゃん、逃がさないよ」


 ガシューの偽者はゾッとするほどに暗い目で言うと、なにもない空間から魔法の杖を出現させ、振った。

 黄金色の光が全身を包み、偽者は跡形もなく消えてしまった。



 偽者が消えて十分後。本物のガシューが仕事から帰ってきた。

 偽者が現れたことを聞いたガシューは驚くこともなく、平然と言った。


「ああ、僕が変身の許可を出したんです。マクベスタ様が、ユラにゃんが昏睡状態から目を覚ましたとき驚かないよう、家族に変身したいと言ってきたので、許可を出しました。だってユラにゃんが目を覚ましたとき、一番初めに目にするのが僕だといいかなと思いまして」


 ガシューは、家族と使用人たちからとことん叱られたのだった。



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