第18話 黒い光の正体は……

 ブランドンが帰宅したのは、マクベスタが消え去った一時間後。

 家族から事のあらましを聞いたブランドンは、マクベスタが姿を変えて現れたことに絶句した。

 すぐさまカリオスを書斎に呼び、王城の食堂で起こった事を話して聞かせる。


「ユラシェに好意を抱いていることは知っておったが、いつかは現実に気がついて諦めるものと思っていた。だが、これほどまでに粘着質な男だとは……」


 カリオスの喉がゴクリと鳴る。


「さきほどマクベスタは、十六歳の誕生日前に迎えに来ると言った。ユラシェは二週間後に誕生日を迎える!」

「それまでに攫っていくということか」

「そんな……いったいどうしたら……。ヨルン様は新婚旅行に出かけていて、連絡が取れない」


 王城の食堂にゴーレムが出現した際、カリオスはヨルンを呼びに走った。だが国王から「先ほど新婚旅行に出発したぞ。仕事を忘れて楽しみたいから、連絡を取れないようにしてあるそうだ」と告げられた。

 激昂しても我を見失うことのないカリオスが、言葉を荒げる。


「あいつは馬鹿なのかっ! 妹の緊急事態に、羽を伸ばしてあははうふふしてる場合じゃないだろうがっ! 連絡を取れないなら、こっちから行ってやる。今すぐに旅行先に押しかけて、首に縄をかけて連れてきてやる‼︎」

「待て!」

「止めないでください! ユラシェが極悪魔法使いに攫われてもいいのですか⁉︎ ヨルン様以外、あいつを止められる者はいない‼︎」


 机上にあるオイルランプだけが灯る、薄暗い書斎。 

 ブランドンは天井を仰ぎ、頬をひとなでした。


「いや。若造なら、マクベスタを止められるかもしれん」

「若造? リオンハール少年のことですか?」

「そうじゃ。帰ってくるのが遅かったのは、若造を寮に送って来たからじゃ。道端で寝ておったからな。酔いが冷めておらず、まともな会話にならんかったが、若造はマクベスタの魔法を破ったことを覚えとらんようじゃった。おそらくユラシェに助けを求められて、無意識に力を発動したのじゃろう」

「無意識に? なんの力です?」


 ブランドンは書斎机の引き出しから紙を取り出すと、オイルランプの下で絵を描いた。


「若造は黒い光を発動した。だがわしにはそれがただの光ではなく、黒い光に包まれた翼のある生き物に見えたんじゃ。手のひらに乗るぐらいの、小さな生き物じゃったが」


 カリオスは紙を受け取ると、幼児が利き手とは反対の手で描いたような下手くそな絵を眺めた。


「これは……ツノと羽が生えた、犬ですか?」

「犬ではない、鹿じゃ! 黒い生き物は動きが早すぎて、目が追いつけなかった。だがわしは、偉大な戦士の称号を持つ者。動体視力には自信がある。残像を思い出して描いてみたのじゃ。だが、羽の生えた鹿がいるじゃろうか?」

「我々が知らないだけで、この世界のどこかには存在しているかもしれない」


 カリオスは、知識の神から宇宙の叡智という才能を与えられている。自身に問えば、宇宙からその答えが降ってくる。

 ブランドンは元戦士という職業上、リオンハールの秘めた能力にワクワクし、期待で目が輝く。

 カリオスは顎をさすりながら、絵をジッと見つめた。


「ああ、やはりそうか。実在しています。これはドラゴンと呼ばれる生き物です。我々が知らないのは当然。魔物の住む、北の大陸に生息しているのですから」

「北の大陸だとっ! ではそれは魔物なのか⁉︎」

「はい。ですが、我々が戦っている魔物とは違うようです」


 ブランドンはソファーから身を乗り出した。


「魔物は我々の命を脅かす残忍な生き物じゃ。だが、わしは多くの魔物と戦ったが、ドラゴンなどという翼の生えた鹿は見たことがないぞ?」

「ドラゴンは鹿ではありませんよ。それと、お祖父様が過去に戦った魔物とドラゴンは違うようです」

「そうじゃろう! 若造は不器用で鈍臭いが、いい子じゃ。凶悪な魔物を操るわけがない。ドラゴンとは、気性の穏やかな魔物なんじゃろう?」

「んー……」

「はっきりと言わんかい‼︎」

「宇宙から降りてきた情報を、そのまま言います。攻撃性……ヤバいレベル。スピード……瞬殺レベル。防御力……ダイヤモンドレベル。残忍性……相手によりけり。総合……世界最強レベル。他の魔物とは桁違いのレベルです。ドラゴンが本気で暴れたら、世界が滅びます」

「なんとっ⁉︎ 他の魔物とは違うという、前振りはなんじゃったんじゃ⁉︎」

「我々が戦っている魔物は低級魔物です。知性が低くて単純。ですが、ドラゴンは知性があり、恐ろしく強い。魔物の頂点に立っている最上級魔物。魔物世界の奥地に住んでいるので、我々とは面識がないのです」


 宝箱を見つけたと思ったら、中に入っていたのは爆弾だった。ブランドンはそんな気持ちだった。


「たとえばの話じゃが、わしと若造が対決したとする。ドラゴンに殺られる可能性は?」

「千三百パーセントです」

「百パーセントを超えているじゃないかーいっ‼︎」


 混乱し、書斎をうろつくブランドン。


「ああぁーーーっ‼︎ ったく、あの腹黒王子。なんという厄介な少年を押しつけ……ん? もしや若造の正体を知ったうえで、わしらに押しつけたのか?」


 カリオスは銀縁眼鏡をクイっと押し上げると、宇宙に問いかけてみる。


「ああ、正体まではわかっていません。だが、リオンハール少年に得体の知れない能力があるらしいことを感じた。だから王城魔法使いに雇った。いつか能力が開花したらいいなー、ぐらいに気長に見守っているようです」

「そうかそうか。押しつけられたわけではなかったか。安心して……ないわーいっ! 若造をどうすればいいんじゃい‼︎」

「会議を開きましょう」


 カリオスは家族と使用人たちを叩き起こすと、居間に招集して、夜遅くまで話し合った。凶悪な魔物を操るリオンハールを、ユラシェと付き合わせることはできないという意見で一致した。

 リオンハールにマクベスタを倒してもらい、その後北の砦に転勤させる。そうしたらもう二度と、二人を会わせないようにしようと一同は決めた。 




 家族と使用人たちが、リオンハールのことで会議をしている頃。

 ユラシェは、黒髪の魔法使いリオンハールとボートに乗っている夢をみていた。

 目が覚めて、夢が途切れる。


「黒髪の魔法使い様の夢をみてしまったわ……」


 ユラシェはランプが照らす天井の模様を眺めながら、ため息をついた。


「おかしなヨルン様と、楽しいデートをしたというのに……。私はやっぱり黒髪の魔法使い様が好きなのだわ」





 

 

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