第24話 ハッピーバースデー!ユラシェ

 ヨルンは厨房に入ったきり戻ってこない。従業員の女性が「いいことを思いついたそうで、しばらくお待ちくださいとのことです」と告げにきた。

 店内に客が入ってくる。ユラシェとリオンハールには知らされていないが、客は全員メディリアス家が雇った者たち。ユラシェとリオンハールの仲を引き裂くという、重大ミッションを課せられている。

 若い女の子たちやカップルで賑わう店内が、ふと静かになった。音楽が止まったのだ。

 ユラシェがキョロキョロしていると、ロウソクの炎が六本ゆらめくパンケーキが、目に飛び込んできた。


「ハッピーバースデー、ユラシェ! 一週間早いけれど、十六歳のお誕生日おめでとう‼︎」


 ヨルンの祝いの言葉とともに、フルーツの風船が飛び、弾けるバースデー音楽が流れる。

 サプライズに目を丸くするユラシェに、ヨルンがウインクをした。


「オーナーさんがパンケーキを焼いて、ボクが飾りつけをしてみました! どう?」


 六段重ねのパンケーキ。上からとろりとダークブラウン色のチョコがかかっている。パンケーキの上にはふわふわの生クリームと、新鮮いちごのトッピング。パンケーキのまわりにはピンク色のチョコペンで、「ハッピーバースデー」の文字と、ハート型のいちごチョコ。動物の形のクッキーも添えられている。


「とってもかわいい! ヨルン様、ありがとうございます‼︎」

「えへへ。喜んでもらえてよかった。ロウソクを消して」

「はい。……一緒に消してもらえませんか?」

「いいよ」


 ユラシェと偽者ヨルンは息を吐く。二人がふぅーっと吐いた息が、ロウソクの炎を揺らす。

 けれど、最後の一本のロウソクがなかなか消えない。


「息を合わよう。ボクが、せーの! って言うね」

「はい!」


 ユラシェとヨルンは見つめ合い、照れくさそうに笑った。それから「せーのっ!」との合図で、一緒に息を吐いて吹き消した。


「楽しいね!」

「はい! とても楽しいです」


 見つめ合ったまま、笑い声をあげる二人。

 アーリィと従業員と客たちは、身悶えた。


(なんて初々しいのっ! いちごよりも瑞々しく、さくらんぼよりも甘酸っぱいわ! 尊い。この二人、推せる‼︎ それなのに、仲を引き裂かないといけないなんてーーっ‼︎)


 ジレンマに陥るアーリィと従業員と客たち。

 窓から覗いているブランドンもまた、苦悩する。


「あんなに楽しそうな孫娘を初めて見たわい。ユラシェはわしらの期待に応えるために、背伸びをしてきた。本当のユラシェはおっとりしていて、ロマンチストじゃ。若造といると、ユラシェは肩の力を抜いて自分らしくいられるのじゃろう。……若造、なんで魔物なんか操るのじゃ。お前さんがただの八流魔法使いであったなら、役人に金を握らせて昇格させ、ユラシェの恋人にしてあげられたのに……」


 ブランドンは迷いを振り切るために、窓ガラスに画用紙を押し当てた。


『わしも食べたい』


 ヨルンの視線に気づいたユラシェが振り返る。羨ましそうに店内を覗いている祖父。

 ユラシェは外に飛び出すと、ブランドンの腕を引いて店内に連れてくる。


「わしは、このような店は恥ずかしいというか場違いというか……。無理じゃ無理じゃ!」

「大丈夫ですよー。パンケーキは柔かいから、歯がなくても食べられます」

「うっさいわ、若造! 年寄り扱いするんでない。歯ぐらいあるわい‼︎」

「では、どうぞ」


 ヨルンが引いた椅子に、渋々座るブランドン。

 ユラシェの前には、誕生日パンケーキ。ヨルンの前には、濃厚チョコがけスペシャルいちごパンケーキのバニラアイス添え。ブランドンには、蜂蜜がけパンケーキが置かれた。

 ユラシェの誕生日は七日後。ユラシェは、偽者ヨルンが作ってくれたパンケーキを見ながら思う。


(あなたは黒髪の魔法使い様なの? それとも違う人? あなたの本当の姿を知りたい……)


 偽者ヨルンに対する想いが、どんどん膨らんでいく。ときめく気持ちを止められない。

 パンケーキを一口食べたリオンハールが「うっ!」と唸った。


「どうしたのですか?」

「あああ……ナンデモゴザイマセン……」


 リオンハールは震える手で、もう一口食べる。口の中に後味悪く広がる苦味。リオンハールはガクンっとテーブルに屈む。頭がゴツンとぶつかった。


「はーはーはぁーーっ!」

「どうしたのですか? お味が合わないのですか?」

「ソンナコトナイデス。タダ、パンケーキがここまで進化していることに驚いただけデス。でも大丈夫。すぐに慣れます」


 リオンハールは気力を奮い立たせると、頭を起こした。

 パンケーキにフォークを刺し、プルプル震える手で口に持っていく。だが三口目もやはりとんでもなく苦く、リオンハールは涙目になる。

 アーリィは厨房で、手を合わせて謝罪する。


(ごめんなさい! 苦虫草という、世界一苦い草をパンケーキの生地に入れたの。あなたに嫌がらせをするというのが、病気を治し、お店を出す条件だったから!)



 病気で伏せっているアーリィの家に、カリオスが訪れた。カリオスは有名治療師を紹介し、閉店したパンケーキ屋を復活してあげようと言った。


 そんなお金はないと首を振ったアーリィに、カリオスは条件を提示した。

「あなたがお金を出す必要は一切ありません。すべてメディリアス家で持ちます。ただ一つ、あなたにやってほしいことがあります。ある若者がヨルン王太子に変身して、パンケーキ屋を訪れます。一切の迷いを捨てて、くそまっずいパンケーキを偽者ヨルンに食べさせてほしい。これが条件です」

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