第44話 キスをしないと出られない部屋(後編)
ユラシェの色白の顔が真っ赤に染まる。
(キスっ⁉︎)
リオンハールが力ずくでドアや窓を開けようとするも、一ミリも開かない。
「ダメだ、開かない。困ったねぇ」
「あ、は、はい。困りましたね……」
ユラシェは口では困ったと言いながらも、嫌がっていない自分を自覚する。
(お付き合いをして二ヶ月でキスだなんて、早すぎるよね。でも、リオンハール様となら私……キスをしても……)
口から心臓が飛び出してしまいそうなほどにドキドキしている。
リオンハールをチラッと見ると、腰に片手を当てて「うーん……」と唸っている。
「部屋から出るためにはキスをしないといけないみたい。キスってなんだろうね?」
「えっ! キスを知らないのですか?」
「うん。全然。ユラシェは知っているの?」
「はい。学校のお友達がそういう話をしますので……」
「そっかー。ボク、友達がいないし、職場の仲間たちと雑談とかもしないし」
リオンハールは、無垢に澄んだ紫紺色の瞳をユラシェに向けた。
「キスってなあに? 教えて」
「わ、わ、わたしが教えるのですかっ⁉︎」
「うん。だって、そうしないと部屋から出られないし」
「そうですけれど……」
ユラシェの心臓がまるで三つに分裂してしまったかのように、ドクドクと鳴り響いている。
(どうしましょう! キスとは互いの唇が触れる行為だと教えた方がいいのでしょうか? それとも、私からキスをしてみるとか?)
キスを想像した途端。頭から湯気が出てしまったかのように、恥ずかしさが頂点に達する。
ユラシェは思わず、甲高い悲鳴をあげてしまった。
「きゃあーーっ!!」
「ユラシェ、どうした!!」
「若造に襲われたのか⁉︎」
カリオスとブランドンが走ってきて、ドアを開けようとする。だが、ドアは開かない。
カリオスがドアを叩いた。
「ユラシェ、開けてくれ!」
ミハイルのちびキャラが、ノートにメモする。
「邪魔者対策として、防音魔法を追加しないとだな」
ブランドンがドアに体当たりを始めた。
「わしに任せろ! こんなドア、破ってみせる。元戦士を舐めんなー!!」
リオンハールが顔を真っ青にして、慌てふためく。
「ユラシェ、どうしよう!」
「あの! リオンハール様、椅子に座ってください。そして……目をつぶってください」
「うん」
ユラシェは儚げなその容姿から、か弱い女性だと思われている。けれど、ユラシェは魔物であるリオンハールを受け入れたのだ。
覚悟を決めたユラシェは、強い。
(リオンハール様にキスをするわ! いつかはキスをするのだもの。それが今日になったというだけの話。恥ずかしいけれど、私頑張る!!)
リオンハールはユラシェの指示に従って、椅子に座ると、目をつぶった。
ユラシェはリオンハールの左肩に手を置き、身を傾けた。
ゆっくりと、顔が近づく。
「私がいいと言うまで、目を開けないでくださいね」
「うん」
素直に頷くリオンハール。
ユラシェの金髪がサラリと流れ、リオンハールの首元に触れる。
唇が触れるまで、あと三センチ——。
熱が伝わったのか、リオンハールの体がビクンと揺れた。
ドッダーーーンっ!!
激しい音とともに、扉が打ち破られた。
ミハイルのちびキャラが、ノートにメモする。
「防御魔法が弱いな。外側からの圧力に耐えられるようにしないと」
ミハイルが開発した、キスをしないと出られない部屋を作る魔法のスプレーは、力自慢のブランドンによって破られた。
ミハイルのちびキャラは霧散して、姿を消した。
「わしの実力を見たかー!!」
「さすがはお祖父様! ユラシェ、大丈夫か⁉︎」
ユラシェは身を起こすと、今まで誰にも向けたことがない冷たい眼差しをカリオスとブランドンに送った。
「二人とも、嫌い」
「なっ! ユ、ユラシェ……今、なんと?」
「私にだってプライバシーがあります。勝手にドアを破って入ってくるなんて、ひどいです!」
「だ、だがな、可愛い孫娘や。聞いておくれ。ドアが開かなかったのじゃ。おまけに悲鳴が聞こえたものじゃから」
「部屋の中で転びそうになっただけです。悲鳴はあげましたが、助けてほしいとは言っていません」
「愛する妹よ! 嫌いだなんて、嘘だろう? お兄ちゃん、泣いちゃう!」
「わしも泣いちゃう!」
泣き真似をするカリオスとブランドン。
ユラシェは呆れた顔をして「愛してくれるのは嬉しいですが、適度な距離感は保ってほしいです」と大人の発言をしたのだった。
すっかり気を削がれてしまったユラシェ。
反対にリオンハールは胸がドキドキして、頭のまわりで天使が浮かれ踊っている。
(ユラシェ、なにをしようとしたの? まさか……口づけ?)
キスという単語は初耳でも、同僚の結婚式で「誓いの口づけを」という司祭の発言後、口づけするのを見たことがある。
リオンハールはユラシェの部屋から出ると、ユラシェの祖母に、キスとはなにか尋ねた。
キスがなにかを知ったリオンハールの顔が、ボフンと真っ赤に染まった。
この日のデートを終えて、別れようかというとき。
リオンハールは照れたように鼻の頭を掻いた。
「キスってなにかわかったんだ。その……あのね。今度会ったとき、キスをしてもいいですか?」
「えっ! あ、はい……お願いします……」
初々しい恋人たちは、次のデートでキスをする約束をした。
その日の夜。ユラシェもリオンハールも胸が高鳴って、なかなか眠れなかったのだった。
【コミカライズ企画進行中】優しい婚約者の様子が変です。どうしましょう。ときめきが止まりません! 遊井そわ香 @mika25
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