第六章 ときめきが止まりません!

第39話 家族の一員になりました

 下町にあるパンケーキ専門店『レモンド♡キュート』は緊迫した空気に包まれている。

 本日は貸切。大富豪メディリアス家の至宝、ユラシェお嬢様の誕生日パーティーが『レモンド♡キュート』で開かれるのだ。

 ユラシェは開催予定時刻の一時間ほど前に店に着き、いちごの形をしたテーブルに座った。それからずっと、明るい夏の日差しが降り注ぐ窓の外を見ている。

 ユラシェはふと、入口近くの壁にかかっているヨルンのサイン入り写真に顔を向けた。

 ピースサインをし、真っ白な歯を覗かせて陽気に笑っているヨルン。サインは子供が書いた字のように拙い。

 ユラシェの胸が上下し、澄んだ青色の瞳に涙が迫り上がる。


「リオンハール様は、来てくださいますよね?」


 店内には、ユラシェの家族とメディリアス家使用人たちが集まっている。全員の目が一斉にカリオスに注がれた。

 カリオスは銀縁眼鏡のフレームに指を添えると、そっけなく答えた。


「リオンハール少年が来るか来ないかは知識ではありませんので、知りません。お祖父様、ヨルン様から連絡があったのでしょう?」

「連れて行くと連絡はあった。だからわしは万全の体制をとって、罠を仕掛けた。怖気づいて逃げんようにな」


 カランカラン。


 入口ドアに付けられた鈴の音が鳴り、ユラシェを含めた全員が勢い良く席を立つ。


「時間通りについて良かった。私です」


 真っ赤な薔薇の花束を抱えたヨルン王太子が、爽やかな笑顔で入ってきた。

 全員、無言で椅子に座る。


「あからさまにがっかりした顔をしないでください! リオンハールなら外にいます。誰ですか、罠を仕掛けたのは? リオンハールは純真なんですから、騙さないでください」

「リオンハール様が来ているのですね⁉︎」


 急いで外に飛び出したユラシェの眼前に、木に逆さ吊りになっている黒髪の魔法使いの姿が飛び込んでくる。

 リオンハールの左足首にはロープが巻きついており、頭を下にしてブランブラン揺れている。


「店の前に『バツ印の上に立て』って張り紙があったから立ってみたら、捕まっちゃったよー!」


 リオンハールが体を揺らすたびに、一つに結んである黒髪も揺れる。ミステリアスな紫紺色の瞳は、罠にあっけなく捕まってしまったことを恥じて照れている。

 神秘的な容姿。王城魔法使いの制服である黒衣。

 夢にまでみた黒髪の魔法使い様が目の前にいることに、ユラシェは感動に震えて唇を噛み締めた。


「ようやく、本当のお姿で会うことができました。とても素敵です」

「でもボク、もしかしたら魔物の姿の方が本当かもしれないんだ……」

「魔物に姿を変えても、心は変わらなかった。私は、リオンハール様の優しいところやチャーミングなところが大好きなのです」


 アジュナール王国一美しいと絶賛される、ユラシェ。そのユラシェから愛の告白をされて、リオンハールの顔が真っ赤を通り越して、赤紫色になる。


「幸せすぎて、気が遠くなってきた。頭がふらふらするぅ〜」

「頭に血がのぼったんじゃ! 今、助けてやるからな!」


 ブランドンがロープを切り、リオンハールは無事に救出された。



 パンケーキ屋の窓に顔を押しつけるようにして、家族と使用人たちがユラシェとリオンハールを見守っている。

 罠から解放されたリオンハールは座り込み、「助かったぁ」と盛大に息を吐いた。

 ユラシェは腰をかがめ、リオンハールの左足首をさする。


「痛くありませんか?」

「うん、大丈夫だよ。……あ、あのっ!」


 乾いた夏風が、二人の間を吹き抜ける。

 リオンハールは恥ずかしそうに視線をさまよわせ、それから意を決してユラシェを見た。


「お手紙ありがとう。すごく嬉しかった。あの……ボクも同じ気持ちなんだ! ユラシェが大好き。すごく、すっごく大好き。ユラシェに会えなくて、つらかった。前まではユラシェに会えなくても普通に生きていたのに、今はもうダメみたいなんだ。会えないと思ったら悲しくて、涙が止まらなかった。ボクを受け入れてくれてありがとう。ボクも、ユラシェがどんな姿になっても大好きでいる自信があるよ。ユラシェ、生まれてきてくれてありがとう。ボクと出会ってくれて、ありがとう」

「リオンハール様……」


 ユラシェの胸が熱くなって、嬉し涙がこぼれる。


「私の方こそ、感謝を伝えたいです。戻ってきてくれて、ありがとうございます。私たち、恋人ですよね?」

「うん! 恋人だよ!」

「良かった……。生まれ変わらなくても恋人になれたことが、すごく嬉しい。私たち、もう離れないですよね?」

「うん! ずっと一緒にいようね。ユラシェを守るから任せて! ユラシェを泣かせるヤツはボクがやっつけてあげる! あの、あのさ……」


 リオンハールははにかみながら、鼻の頭を掻いた。


「ボクと、結婚してください‼︎」

「はい……」

「だぁぁぁぁぁーーーーーーっ‼︎」


 木陰から見ていたブランドンが飛び出し、店のすべての窓が開いて家族と使用人たちが口々に叫ぶ。


「けけけけけけけけけけけけ……」

「あなた、しっかり! ユラシェ。パパが驚きすぎて、け、しか言えなくなっているわ!」

「ユラにゃーん! 結婚は早いよぉ」

「リオンハール、なんて恐ろしい男なんだ! 恋愛偏差値が低い男ほど、すぐに結婚したがる!」

「お嬢様、お嫁に行かないでください! お嬢様のいない屋敷で働くのは寂しすぎます!」

「よし! お嬢様を追っていくぞ。リオンハール、おいらを雇っておくれ!」


 ブランドンは顔を真っ赤にして、リオンハールの肩を揺さぶる。


「若造、調子に乗るでない! 結婚など認めんっ!」

「えーっ! だって、家族として受け入れるって手紙に書いてあったよ。結婚していいってことじゃないの?」

「ばかもぉーーん! 気持ちの上での家族ってことじゃ!」

「そういうことか! ボク、ユラシェの家族になりました。よろしくね」

「家族ということは、一緒に住むのでしょうか?」

「ああ、そうか! そうかも‼︎」

「嬉しいです。ずっと一緒にいられますね」

「勝手に話を進めるなぁ! 家族というのは、気持ちの上だけのことで……って、二人とも天然で困ったわい!」


 賑やかな声のする店に、通りを歩く人々がイベントでもやっているのかと覗き込む。『レモンド♡キュート』はさらに町の人々の関心を集めるのだった。

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