第四章 おかしな婚約者にときめいてしまいます

第20話 パンケーキデートの朝

 パンケーキデート当日の朝。

 再びデートできることに興奮して一睡もできなかったリオンハールと、最高のお肌の状態でデートをするためにたっぷりと睡眠時間をとったユラシェ。

 二人はそれぞれの自室の窓から朝日を眺め、神様に感謝をした。


「ユラシェとまた会える! 神様、ありがとう!」

「神様、明るい一日の目覚めをありがとうございます。おかしなヨルン様とのデートが楽しいものでありますように」


 リオンハールはパンケーキをたくさん食べるために朝食を抜き、腕立て伏せに励む。


「ユラシェの笑顔を守るために強くなるって決めたんだ! うぬぬ、うぬぬぬぬぬ、……バタっ!」


 腕立て伏せ、二千百五十回で力尽きた。


「目標の三千回にはまだまだだなぁ……。よし。気を取り直して。今度は腹筋だ! ふんっ、ふふんっ、ふんっ、ふ、ふぬぬ、ふぬぬぬぬぬ、……バタっ! 記録更新三千回! いい調子だぞ! 今度はジョギングだぁーーっ‼︎」


 リオンハールが百キロほど走ってへばっている頃、ユラシェは果物たっぷりの朝食をとっていた。

 生き生きしているユラシェを、家族と使用人たちがチラチラと見る。

 父親がわざとらしく咳をした。


「ゴホンっ! えー、可愛いユラシェに尋ねたいのだが、ヨルン様について、えー、率直にどう思っている?」

「素晴らしい方だと思っていますわ」

「一年前まではそうだな。だが、最近のヨルン様は変わってしまった。なんというか、えー、そのー、おかしいと思わないか?」

「思います」


 ユラシェの返答に気を良くした父親は、「そうだろう!」と叫ぶと、朝食が途中であるにもかかわらず立ち上がった。


「そう、おかしいのだ! ユラシェ。気を悪くしないで聞いてほしい。おかしくなってしまったヨルン様と結婚することはない。婚約解消を視野に入れてはもらえないだろうか? 責任はすべて、パパが取る‼︎」

「…………」


 真顔になり黙ってしまったユラシェ。一同は固唾を飲んで見守る。

 ユラシェはフォークを置くと、勇気を奮い立たせて、秘めていた想いを口にする。


「パパ、ありがとう。婚約解消のこと、視野に入れたいと思います」

「っ‼︎」


 朝食の席に着いている、ユラシェの両親と三人の兄たちと祖父母。そして使用人たちが心の中で拍手喝采をする。


(ユラシェ! 素晴らしい決断だ! これで穏便に婚約解消ができる。やったねっ! そしてリオンハールにマクベスタを倒してもらい、その後すぐに北の砦に左遷させれば問題解決。ひゃっほーい‼︎)


 ユラシェは下方に視線をさまよわせ、頬を薄紅色に染めた。


「実は、気になっている方がいまして……。頻繁に彼の夢を見るのです。婚約解消をしましたら、彼に会いに行きたいと思っています」

「彼? 誰だい?」

「名前はわかりません。ただ……王城に勤める黒髪の魔法使い様です」


 ガチャーンっ‼︎


 大理石の床に、ナイフとフォーク。使用人が持っていたトレーが落ちる。


「くくくくくく、くくくくく……」

「黒髪の魔法使いって、それ本気なの? 彼は八流魔法使いだよ」


 動揺して「くくく」しか言えない父親に変わって、魔法省に勤めるソトニオが話を引き受ける。


「八流魔法使い? それは、どの程度のランクなのでしょうか?」

「超絶ダサいよ。まあ、王城勤務の魔法使いがすごすぎるだけで、一般の魔法使いなら十流や二十流なんてザラにいるけどさ。一般人と比べたら、八流はレベルが低いわけではないけれど、国家を守る魔法使いとしては最低だよ。ユラシェの彼氏にふさわしくない」


 ソトニオは妹を傷つけたくないし、リオンハールに恨みがあるわけでもない。けれど、魔物を操る男を大切な妹の彼氏にするわけにはいかない。


「僕らはユラシェを心配するあまり、黙っていることがあるんだ。実は……ヨルン様には好きな女性がいる。それとリオンハールは近々転勤する。会うのが難しい場所だ。でも大丈夫! 僕たちがヨルン様やリオンハールよりも、もっと素晴らしい男性を見つけるから!」

「……黒髪の魔法使い様のお名前、リオンハール様というのですね……」


 水を打ったように、場が静かになる。

 祖母が恐る恐る尋ねる。


「心臓が苦しくはないかい? ユラシェが昏睡状態だったときに、いろいろとあってね。ヨルン様と結婚するのは難しくなってしまったの」

「おばあちゃま、心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫です。私はリオンハール様が好きで、ヨルン様にも好きな女性がいる。とても素晴らしいことです。これ以上に、穏便な婚約解消はありません」

「ユラにゃん。その……本気でリオンハールが好きなのかい? 彼は孤児院育ちだそうだ。どこで生まれたのか、わからない男なんだ」


 ガシューが眉をへの字に曲げて、泣きそうな顔をする。

 ユラシェはナプキンで口元を拭くと、静かに立ち上がった。


「ごちそうさまでした。ヨルン様には今までのお礼を伝え、婚約解消の話をしたいと思います」

「ユラにゃん。リオンハールのこと……諦めるよね?」


 ユラシェはガシューの顔を見つめると、唇を噛んだ。


「婚約解消したら、リオンハール様に会いに行きます。私の気持ちは変わりません。会うのがダメだと言うのでしたら……家出します」

「いいいいいいいいいいっ‼︎」


 家族と使用人を大切にしているユラシェが家出を言葉に出したことに、衝撃が走る。

 食堂から出て行ったユラシェ。後に残されたのは放心状態の父親と、カリオスに助けの目を向ける者たち。

 ブランドンは広すぎる額をペチペチと叩いた。


「ユラシェの願いは一族の願いじゃ。できるものなら叶えてあげたい。だが……。カリオス、若造のことを徹底的に調べろ! ドラゴン召喚士とかの能力だったら、使わなければいいだけの話じゃ!」

「承知しました」


 カリオスは眼鏡のブリッジをクククッと三回押しあげた。


「リオンハール少年の正体を探ってみましょう」



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