第25話 男がキュンキュンしたっていいよね!

 田舎に帰っていた元従業員に交渉しに行ったのは、おばあちゃま。バイト探しをしていた若者の前に現れたのは、ガシュー。

 二人はそれぞれ、元従業員と若者に条件を提示した。

 その条件に従って、従業員と若者たちは動く。


「お水が無くなりましたね。お継ぎします」

「お願いします!」


 空になったヨルンのコップ。従業員はコップに水を注ごうとして、わざとヨルンの膝に水をかけた。


「つめたっ!」

「ごめんなさい! 布巾を持ってきます」


 だが布巾を取りに行こうとした従業員は、客の中に友達を見つけた……演技をする。


「久しぶりー!」

「わぁ、懐かしい! 卒業以来じゃない⁉︎」


 話し込む従業員。布巾のことなどすっかり忘れている様子。

 リオンハールが呆然と見ていると、客である若者たちがヨルンをチラチラ見ながらヒソヒソ話を始める。


「あれって、ヨルン王太子じゃない?」

「うっわー! なんでここにいんの? マジ迷惑なんだけど!」

「せっかくのパンケーキが台無し。早く出ていってほしい!」

「若い女の子のお店に来るなんて、恥ずかしくないのかな?」

「乙女王子ってヤツ? マジでウケるんですけど!」

「ねぇねぇ、乙女王子がパンケーキに目がハートになっていたって、噂にしちゃおうよ!」

「王子なのに乙女とか、マジでありえねぇ」


 若者たちの中傷に、リオンハールは眉根をきゅっと寄せ、うつむいた。

 ブランドンは心の中で謝る。


(若造、すまん。理不尽な扱いを受けて、さぞや心の中が煮えくりかえっておることじゃろう。怒っていいぞ。おまえさんを怒らせるために、仕組んだことなのじゃ。そうして気まずい思いのまま、デートを終わらせよう。綺麗な思い出を残して別れたら、後を引いてしまう。後味を悪くして、ユラシェと別れさせたいんじゃ)


 リオンハールがドラゴンを出現させた日の夜。メディリアス家は緊急会議を開いた。

 力ずくで二人を別れさせることはできる。だがそれでは、ユラシェに深い悲しみを残してしまう。後味が悪い方が、諦めがつく。

 そう考えて、リオンハールを怒らせることにしたのだ。ユラシェは怒鳴る人が苦手。リオンハールが怒鳴れば、ユラシェの気持ちは冷める。その後で偽者ヨルンの正体が黒髪の魔法使いリオンハールであることを打ち明けても、ユラシェは心惑うことはないだろう。

 二人の傷を浅いものにすべく、考えた案なのだ。


 うつむくヨルンに、ユラシェは泣きそうな顔をした。


「ごめんなさい。私がパンケーキに誘ったから……」

「違う。ユラシェは悪くない!」


 ヨルンは顔を上げると、怒りで拳を握りしめた。荒々しく椅子から立ち上がり、若者たちに向かって声を張りあげる。


「乙女王子だって、いいじゃないかっ! 女性の心がわかるって、素晴らしい王子だと思うよ! だって、国民の半分は女性なんだもの! それにパンケーキはみんなのもの。こんなにおいしいパンケーキを女子だけが独占するのはズルい。乙女王子やコツコツ頑張っている魔法使いや歯のないおじいちゃんにも、パンケーキを食べさせてよ‼︎」

「いや、わしは歯があるぞ?」


 店内にいる全員の目が、ヨルンに注がれる。


「ボクは昨日、ここのパンケーキを十枚食べた。だから自信をもって言える。レモンド♡キュートのパンケーキは、世界一おいしいパンケーキだ。ふわふわしているのにもっちりしていて、ほっぺたがとろけて落ちてしまうんじゃないかってくらいに最高。幸せな気持ちになれるこのパンケーキを、世界中のみんなに食べてほしい。それにボクはこのお店の雰囲気が大好き! 果実の国に遊びに来たみたいでテンションがあがるんだ。男だって、かわいいお店や雑貨にキュンキュンしたっていいじゃないっ! 大好きだと思う気持ちには年齢も性別も関係ないって、ボクは思うよ‼︎」


 リオンハールは興奮してしまったことを恥じらうように、鼻の頭を掻いた。


「オーナーさん。あ、あの、ボクの写真をお店に飾ってもらえますか? ヨルン王太子愛用のお店なら、男性も入りやすくなると思うから……。老若男女みんなに、ここのパンケーキをおすすめしたいんです。ボク、こんなにおいしいパンケーキを食べたの生まれて初めてです。体に気をつけて、これからもパンケーキ屋さんを続けてください。応援しています!」

「あ、ありがとうございますっ‼︎」


 オーナーは感激して瞳を潤ませた。人前で泣くわけにはいかないと、目頭をエプロンで押さえて厨房奥に逃げ込む。

 従業員が布巾を持ってきた。


「遅くなって、ごめんなさい!」

「ありがとうございます」


 にっこりと笑ったヨルン。

 若者たちは気まずそうに顔を見合わせた。謝罪が自然と口をつく。


「すみません。本気で言ったわけじゃないんです」

「あたしも! ごめんなさい。むしろヨルン様とパンケーキを食べられて嬉しいというか……」

「俺、彼女に誘われて仕方なしに来たんですけど……。ここのパンケーキ気に入りました。今度、男友達を連れて来ます。ヨルン様愛用の店だって言えば、ヤツらも来やすいだろうし」

「おいしいものに、女も男も関係ないよね!」

「うん! 乙女男子って、最高だよね!」


 ユラシェは涙で歪む視界で、偽者ヨルンを見つめる。


(あなたに出会えて、本当に良かった……)


 ドキドキしてときめいていた胸が、今度はじんわりと熱くなる。恋心がぐんぐん加速していく。もう誰にも、この気持ちを止めることなどできない。

 ブランドンは蜂蜜がかかったパンケーキを頬張った。


「うむ。確かにおいしいわい」


 熱っぽい眼差しで偽者ヨルンを見つめるユラシェ。

 ブランドンは腹を決めた。


「孫娘が惚れた相手じゃ、仕方あるまい。溺愛とは、相手を変えることではない。愛しているからこそ、すべてをそのままに受け入れる。それが真の溺愛というもの。若造がたとえドラゴンに操られて世界を滅ぼそうが、わしだけは味方になってやるわい」

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