第31話 好意の返報性を利用しよう作戦
「困ってること、ありませんかー?」
「相談だけでもされていきませんかー?」
僕達は、『好意の返報性を利用しよう作戦』を決行していた。
僕とネオがチラシを配る係、エルさんが看板を持つ係、セイが見守る係だ。
この配役は、エルさんとセイが目立ちすぎるのもよくないという配慮、1番背が高い自分が看板を持った方が良いというエルさんの意見。そして、万が一にでもクランハウスに依頼者が来た場合に備えて、セイには『
この役割分担は適切だったと思う。でも……。
「避けられてるね」
「そうだね……」
そう、通りがかる人に避けられまくってるのである。
声かけても無視されるし、視線も合わないし、なんなら僕達を見て迂回しようと違う道に入っていく人までいる。
ネオがいなかったらとっくに心が折れてるよ……。
「やっぱり、このお面のせいだよね。僕だけでも外した方が……」
この鬼の面が悪いに違いない。だって、普通に怖いもん、これ。
さっきから子ども何人も泣かせてるし。僕達、普通に迷惑かけてるよ。好意の返報性の逆いってない?
「それはだめ。クランとして活動するときは
それはそうなのかもしれないけど……。
「でもこのままじゃ」
「それに、人は外見じゃなくて中身だよ。俺たちが悪い人間じゃないとわかったら、人はたくさん来るようになる。だから、辛抱強く一人目を探そう」
人は外見じゃなくて中身。ネオが言うと妙な説得力がある。
ネオはあんなにイケメンなのに、本当に外見には頓着しない。出会った頃なんて、前髪伸ばし放題で顔なんか見えなかったし。
「うん、わかった」
ネオの言葉を信じて、頑張ってみよう。
◇
「ねえ、お兄ちゃん。本当にタダなの?」
そう声をかけてきた1人目の依頼人は、まだ小さな男の子だった。
2時間、立ちっぱなしで、道行く人に避けられ続けて、場所を変えてみようかと話していた矢先のことだった。
まだ7歳とかそこらだろうか。まあるい目で僕を見上げている。
この鬼の面を見て真っ先に泣き出しそうな年齢だが、この子は関係ないらしい。不思議な子だ。
いくら怖がらないと言っても、こんな小さな子を、こんな格好をした大人が見下ろしている構図は、いろいろと問題になりそうだ。
しゃがんで男の子より少し頭を低くする。
「うん、そうだよ」
「僕ね、困ってることがあるんだ」
「なあに?」
「ゆめちゃんがいなくなったんだ」
「ゆめちゃん?」
「うん、白色の猫ちゃんだよ」
「君の猫ちゃんがいなくなっちゃったんだ?」
「うん」
どうやら、ご依頼は迷子猫探しらしい。
奇しくもセイの描いたチラシを彷彿とさせる内容である。
依頼人は女の子じゃなくて男の子だったけどね。
「そっか。じゃあ、お兄さん達が探してみるから、少し詳しくお話聞かせてくれるかな?」
「うん」
男の子を椅子に案内する。これは依頼者用にクランハウスから持ってきたものだ。2脚、エルさんが運んでくれた。
……ていうか、大丈夫かなこれ。僕達がこの子をいじめてると思われないかな。
少し不安になってきたが、別にやましいことはしていないのだから、と気にしないことにする。
「じゃあ、まずはお名前教えてくれるかな」
メモ用に持ってきたバインダーとペンを手に取る。
「シーバ」
「シーバ君だね。じゃあ、シーバ君の猫ちゃんがいなくなったのはいつかな?」
「えっと……4日前」
「そっか。おうちからいなくなっちゃったの?」
「うん……僕が窓を開けたときに出て行っちゃって」
シーバ君の声が震えて、ついにはぽろぽろと大粒の涙が頬を伝った。
「ぼく、僕のせいで、ゆめちゃんが……お腹がすいて倒れてたら……」
「大丈夫。きっと見つかるからね」
ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら話すシーバ君の背中をさする。
ゆめちゃんがいなくなってから、ずっと心配しながら過ごしてたんだろうな。
もしかしたら今もゆめちゃんを探していたのかもしれない。お父さんとお母さんもついていないし。
「ゆめちゃんの毛の色とか特徴を教えてくれるかな」
「うん……」
それからシーバ君に教えてもらった猫の情報を紙にメモした。
ゆめちゃんは、白い毛に、水色の瞳、赤い首輪をしているのだという。
シーバ君の家の住所も教えてもらって、情報を書いた紙をバインダーから外すと、立ち上がる。
「エルさん。僕、探しに行ってくるので、シーバ君お願いできますか?」
看板を持って立っているエルさんに声をかけるが……。
「何言ってんの?」
エルさんが返事をする前に、セイに声をかけられた。
「え?」
「私が適任でしょ」
確かに、猫探しはセイの『
「でも、セイはクランハウスの」
「問題ない」
『猫探し』と『クランハウス周辺の監視』。セイにとっては余裕で同時並行できるものらしい。
そうだった。セイは常識では測れない人だ。
「そう、だよね……」
呆気にとられる僕に、セイは片手を差し出した。
「それ、貸して。すぐ終わらせてくる」
面をつけているので表情はわからないが、声はやや低い。
なんかちょっと怒ってる? なんで……?
「うん、ありがとう」
紙を手渡すと、セイはじっとそれを見てから、ぼそりと呟いた。
「
セイがよく使っている魔法だ。
きっとセイの面の下の目は、鮮やかな水色に変わっているのだろう。
「……エル、リュウをよろしく」
「任せとけ」
セイはエルさんに声をかけてから、すたすたと歩き出した。
もしかして、もう猫を見つけたのだろうか?
それにしても……。
「なんで怒ってるんだろう」
「ふっ、リュウはまだまだ子どもだな」
なんか、聞き捨てならない言葉が聞こえた。僕はもう20歳なのに。
「僕だって立派な成人ですけど!」
「そうか? じゃあ、セイに対してだけか」
「どういうことですか!」
「そのままの意味だ」
楽しそうな表情をしているエルさんに遊ばれているようで、なんだか悔しい。
「お兄ちゃん……」
シーバ君がぎゅっと僕の袖を掴んで、不安そうにこちらを見上げていた。涙に濡れた頬は痛々しい。
まずはこの子を安心させないと。
「大丈夫だよ。さっきのお姉ちゃんがきっとゆめちゃんを見つけてくれるからね」
頭を撫でながら、子ども特有のさらっさらな髪質に浸っていると……。
「シーバ! うちの子に何してるんですか!!」
女性が真っ直ぐにこちらに走り寄ってきた。
その怒りの滲んだ顔は、僕達の面よりずっと恐ろしくて……。
「お母さん!」
ぴょんっと椅子から下りたシーバ君を、飛びつくように抱きしめた。
「あなたたち、何のつもりですか!」
ぎろりと僕を睨む目は、射殺さんとばかりである。
……確かに、こんな怪しげな格好をした人間が幼い息子を囲んでいるのを見たら、こうなるだろう。母は強し。
「誤解だ」
看板を持ったエルさんを見上げた母親は、じっとその文面を見た後、諸々の状況を理解したようだった。
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