第40話 パンケーキタワーでハッピーバースデー!

 パンケーキ屋のオーナー、アーリィが朝早くから焼き続けたパンケーキがようやく完成した。


「パンケーキタワーです」

「おおっ‼︎」


 薄く焼いたパンケーキを積み上げたパンケーキタワー。パンケーキの枚数は八百枚。高さは百センチ。

 パンケーキタワーのまわりに飾られているマフィンは十六個。マフィンの上にはろうそくが立っている。


「ユラシェ様、十六歳のお誕生日おめでとうございます。火をつけますから、吹き消してくださいね」


 アーリィがマフィンに立てた十六本のろうそくに火をつけ終えると、皆で誕生日の歌を歌って祝福する。


「ユラシェ、お誕生日おめでとう‼︎」

「お嬢様。十六歳、おめでとうございます!」

「こんなにワクワクするお誕生日会は初めて! アリィーさん、ありがとう。みんなもありがとう。最高の誕生日です!」

「ユラにゃん。ろうそくを消して」


 ユラシェははにかみながら、リオンハールにお願いをする。


「一緒にろうそくを消してもらえませんか?」

「いいよ!」

「一本ずつ消していきましょう」

「うん!」


 パンケーキタワーの回りをぐるりと囲むマフィン。その上に立っているろうそくの炎。

 ユラシェとリオンハールは一緒に息を吹きかけ、一本ずつろうそくを消していく。


「楽しいですね」

「うん! とっても‼︎」


 カリオスは胸をさすりながら、吐き気が込み上げているような苦い顔をする。


「甘ったるい雰囲気に胸焼けしそうです。なぜあの二人は手を繋いだままなのです?」

「若気の至りというものじゃろう。みんなの血液が砂糖水になる間に、わしが邪魔してやろうかの」


 店に入る前に、「手を繋ぎたい」とねだったユラシェ。リオンハールは笑顔でユラシェの手を取り、それからずっと二人は手を繋いだまま。

 ろうそくの炎が全部消え、拍手が沸く。

 見つめ合うユラシェとリオンハールの間を、ブランドンが強引に割って入る。


「失礼するぞ!」

「あ……」


 繋いでいた手が離れ、ユラシェはこの世の終わりかのような悲しい顔でブランドンを見つめる。


「おじいちゃん、ひどい……」

「ああああっ、違うのじゃ! これはだな、その、目に砂糖をかけられたものじゃから、つい出来心で……」

「ユラシェ、大丈夫だよ。離れても、また手を繋げばいいんだ」


 ユラシェの前に差し出された、大きな手。その手は指が長く、関節がやや目立つ。親指の付け根がぷっくりとしていて、包み込むような安心感が手全体から放たれている。

 ユラシェは満面の笑顔で、差し出された手を取る。

 ユラシェの手は冷たくて、リオンハールの手も温かみに欠けている。けれど手を繋ぐと互いの温度が上がって、手がぽかぽかと温かくなる。

 恋人繋ぎをした手を眺めながら、ユラシェが嬉しそうに笑えば、リオンハールも白い歯を見せて笑う。


「ユラにゃん、幸せそう」

「かわいい恋人たちね」


 ガシューとユラシェの母が穏やかな眼差しで見つめ、父は「愛娘が幸せでいることが、パパの一番の幸せだ」と嬉し涙をこぼす。

 幸せな恋人たちの邪魔をしないよう、使用人たちは無言でパンケーキを取り分け、世界一おいしいパンケーキを味わったのだった。



 甘いものが苦手なヨルン王太子は、妻へのお土産としてパンケーキを包んでもらうと、店を出ようとした。入り口にかけてあるサイン入り写真に気づき、眉間に皺が寄る。


「品位のないこの写真はなんなのだ?」


 ピースをして、あははと笑っているヨルン。大口を開けて笑いすぎだ。しかもサインが「ヨルン」ではなく「よるん」になっている。子供が書いたイタズラ書きのようで気分が悪い。

 ヨルンはアーリィに、新たに写真を撮るよう頼む。すぐに出来上がった写真は、王太子という地位にふさわしい品位ある微笑を浮かべている。

 ヨルンは写真に、美しく流れる字体で「ヨルン」とサインを入れた。


「こちらの写真を飾ってください。品位に欠けた方は処分して、人前に出さないように」

「はい。前の写真は私の家に飾っておくことにします」

「そういえば、最近若者たちの間で、私を乙女王子と呼ぶのが流行っているそうなのですが、オーナーはご存知ですか?」

「えっ⁉︎」


 探るような目つきのヨルンに、アーリィは「さあ……」と誤魔化し笑いをする。

 気まずげに視線を外したアーリィに、ヨルンはため息をついた。


「私に変身した者がずいぶんと好き勝手なことをしたようです。追求はしないでおきましょう。……可愛い寝顔に免じて」


 ヨルンは店の奥にあるソファーに視線を移す。そこにはパンケーキをお腹いっぱい食べて寝てしまった、ユラシェとリオンハールの姿がある。

 手を繋いだまま、頭を寄せ合って寝ている二人。


「二人とも、だいぶお疲れのようですね」

「ユラシェはまだ体調が戻っていないだろうし、リオンハールは部署の掃除や書類探しで一睡もしていない。しばらく寝かせてやってくれ」

「はい」


 無垢な寝顔の二人に、ヨルンは微笑ましい気持ちになる。


「リオンハールは君を目覚めさせ、幸福をもたらした。ユラシェ、運命の赤い糸の先にある男性に巡り会えて良かったね」


 ユラシェがマクベスタの魔法で眠りに就いたとき。ヨルンはすぐにはリオンハールを会わせる気にはなれなかった。


「マクベスタのことを笑えない。私だって、ユラシェの運命の赤い糸の相手は自分であってほしいと願っていたから……」


 ユラシェが一年間も眠りに就いていたのは、ヨルンがユラシェへの未練を断つのに一年かかったから。

 けれども、手を繋ぎ、幸せに微笑んでいる寝顔の二人を見ていると、ヨルンは身を引いて良かったと心から思えるのだった。

 


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