第27話 パンケーキには幸せがつまっている
ブランドンが出ていった後の店内では、写真を飾りたいというアーリィの要望で、偽者ヨルンがカメラに向かってとびっきりの笑顔を作っていた。
「ユラシェも一緒に写真に映ろうよ」
「…………」
ユラシェは気が進まない。一緒に映る写真はヨルンではなく、黒髪の魔法使いリオンハールがいい。
そういうわけで、ユラシェは唇を真横に結んだまま、首を横に振った。
リオンハールは仕方なく、一人で写真におさまる。そうして、即席で出来上がった写真に歓声をあげた。
「爽やかな笑顔と白い歯が眩しいね! あっ、ピースをして良かったのかな? う〜ん、王太子の威厳が感じられないけれど……。ま、いっか!」
口をアハハと開けて笑っているヨルンの顔の横に、リオンハールは『よるん』とサインを入れた。
アーリィは、ヨルンのサイン入り写真を額に入れて入口近くの壁に飾る。
「ありがとうございます。一生の宝物にします」
「あー……。ボクのサインで良かったのかな……。あの、今度改めてサイン入り写真を送ります。本物のサインの方がいいと思うから……」
ヨルンの偽者であることを言えないリオンハール。自分の下手くそなサインを飾っていいものか迷う。
アーリィは、カリオスから「ある若者がヨルン王太子に変身している」と聞いている。目の前の王太子が本物でないことは、昨日試食をしてもらったときからわかっている。
アーリィは、リオンハールが書いたサインを見上げる。
「私は母親の好みを押しつけられて、可愛いものを買ってもらえなかった。母はキャラクターものが大嫌いだったのです。その反動でしょうね。自分のお金で物が買えるようになったら、可愛いものばかり集めてしまう。このお店は、私が小さい頃大好きだった『果実王国にようこそ』という童話がモチーフなのです。周囲には、年甲斐もないって笑われます。年齢層を広げるために、店の雰囲気を変えた方がいいとも言われます。けれど私は、果実王国の童話をイメージしたパンケーキ屋さんを開くのが、子供の頃からの夢だったのです」
アーリィは偽者ヨルンに顔を向けると、朗らかな笑みを浮かべた。
「私の夢を否定しないでくださって、ありがとうございます。このお店とパンケーキを大好きだと言ってくださったとき、とても嬉しくて、しばらく涙が止まりませんでした。サインは、あなたのものだからいいのです。あなたのサインを見るたびに、幸せな気持ちになれます。あなたと出会えて本当に良かった……」
それからアーリィは、ユラシェにも微笑みを向けた。
「ユラシェ様が当店のパンケーキを食べたいとおっしゃってくださったおかげで、有名な治療師に病気を治してもらうことができました。そればかりか店を援助してくださって、以前とまったく同じ店の作りにしてくださった。店を手放したとき、私は絶望して自ら命を手放すことさえ考えたのです。それなのに、またこうして再開することができた……」
アーリィは感極まって、声を震わせた。顔を覆った手から涙が滴り、ゆっくりと腕へと流れていく。
「ありがとうございます。私は世界一幸せな人間です……」
「私のお友達が、レモンド♡キュートを教えてくれました。味も店の雰囲気もとても素敵だと。オーナーさんの頑張りがお店の評判に繋がったのです。ですから、自信を持ってこれからも……」
「うぐっ、ずびびびびぃーー‼︎」
もらい泣きしたリオンハールが盛大に鼻を啜る。
「オーナーさん、生きていてくれてありがとうございます‼︎ おかげでおいしいパンケーキに巡りあえました! これからもずっとずっと、応援しています。毎日でも食べに来ます。レモンド♡キュートのパンケーキには、幸せがつまっていますー‼︎」
涙がこぼれ落ちる両目をゴシゴシと擦りながら、気持ちそのままの言葉を綴るリオンハール。
ユラシェは、表情も心もほんわりと緩むのを感じる。
(私はメディリアス家の代表、そして王太子の婚約者として、発言をした。嘘ではないけれど、よそ行きの言葉で本音を飾り立てた。でも……私も彼を見習って、素直になってみよう)
ユラシェは深く息を吐くと、肩の力を抜いた。
「私も可愛いものが大好きです。果実の国に遊びに来たみたいで楽しかったです。また絶対に来ます!」
「お待ちしています。お二人で食べにいらしてください」
「はい、彼と来ます!」
ユラシェは弾む声で答える。
(今度来るときはおかしなヨルン様ではなく、彼の本当の姿を見ながら、パンケーキを食べたい……)
ユラシェとヨルンはアーリィと握手をし、幸せな気分で店を出た。
店の外に、ブランドンが見当たらない。先に公園に行ったのかもしれないと、ユラシェとリオンハールは店から徒歩五分の場所にある公園へと向かうことにした。
解放感あふれる公園は、大きく三つに分かれている。
水のゾーン。花のゾーン。森のゾーン。
水遊びのできる水のゾーンは子供連れの家族で賑わっており、木陰の多い森のゾーンは散策や昼寝を楽しむ人たちでいっぱいだ。
一方、日陰の少ない花のゾーンは人がまばら。
爽やかな風が流れているものの、夏の太陽が地上を照らしている。
午後の直射日光がユラシェに降り注ぐ。体力のないユラシェには、夏の日差しはきつい。それでも彼の正体を知りたいと話すべく、人のいない花のゾーンへと偽者ヨルンを誘う。
夏の花たちが色鮮やかに、そして力強く咲き誇っている。日が照らす明るいレンガ道を、ユラシェとヨルンはゆっくりと歩く。
「昨日一人で食べたパンケーキもおいしかったけれど、ユラシェと食べたパンケーキの方がおいしかった。同じパンケーキなのに不思議だね」
「そう、ですね……」
「こうして歩くのも、ユラシェと一緒だと楽しいね」
「…………」
はしゃいでいるヨルンの声が、だんだん遠くなっていく。
真夏の太陽がユラシェの体力を奪っていく。ユラシェは目眩を感じた。背中を冷たい汗が伝う。
「ねぇ、ユラシェ。公園を一周する? それともどこかで休む?」
頭の中をぐるぐると言葉が駆け巡るけれど、なに一つ言葉にならない。
手足が震えて、血の気が引く。暑いのに、体が急激に冷えていく。
目の前が暗くなった。
「ユラシェ? ……ユラシェーっ‼︎」
ユラシェは気を失って倒れた。
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