第4話 恋愛偏差値試験
ユラシェの祖父母と両親と三人の兄たち。さらには集まってきた使用人たちに注視され、リーンハールは気絶しそうなほどの目眩に襲われる。
カリオスはリオンハールの顔色の悪さを一切気にすることなく、手元の用紙に目を落とした。家族総出で考えた、恋愛偏差値問題を出す。
「第一問。君はデートの迎えに我が家に来た。挨拶をした後、ユラシェになんと声をかける?」
一言一句、聞き逃さない! そう言わんばかりの人々の鋭い眼差しを一身に浴びて、リオンハールは額から汗をタラッと流す。
「え、ええっと……あ、あの……、今日はお天気がよくて、デート日和ですね……と言います」
「もしも雨だったら?」
「そうですね……。雨がいい感じに降っていて、デート日和ですね……と言います」
「曇りだったら?」
「あー……。雲が多くて、デート日和ですね……と言います」
「天気など、どうでもいいわい! デートのために孫娘はお洒落をしているのだ。そこを褒めんかい‼︎」
業を煮やした祖父ブランドンがつい、ヒントを投げてしまう。
「あ、ああ、そうかっ! えぇと、素敵なドレスですね。と褒めます」
カリオスはふんっと鼻で笑うと、用紙に『女性の褒め方マイナス三十点。ドレスよりも女性そのものを褒めるべし』と書き込んだ。
「第二問。オペラ会場に着いた。君のするべきことは?」
「オペラ会場ですか⁉︎」
「そうだ。ユラシェはオペラ鑑賞が趣味なのだ」
リオンハールの手足が震える。
生まれてから一度もオペラを観たことがなければ、オペラ会場のある富裕街に足を踏み入れたこともない。家と王城の往復路しか知らないリオンハールには、オペラ会場は天国にあるかのように遠い世界に感じる。
──やっぱり無理です。デートなんてできません! 他の人を当たってください‼︎
そう言ってしまいたい。けれど言葉は胸に留まったまま、喉元にも上がってこない。ヨルン王太子の身代わりで幻滅作戦を行うとはいえ、ユラシェお嬢様とデートできることを喜ぶ自分がいるのだ。
「オペラ会場に着いて、ボクのするべきこと……。不慮の事故に備えて、緊急出入り口を確認することでしょうか?」
思いがけない返答に、カリオスは一瞬言葉を詰まらせた。
「……そ、そうか。まあ、それも大事だが、そういう火災訓練的答えを求めているわけではないのだ……」
「おい、若造! これは恋愛偏差値試験なのだ。色気ある答えを言わんかい! ユラシェを特別観覧室にスマートに案内するのじゃ!」
気の短いブランドンが、またまた答えとなるものを口走ってしまう。
「ああ、そうか。わかりました! 迷わないでスマートに案内できるよう、場内パンフレットをもらって誘導します」
「場内パンフレットを見る時点でスマートじゃないけどな!」
三男ソトニオが我慢できずに叫ぶ。
「お前ってホント恋愛初心者だな。僕が一緒に下見に行ってやるから、事前に特別観覧室の場所を覚えろ。ユラシェに恥をかかせるな!」
「スミマセン……」
カリオスは手元の用紙に、『女性のエスコートマイナス三百点。事前練習が要必要』と記入した。
恋愛偏差値試験は続く。
「第三問。ディナーをどうするか尋ねると、ユラシェは、おすすめのお店に連れて行ってほしいと美しい瞳を輝かせた。さて、どこのレストランに連れて行く?」
「レストランで食べたことがなくて……。王城の食堂ではダメでしょうか?」
「ダメに決まっているじゃない! 可愛い孫娘を食堂に連れて行くんじゃないわよ! おばあちゃまが五つ星レストランの予約を取ってあげるわ!」
「第四問。レストランの給仕からワインをどうするか聞かれた。どのワインを選ぶ?」
「ワインを飲んだことがなくて……。りんごジュースを頼んでもいいのですか?」
「お子ちゃまかっ! 上等なワインを飲ませてやるから、この機会に覚えなさい!」
「そうよ、ユラシェに恥をかかせないで! わたくしがワインについて教えてあげますわ」
ワインを飲んだことのないリオンハールのために、ユラシェの父親がワインを飲ませてやるといい、母親がワインの蘊蓄を披露するという。
部屋の隅で様子を見ていたヨルンは笑いを堪えるので必死だった。
(こうなると思った。予想どおりだ。メディリアス家の人々は情に厚いんだよなぁ。だが……様子のおかしい者がいる……)
ヨルンは、長兄ガシューを見る。彼はまだ一言も言葉を発していない。
部屋に集まる誰もが好奇心剥き出しにして部屋の中央に集まっている中、長兄ガシューだけが家族の輪から離れた窓際に立って、リオンハールを攻撃的な目で見ている。
目で人を殺せるなら、リオンハールは死んでいる。それぐらい、ガシューの目は怒りに燃えていた。
「では最終問題だ。デートが終わり、ユラシェを屋敷に送り届けた。最後になんと言う?」
「ええと、夜だと思うので、おやすみなさいと言います」
「普通じゃ」
「普通ね」
「普通すぎてつまらない」
「ダセー」
リオンハールの無難すぎる答えに、ガシューを除いた家族と使用人たちが批判の声をあげる。
「ロマンティックなことを言うべきだわ! 君という天使に出会ったこの夜を俺は永遠に忘れない、ぐらい言いなさいよ!」
「こんなのはどうじゃ? わしのスイートベイビー。どうしてそんなに可愛いのじゃ? 可愛い理由を教えておくれ」
「僕も考えた! 僕は今夜この世で最高に美しい夢を見た。主役はもちろん君さ」
「おいらも考えた! 最高の夜に乾杯……」
ドンッ‼︎
突然響いた大きな音に、騒ぎ声が一瞬で静まる。
ガシューが拳で壁を叩き、怒りに顔を歪ませていた。
「なんなんだ‼︎ ヨルン王太子とユラシェを婚約解消させるために、そこの少年に無様なデートをさせるのが目的じゃないのか⁉︎ それなのに、なぜ、手を貸す必要がある? ユラシェとの会話は天気。オペラ会場はパンフレットを見て歩く。王城の食堂でディナーをし、りんごジュースを飲み、おやすみなさいと言って別れる。それでいいじゃないか! 文句なしに最低のデートだ! いいか、誰も八流魔法使いに手を貸すんじゃない‼︎」
カリオスは銀縁眼鏡を人差し指で押し上げると、長い吐息をついた。
「兄上の言うとおりだ。私たちはユラシェを溺愛するあまり、どうかしていた。最高のデートを演出するんじゃない。最低のデートをして、ヨルン様の好感度を地に叩きつけて粉々に割らなければならないのだ。……恋愛偏差値試験の結果を発表する。マイナス一億三千点だ。よってヨルン様の身代わりとして合格だ。ユラシェとデートすることを許可する。そして誰も、リオンハール少年に手を貸してはならない」
毅然と言い放ったカリオスに、部屋にいる一同は深々と頷いた。
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