第18話 ミルドランドを立つ日

「ネオ!」


 ネオの足取りはふらついていたが、足の長さが違うからなのか、走ってようやく追いつけた。


「リュウ……」


 僕に気がついたネオは、ぜえぜえと息を整える僕を待ってくれる。


「どこか座って話そうか」


 そう言ったネオは、僕が想像していたよりもずっと落ち着いていた。



「ネオ、大丈夫?」


「うん、ああいう人だから」


 ネオが見つめる先では、まだ5,6歳あたりの子ども達がわいわいと遊んでいた。ミルドランドの街は、人が多いからなのか、ベンチがたくさん置いてある。僕達はその一つに腰を下ろして、近くの屋台で買った飲み物を手にしていた。


「前に、エル様が俺宛に手紙を残してたって言ったの覚えてる?」


「うん、それに犯人のことが書かれていたんでしょ?」


「そう。その手紙には、他にもこう書かれていたんだ」


 続くネオの言葉に、先ほどのエルさんの態度の理由がわかった。


「もし自分が死んだら、この件に関して深追いするな。すべての資料を抹消しろって」


「そうなんだ……」


 つまり、エルさんはネオのことを心配していたのだ。


 ディノ・スチュワートは危険だ。近辺を調査していたエルさんは、秘密にしていたユニークスキルを使用している最中に殺されてしまった。


「俺は、あの人みたいに特別な力も無い、ただの文官で……わかってるんだ。自分にはどうにも出来ない。足手まといにしかならない」


「そんなこと……」


 ネオのすべてを諦めたような表情に、言葉が詰まる。


 ネオの気持ちが痛いほどわかってしまう。

 どうしようもない無力感。

 目も眩むほどの光に憧れて、現実を見て、足踏みすることしかできない。そんな自分がずっと、嫌いだった。

 僕はネオにかける言葉を持っていない。


「エル様は凄い人なんだ」


 ネオが眩しいものを見るように目を眇めた。


 場違いだってことはわかっているが、その横顔を見て、どうしても思わずにはいられない。


 ……イケメンすぎない?


「セイさんも、もちろんリュウも凄いから、きっと3人ならディノ・スチュワートにだって一矢報いることができると思う」


「いや、僕は何も出来ないし」


 それこそ、僕は足手まといだ。自分で自分の身も守れない。


「そうかな? 俺だったらリュウを一番敵に回したくないけど」


「いやいや……ていうか、本当に軍に戻るつもりなの?」


 ネオは黙って視線を手元の飲み物に向けた。


「エル様は正しいよ」


 その表情は寂しそうだ。


「……僕は、もっとネオと旅をしたい!」


 勢いよく言い切ってから、少し恥ずかしくなって「せっかく、仲良くなったし……」と歯切れ悪く付け加える。


 ネオは驚いたような顔をしてから、柔らかく笑んだ。


「ありがとう」



「もう行くぞ」


「もうちょっと待ってください! 約束の時間までもう少しありますから!」


 必死にエルさんを引き留める。


 今日はベリージェに立つ日。


 僕達は大きめの荷物を持って、ネオと約束していた待ち合わせ場所にいた。ただでさえ長身で目立つエルさんと、美少女すぎて目立つセイは、二人とも顔を隠すようにフードを深く被っている。

 特にこの地では、エルさんの身元がいつ他の人にバレるともしれない。


 エルさんが早く船に乗り込みたいのはわかるし、その方がいいのは確かなんだけど……。


 まだ、ネオが来ていない。


 わかっている。昨日の調子だと、来る可能性は低いのかもしれない。

 でも、待ちたかった。


 ネオがどれだけイケメンだろうと、やっぱりネオは僕と少し境遇が似ている気がする。このままネオがエルさんと離れるのは、ネオにとってよくないと思うのだ。


 それに、きっとネオは……。


「ご一緒してもよろしいですか」


 後ろから耳慣れた声が聞こえて、勢いよく振り返る。


「ネオっ!」

 そこには、荷物を背負ったネオがいた。


 よかった。やっぱり、来てくれた。


「リュウ、待っててくれてありがとう……エル様」


 ネオはエルさんを正面から見据えた。


「私は、もう軍人ではありません。もう、あなたの部下でもありません」


「そうだな」


「なので、自分の身は自分で守ります」


「当然だ」


 エルさんの言葉が厳しく響く。

 やっぱり、ネオが来ることには反対なんだ……。


「私は、あなたの部下としてではなく、一人の人間として、宣言します」


 そう言って、ネオはエルさんの前に片膝をついた。右手を心臓の位置にあてると、力強い目でエルさんを見つめる。

 ……絵になるな。


「あなたへの忠誠は変わりません。どうか、側に置いてください。あなたの願いみれんが叶うその時まで」


 聞き終えたエルさんは深く息をついた。


「好きにしろ」


 その途端、ネオさんが安心したように破顔した。


 笑ったところ、初めて見た。全世界の女子を落とせそうなくらいの笑顔だ……。

 逆に、こんなイケメンにこんなに好かれているのに、毅然としているエルさん凄いな。


「ありがとうございます!」


 立ち上がったネオの背後にぶんぶんと揺れる尻尾が見えるようだった。二度目だ。

 ネオってこんなわかりやすい人だっけ……。


「お前のせいで目立ってる。早く行くぞ」


 エルさんの言葉に周囲を窺うと、確かに視線を集めていた。


 そりゃあ、こんなイケメンが膝ついて忠誠誓ってるんだもんね。見るよね。


 先に歩き出したエルさんに続きながら、セイの隣に並ぶ。


「セイ」

「何?」

 もともと口数の多くないセイは、エルさんとネオのことも終始静観していた。


「セイは良かったの? 4人で旅することになって」


「別に私は何人だっていい。それに、リュウはネオと旅したかったんでしょ?」


「え?」


 少し考えて、昨日のネオとの会話を思い出した。


「き、聞いてたの?」


 途端に恥ずかしくなる。


「知られて困るような内容でもなかったでしょ」


「そういう問題じゃないよ!」


 さらり、と言ってのけるセイに声を抑えながら反論する。


 セイのユニークスキルは強力すぎる。盗み聞きも、やり放題だ。


 僕にだって、セイに一つや二つ知られたくないことも……特にないかも。いやいや。


「盗み聞きは敵だけにしてよ! 僕も秘密くらいあるんだから」


「別にいいでしょ。死人に口なしって言うし」


「いや、口あるじゃん!」


「今日は冴えてるね」


 ……この人、僕のことなんだと思ってるんだろう。


「リュウ」

「うん?」

「ベリージェについたら、私から離れないで」

 真剣な声音に息をのむ。


「あいつみたいに、自分の身は自分で、なんて考えないでね」


 セイの視線の先には、楽しそうにエルさんに話しかけて軽くあしらわれているネオがいた。


「リュウは、私が守る」


 僕が一番わかっている。

 僕は弱い。どんなに簡単な魔法も使えない。体も貧相。


 そんな自分は嫌いだ。僕も、セイみたいに強くなりたかった。


 14歳の女の子に守られるなんて情けない。それはわかってる。でも……。


 セイの言葉に、どうしようもなく、喜んでいる自分がいた。


「うん、ありがとう」

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