第3話 穏便に婚約破棄をするには

 デートという単語に、カリオスとブランドンが激しい反応を示す。


「どういうことですかっ⁉︎ ヨルン様、説明していただきたい! なぜにどこの馬の骨とも分からぬ少年が、我が妹とデートしなければならないのです⁉︎」

「どこかの馬の骨ではない。リオンハールの身元はしっかりしている」

「わしも反対じゃ! おい、若造。孫娘に指一本でも触れてみろ。国中に指名手配書を流すぞ!」

「ひぃぃぃぃーーっ‼︎」


 わけのわからない事態に巻き込まれてしまったリオンハール。

 ヨルンは顔面蒼白になってブルブルと震えているリオンハールを守るように、彼の肩に手を置いた。


「王城お抱えの魔法使いを脅迫しないでいただきたい。ユラシェのことになると、どうしてあなたたちは理性を失うのだろう? いいですか。私の話すことを落ち着いて聞いてほしい。まず、私は離婚しない。我が国は多重婚を禁止しているし、ユラシェのように素晴らしい女性を愛人という地位に置くのは気が引ける。一番良い方法は、ユラシェが愛する人と結婚することだと思いませんか?」


 カリオスとブランドンは顔を見合わせると、同時に首を傾げた。


「いや、別に結婚しなくても良い。むしろ、結婚などしないでもらいたい」

「わしも同感じゃ。ヨルン様だから許したが、他の男など、ユラシェの半径十キロ以内に近寄ってほしくないわい」

「……あなたたちの溺愛を過小評価していました。言葉を変えましょう。なによりも大切なことは、ユラシェが生きることです。心臓発作は確実に寿命を縮めます。ユラシェにショックを与えてはいけないのです。そこはおわかりになりますね?」

「無論‼︎」

「同意‼︎」

「意思の共有ができて良かった。私が妻帯者である以上、ユラシェを婚約者にしておくことはできない。速やかな婚約解消が必要だ。だが真実を伝えて、ユラシェの心と心臓にショックを与えてはならない。ごく穏やかに、婚約解消にもっていく必要がある」


 カリオスとブランドンは深く頷く。婚約解消をすることに関しては問題ないらしい。そのことにヨルンはホッとすると同時に複雑な気分になる。


「婚約解消に、少しばかり残念な顔をしてほしかったですよ。まあ、いい……。リオンハールの交友関係を調べさせてもらった。調査係によると、女性と一度もお付き合いをしたことがないらしいね。女友達もいなければ、女性と遊んだ経験も皆無。この一年で言葉を交わした女性は、職場の先輩とパン屋の店員と八百屋のおかみさんのみ。驚くべき女性会話率の低さだ」

「すみません……」

「いや、謝ることはない。むしろ好都合だ」

「ヨルン様、なにが言いたいのですか? この少年が妹とデートしたら、悲惨な結果になることは確実。ここは兄である私が、ユラシェとデートしましょう。私の方がユラシェを笑顔にできる」

「楽しいデートをしたいわけじゃない。その反対だ。悲惨なデートだからいいのだ」


 意味が飲み込めないカリオスとブランドン。

 ヨルンは両手を広げた。


「リオンハールに、私に変身する許可を与えよう。彼が魔法で私に変身して、ユラシェとデートをしているところを想像してみてください。下手なエスコート。気の利かない会話。退屈な時間。ユラシェは私に幻滅して、婚約解消したいと願うでしょう。──そう、いい考えとは、ユラシェが私を嫌って結婚したくないと思わせること。これがユラシェの心身に一切の負担をかけさせることなく、穏便に婚約解消ができる方法というわけです!」

「おおーっ‼︎」

「さすがは腹黒王子じゃ。あっぱれ!」

「誰が腹黒王子ですか! 知恵が回ると言ってください!」

「いや、あの、そんな、困ります……」


 蚊の鳴くような声で、無理だと訴えるリオンハール。だがメディリアス家の者たちが続々と応接室に集まってきて、賑やかな声で話すものだから、リオンハールの気弱な声はかき消されてしまう。

 ユラシェの両親は、満面の笑みで手を叩いた。


「ユラシェの方から婚約解消したいと思わせる。いい方法だわ!」

「もともとこの婚約は、国王から話があってのもの。俺は最初から乗り気でなかった。愛娘をなんで他の男にやらないといけないんだと、腑に落ちなかった!」

「ユラシェは僕たちの天使。結婚なんてしなくて良し!」


 三男であるソトニオは、妹の面倒は兄弟三人でみると意気込んだ。

 ユラシェを過剰なまでに溺愛するメディリアス一家に、ヨルンは同情の声をあげる。


「メディリアス一家の溺愛がひどすぎる。ユラシェが好きになった男は、この人たちに認めてもらわなくてはいけないのか。大変だ……」


 リオンハールの本能は先ほどから警告音を鳴らしている。

 ──デートなどという、未知の領域にある恐ろしいものを自分ができるわけがない……。

 こっそりと逃げようとするリオンハールの肩に、カリオスの大きな手が置かれる。

 びくついたリオンハール。カリオスはグッと顔を近づけると、眼鏡の奥にある鋭い目を光らせた。


「一回だけ、デートを許可してやろう。その一回で、ヨルン様への好感度を最低レベルにまで落とすのだ。自然な成り行きで幻滅させろ!」

「無理です無理です‼︎ ボクにはできない! ヨルン王太子が、幻滅させる演技をすればいいのでは⁉︎」


 リオンハールが泣きそうな顔でヨルンに訴えると、ヨルンはついと目を逸らした。


「私は多忙だ。王太子としての仕事が山ほどある。それにエスコートが身についてしまっている。最低の演技をしようとも、ユラシェのハートを鷲掴みにしてしまうのが目に見えている。君なら、自然に振る舞っても女心を幻滅させられる」

「よし、私が恋愛偏差値試験をしてやろう!」


 カリオスの思いつきによって、リオンハールは恋愛偏差値試験を受けることになった。



 

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