第21話 急騰する恋愛偏差値

 朝食後。

 くじ引きで負けたソトニオは、リオンハールと話すために玄関ホールで待機する。置いてある長ソファーに座って、足をブラブラと揺らす。


「ユラシェの恋心は本物だ。だったらなおさら、本当のことを話せないよ。凶悪魔物を操っているなんて知ったら絶対に卒倒する。最悪、心臓発作を起こす。どうしたらいいんだ?」


 ソトニオが頭を悩ませていると、ヨルンに変身したリオンハールがやってきた。玄関扉に下げてある鈴が、カランカランと軽快な音を響かせる。


「こんにちは! ユラシェとデートをしに来ました!」


 偽者ヨルンの幸せいっぱいの弾ける笑顔に、ソトニオはムッとする。


「能天気でいいな! 人の気も知らないで。もう面倒くさいからさ、率直に聞くよ。ドラゴンって知っている?」

「ドラゴン? なんですか? 食べ物ですか?」

「魔物だよ! 知らないの?」

「う〜ん。聞いたことがあるような、ないような……」

「じゃあさ、王城の食堂でマクベスタと戦ったこと、覚えている?」

「そういえばマクベスタ様、休職されているそうで。誰と戦ったのですか?」

「君だよ‼︎」

「うっそだぁー。そんなわけないですって!」

「君は黒い光を出せるんだろう?」

「ええ? 黒は出せないです。ボクの魔法の光は水色です」


 泥酔していたリオンハールは、ゴーレムのことも、黒い光でマクベスタの魔法を打ち砕いたこともまったく覚えていない。

 ソトニオは、本人に聞けば力の秘密がわかるかもしれないとわずかばかり期待していた。しかし暗礁に乗りあげてしまった。こうなったら、カリオスに期待するしかない。


「話は変わるけどさ、今日でユラシェとデートをするのは最後。今朝、婚約解消の話をしてユラシェの同意を得た。だから君の役目は今日でおしまい」

「わかりました」


 職場では表情の乏しい気弱なリオンハールが、今日はやけにニコニコしている。ソトニオは嫌な予感がして、鼻に皺を寄せた。


「まさか……。念のために確認したいんだけれど。ユラシェのこと、好き?」

「あー、好きっていうか……」

「だよな。そこらへんはわきまえているよな」

「はい。好きでは申し訳ないです」

「そうだよな。メディリアス家の至宝に恋をするなんて、そんなだいそれたことできないよな」


 リオンハールの顔がぽわんっと赤く染まる。


「好きではなくて……愛しています」

「だあぁーーっ‼︎ そっちかよ⁉︎ 絶対にダメっ! 認めない‼︎」

「反対する気持ち、わかります。ボクではユラシェお嬢様にふさわしくない。でも……」


 リオンハールは右腕を伸ばすと、玄関ホールの天窓から差し込む太陽の光に手のひらを当てた。


「この前のデートで最後だと思っていた。なのに、パンケーキデートに誘ってもらえてすごく嬉しかった。この前のデート、ハチャメチャだったのに……。ボクには、ヨルン様のようなスマートなデートはできません。だから今日は、自分らしくいこうと思います」

「自分らしく?」

「はい。思い出したんです。ヨルン様が『君なら、自然に振る舞っても女心を幻滅させられる』って話していたこと。ボクらしく振る舞って、ユラシェが幻滅するなら仕方ないです。でも、幻滅せずに笑ってくれたなら……」


 太陽の光を捕まえるように、リオンハールはぎゅっと手を握った。


「本当のボクの姿で、ユラシェお嬢様に会いに行きます。友達になってくださいって言います」

「ぎゃあーーーっ‼︎」

「にゃにゃにゃーーーっ‼︎」


 物陰から二人の会話を聞いていた、ブランドンとガシューが悲鳴をあげる。

 ソトニオは頭痛がして、目頭を押さえた。


「ちょっと待って。君さぁ、自信がなくておどおどしていなかったっけ? なんで前向きになっているの?」

「ユラシェが大好きだからです。彼女に見合う友達になりたい。そのためには、自分を変えたいって本気で思うんです」


 理論的でストイックなヨルン王太子よりも、ほわわんとしているリオンハールの方が、引っ込み思案なユラシェには付き合いやすいだろうとソトニオは思う。愛する妹の本気の恋を応援してやりたい気持ちはある。


「ただし、普通の男だったらな」

「あっ、ユラシェだ!」


 身支度を終えたユラシェが玄関ホールに降りてきた。今日の衣装は、スカートが花びらのように重なり合ったドレス。まるで白花のお姫様のよう。

 リオンハールは片手をぶんぶん振った。


「こんにちは! デートのお迎えに来ました!」

「遅くなってごめんなさい」

「いいんです。十時間だって待っていられます。今日のユラシェも素敵ですね!」

「ありがとうございます」

「なにを素敵だと言ったと思いますか?」

「えぇと……。ドレスかしら?」


 リオンハールは照れて、鼻の頭を掻いた。


「ユラシェです。ユラシェの存在自体が素敵です。あ、あの、存在してくれて、ありがとうございます」


 ユラシェの色白の頬がピンク色に染まる。

 それを見ていた男三人——ソトニオ、ブランドン、ガシューは思った。


(ヨルン様は『君なら、自然に振る舞っても女心を幻滅させられる』って話していたけれど、こいつが自然に振る舞うと恋愛偏差値が急騰するぞ)


 偽者ヨルンの顔がぱっと輝く。


「今日はいいお天気ですね。パンケーキ屋さんのすぐ近くに公園があるんです。夏の花がたくさん咲いていました。良かったら食後に散歩しましょう」

「素敵ですね! 公園にお花がたくさん咲いていることを、どうしてご存知なのですか?」

「えへへ。最高のデートにしたくて、昨日下見に行ってきました」


 ユラシェは目を見開き、それからモジモジと視線を泳がせた。


「実は私も最高のデートにしたいと思いまして、お友達におすすめのパンケーキを聞いてきました」

「わあ! すごい楽しみです。そのパンケーキを食べましょうね!」


 本物ヨルンは、感情が低いところで安定している。感情が盛りあがって無邪気に喜んだりはしない。間違っても、パンケーキ話に「わあ!」と歓声をあげる人ではない。

 ユラシェの違和感は大きくなる。


(最初は、私を和ませるために演技をしているのかと思っていた。けれど、どう見ても素だわ。別人格がヨルン様に入っているみたい)


 ソトニオがユラシェに耳打ちする。


「今日絶対に婚約解消の話をするんだよ。婚約の手続きは、パパにお願いしておく」

「わかりました」


 物陰から出てきたブランドンが、リオンハールに耳打ちする。


「若造、穏便な婚約解消にもっていくための努力を怠るな!」

「はい!」


 こうしてユラシェとリオンハールは婚約解消ミッションを遂行すべく、デートに出かけていく。

 パンケーキ屋は、馬車で一時間の場所にある。

 リオンハールはスマートなエスコートというものを考えた結果、ユラシェをお姫様抱っこして馬車に乗せた。

 抱っこされたユラシェは、羞恥心で顔が真っ赤に染まった。

 男三人は思った。

 ──ヨルンじゃないってバレるのは、時間の問題な気がする……。

 

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