第17話 友達の素顔

「「……え?」」


 僕とネオの声が被る。


 『誰だ?』ってどういうこと? 


 まさか、ネオのことがわからないの……?


 記憶喪失、という言葉が頭に浮かんでゾッとする。


 まさか……ちゃんとした土台じゃなかったから、失敗したとか? 


 それなら、どうすればいいんだ? 

 1回壊して、もう1回作るとか……?


「私です。ネオですっ!」


 必死に言い募るネオに、エンゼルさんは見定めるような視線を向けた。


「ネオ……?」


 エンゼルさんが訝しそうに繰り返す。


「そうです!」


 ネオの不安が手に取るようにわかった。


 あんなに会いたがってた人が、自分のことを忘れているなんて思いたくない。

 もし僕がセイに忘れられていたら、もう1回、夜の森の狼シュワルデッガーに会いに行っていたことだろう。


 本当に、エンゼルさんはネオのことがわからないのだろうか。


 僕も、緊張しながら彼女の反応を待つ。


 もし記憶喪失なら、本当にどうしたらいいのかわからない。


 エンゼルさんは、一歩一歩ネオに近づいた。怪訝そうな表情は崩さない。


「私のこと、覚えてます、よね……?」


 不安そうなネオに、ようやっとエンゼルさんが口を開いた。


「覚えてるも何も……お前、その髪、規則違反だろうが。うっとうしい! 切れ、今すぐに」


「へ……あっ、すみません! 切ります!」


 ネオははっと気づいたように前髪に手を伸ばした。


 ……なるほど、髪で顔が隠れていてわからなかったらしい。


 良かった、記憶喪失じゃなくて。


 ひとまずホッとする。


 ネオはきょろきょろと周囲を見渡している。なにか探しているようだ。


「はさみだったら、その引き出しにあるよ。洗面所はそっち」


 そう教えると、ネオは礼を言って、そそくさと洗面所に消えていった。その背後には、ぶんぶんと振られた尻尾が見えるようだ。


 なんか、犬みたい。


「それで、私を呼んだのはお前か?」


「あっ、えっと、そうです」


「どういう状況だ? 私は、死んだはずだが」


 死んだ自覚があるのなら、もっと困惑していいような状況だと思うが、本人はいたって冷静だった。


 さすが軍人さん……って関係あるのかな。


「僕のユニークスキルで蘇らせました」


「ユニークスキル?」


 スキルのことと、これまでの流れをざっと説明する。


 未練がある人を蘇らせることが出来ること。蘇らせた人は、僕から一定距離離れられず、僕の命令にも逆らえないこと。僕達とネオが同じ目的を持っていて、チームで行動していること。ネオにエンゼルさんを蘇らせてほしいと頼まれたこと。

 ディノ・スチュワートについて、知っていることを教えてほしいと思っていること。


 一通り聞き終えたエンゼルさんは「なるほど」と零した。


「つまり、お前にディノ・スチュワートをぶちのめす機会をもらったというわけだな。感謝しよう」


 口角を上げたエンゼルさんは、それはそれは美しいのだが、目は爛々と輝いていて、ちょっと怖い……。


「それで、お前の名は?」


「あっ、僕は、リュウアンといいます。みんなからはリュウと呼ばれています」


「そうか。リュウ、これからよろしく頼む」


「よろしくお願いします」


 エンゼルさんが差し出した手を握る。手袋をつけたその手は、布越しでもわかるほど、硬かった。


 剣だこかな。


 ふにふにと柔らかい自分の手が恥ずかしく思えてくる。


「あと、私のことはエルでいい」


「わかりました……え?」


 エルさんの後ろから現れた人物に目がとまる。


 え? 誰? 


 洗面所の方から現れたけど……。


「リュウ、はさみありがとう」


 その人物は、はさみを引き出しの中にしまって、僕達の近くに来た。


 服も、背丈も、声も、全部ネオだ。状況的に、ネオでしかない。


 でも…………。


「ネオ、かっこいいね?」


 異様なほど、顔面が整っている。なんか、輝いてる。


 え? ネオ?


「うん?」


 ネオ(と思われる人)は、きょとんとしている。


「本当にネオだよね?」


「そうだよ? あっ、ほらこれ」


 そう言って、ネオは先ほどの写真を見せた。そして、エルさんの右隣に写る人物を指す。


「俺」


 さっき、さらっとしか見ていなかったが、男前だと感じた人物だった。写真の中ではキリリとした表情で、いかにも強そうな軍人といった感じではあるが、目の前にいるネオと同じ顔の作りだった。


 確かに、一致する。


「ちょっとごめんね」


 謝ってから、ネオの両目を隠すように手をあてる。


 顔の上半分が隠れると、間違いなく僕の知っているネオだった。


「なに?」


「ちょっと信じられなくて」


 手をどけると、吸い込まれそうなほど綺麗なネオの両目が僕を捉えていた。

 これは女性が放っておかない。


「なんで隠してたの?」


「隠してたつもりはなかったけど」


 ネオが照れたように笑った。


「ちょっと面倒で」


 「何が!?」と叫びたかったが、髪を切ることだろうと自分を言い聞かせる。

 モテすぎて困る、とかだったら、かなりの精神的ダメージだ。


 同い年だし、なんとなく、ネオと自分を重ねていた節があったが、全然違った。

 なんか、恥ずかしくなってくる。


「お前が髪を切っている間に、大体の事情は聞いた。私を蘇らせてほしいと頼んだそうだな?」


「はい……」


「それは、褒めてやろう。あんな奴にみすみす殺されるとは、死んでも死にきれなかった」


 ネオの表情が和らぐが、続くエルさんの言葉に、不穏な空気が流れる。


「その前は、ディノ・スチュワートに会いに行こうとしていたと」


「はい……」


「私の手紙を読んだんだよな?」


「読みました、でも」


「軍人が言い訳をするんじゃない」


「はい、申し訳ありません……」


 ぴしゃりとしたエルさんの言葉に、ネオは頭を下げるままだ。


 上司と部下って感じがする……ていうか、どちらかというと女王としもべみたいな。


「お前は、軍に戻れ」


「えっ」


 自分が言われたわけでもないのに、思わず反応してしまう。


 軍に戻れっていうのは、つまり、ネオに僕達のチームから抜けろってことだ。


 当の本人であるネオは、黙って俯いている。


「足手まといは不要だ」


 ネオが顔を上げた。その顔は哀しげで、何かを言おうと口を開くが、すぐに噤んでしまった。


「ちょっ、エルさん!」


 さすがにそれは言い過ぎじゃないか、と思う。だって、ネオはあんなにエルさんに会いたがっていたのだ。エルさんの仇を取るために、単身でベリージェに行こうとしていたのだ。


 今さっき蘇ったエルさんは、そんなこと知るよしもないのかもしれないけど……。


「リュウは黙っていろ。これは私たちの問題だ」


 エルさんの声はいたって真剣で、それ以上何も言えなくなる。


「出て行け」


「エル様、私はっ」


「出て行け!」


 力強い語気に、ネオは黙ってしまった。それから、ふらりと力ない足取りで部屋を出て行く。


「えっ、ネオ!」


「放っとけ」


「なんでそんなに!」


 ネオがどんな気持ちなのか、エルさんにわからないはずはない。1ヶ月一緒に行動しただけの僕より、ずっとネオとの付き合いは長いのだ。


「あいつには、軍人がお似合いだ」


 エルさんはそれだけ言うと、窓の方に視線を向けた。


「僕、ネオと話してきます!」


 やっぱり、ネオを放っておけない。初めて出来た同性の同い年の友達なのだ。


 制止の声は聞こえないふりをして、部屋を飛び出す。


 ネオが心配だった。


 もし僕が、セイに『不要だ』なんて言われたら。生きていける気がしない。

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