【コミカライズ企画進行中】優しい婚約者の様子が変です。どうしましょう。ときめきが止まりません!
遊井そわ香
第一章 目覚めたお嬢様と八流魔法使い
第1話 眠り姫はわずかに触れた指先で目覚める
童話に出てくる眠り姫のごとく、長い眠りについている女の子がいる。
彼女の名前は、ユラシェ・メディリアス。十五歳。
大富豪メディリアス家の愛娘であり、アジュナール王国ヨルン王太子の婚約者でもある。
アジュナール王国に仕えている魔法使い、リオンハール。十八歳。
彼は部屋の中央に歩みを進めると、豪華な寝台に横たわっているユラシェを見下ろした。
吐息が聞こえないほどに静かなので、リオンハールは彼女の顔を見るまで不安でたまらなかった。
けれどユラシェの頬はピンクに色づいており、艶やかな金髪の巻き毛や陶器のように滑らかな色白の肌。ふさふさとした長いまつ毛に、赤くふっくらとした唇。すべてが彼女は生きていることを示していて、リオンハールは安堵の吐息をつく。
「彼女が心臓発作で倒れてから一年がたったけれど、変わっていない……」
「最高名誉魔法使いマクベスタ様に毎日来ていただき、魔法で妹の体に栄養を送ってもらっています。マクベスタ様がいなければ、妹は亡くなっていたかもしれない。彼にはどれほど感謝しても足りない。だが偉大な魔法使いであるマクベスタ様でも、妹を起こすことができない」
「だからってボクを呼ばれても困るんだけど……」
リオンハールを呼んだのは、メディリアス家当主の孫であるカリオス。ユラシェの兄である。
カリオスは長身で脚が長く、知的な顔をしている。さらには高級官僚として国庫財政管理の仕事に就いている。
カリオスの祖父は政治家。祖母は王族近親者。父親は銀行の経営者。母親は貴族出身。
メディリアス家は世界有数の大富豪であり、権力者なのである。
一方のリオンハールは、孤児院育ち。さらには変わった容姿をしている。
親を知らず、風変わりな容姿のせいでいじめられてきたリオンハールは、家柄も容姿も優れたカリオスに羨望を抱いてしまう。
カリオスは視線を妹に向けたまま、訴えた。
「この一年。私たち家族はありとあらゆる手を使って、妹の意識を取り戻そうと努力してきた。魔法使い、治療師、薬草師、聖人聖女、忍術使い、女神崇拝教、悪魔教団に助けを求めた。さらには古今東西の智慧にすがり、白魔術、黒魔術、蘇生術、憑依術も試した。奇跡の水に、神聖キノコ。浄化ハーブも取り寄せた。……だが妹は目覚めない! ユラシェを目覚めさせた者には、力でも金でも、なんでも好きなものをやる。私たちはユラシェを愛しているのだ‼︎」
「ボクは城に仕える魔法使いだけれど、雑用係だし……。マクベスタ様にできないことを、ボクができるとは思えないんだけど……」
「知っている。マクベスタ様は君のことを、秀でた能力も将来性もない少年だと話していた。君は八流魔法使いなのだろう?」
「うっ……はい……」
魔法先進国であるアジュナール王国には、世界中から才能ある魔法使いが集まってくる。その王城に仕える魔法使いともなれば、天才レベルがゴロゴロといる。その天才魔法使いたちの頂点に君臨しているのが、筆頭魔法使いであり、最高名誉魔法使いの称号を持つマクベスタなのだ。
リオンハールは、憧れているマクベスタから将来性がないと言われて落ち込むが、自分を励ますために前向きな発言をする。
「王城には百人ほどの魔法使いが働いています。それなのにマクベスタ様から名前を覚えてもらっているだけでも、光栄です」
「君は目立つだろうね。黒髪と紫紺色の瞳を持つ者を初めて見た。どこの国の生まれ?」
「それはボクにもわからなくて……」
リオンハールは、胸元まで伸びている黒髪をもじもじと触る。
髪と瞳の色がみんなと違うせいで孤児院ではいじめられ、王城では仲間外れにされている。
しゅんとしてしまったリオンハールに、カリオスは「君のことなどどうでもいい。大切なのは……」と話題を元に戻す。
「君がユラシェに触れた瞬間、ユラシェが目を覚ました。……そのような夢を、ヨルン王太子が見たそうだ。打つ手もないのだし、試してみたらよかろうと、そうヨルン王太子から言われてね。こうなったらやぶれかぶれ。期待はまったくしていないから、妹が起きなくても恨みはしない」
「…………」
期待されても困るが、まったく期待されていないのも悲しいもの。
リオンハールは捨て鉢な気分でユラシェに近づく。
「待てっ! 妹に触れる前に、除菌を。両手を出せ!」
カリオスに除菌スプレーをかけられる。
「妹は純真培養で育った、清らかな天使。そこらへんの男が触れていい存在ではない。ユラシェの婚約者であるヨルン様の頼みだから、今回特別に妹に触ることを許可するだけだ。いいか、少しだけだ。一秒だけ髪に触って良し! いいか、髪だぞ。肌には触るんじゃない!」
「はあ……」
カリオスは重度のシスコンらしい。眼鏡の奥にある剣呑な瞳に監視されながら、リオンハールはおそるおそる手を伸ばす。
(ユラシェお嬢様に触れられる日が来るとは思わなかった。生きていれば、いいことが一回ぐらいはあるんだね……)
リオンハールは感極まる幸福を感じながら、ユラシェの金色の髪にそっと触れる。
ほんのわずかに触れた指先。それでも想い人に触れられた喜びが胸いっぱいに広がる。
「やっぱり無理でした。ボクの力で目覚めるわけ……」
「まぶたが動いたっ‼︎」
ユラシェの目元がピクピクっと動き、ゆっくりとまぶたが開いていく。
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