第16話 第2の死者〈エンゼル・カトライン〉

「……わかった」


「えっ……」


 ネオがさも意外そうな顔をする。


「でも、蘇らせるにはいくつか条件があるんだ。それに、セイにも聞かないと」


 蘇らせた者は未練が晴れると消える。逆にそうでなければ、壊されない限りは消えない。また、僕から一定距離以上離れることも出来ない。セイで試したことはないけど、僕の命令にも逆らえない。


 もしエンゼルさんを蘇らせたら、自動的にエンゼルさんも旅の仲間に加わることになるのだ。僕の独断では決められない。


「別にいいよ」


「……セイ!」


 後ろから声が聞こえて振り返ると、セイが扉に背をつけて立っていた。いつの間に入ってきたのか。


「その人は、ディノ・スチュワートについて調べていたんでしょ?」


「はい。それに勘づかれて狙われたんだと思います」


「話を聞く価値はあるかも」


 確かに、僕達はディノ・スチュワートのことをあまり知らない。怪しんでいたエンゼルさんは、表だっては知られていない情報も持っているかもしれない。


「それに、未練が、私たちの目的と合致する」


「未練?」


「僕の力について話すと……」


 魔女に聞いたことと、セイが蘇ったときのことを余すことなく説明する。

 この1ヶ月で、少なくともネオが僕達の敵でないことも、僕達のことをほかの人に話したりしないこともわかっていた。


「つまり、蘇らせることができる人の条件は『強い未練があること』で、蘇らせるには『土台』と『手がかり』が必要ってこと?」


「うん、そう。エンゼルさんが生前大切にしていたものとか持ってる?」


「大切にしていたもの……」


 ネオは少し考えた後、あっと声を上げた。そして胸元から何かを取り出す。


「こんなものでも大丈夫?」


 ネオが見せたのは、1本の万年筆だった。


「エル様が亡くなった後、ご家族が職場で遺物整理をしていた時に、もう使えないからって、捨てられていて」


 たしかに、かなり使い込まれた様子で、先端は丸くなっていた。万年筆としては使えないかもしれないが、大切にされていたのは伝わる。


「うん、それで試してみよう」


 魔女の話の中で、『手がかり』についてはあまり言及されていなかったので、条件はわからない。もっとちゃんと質問しておけば良かった、と後悔する。


 あの時は、セイがいつ消えてしまうのかということばかり考えていて、余裕がなかったんだよね……。


「問題は土台なんだけど……」


 セイの木像は、3ヶ月かけて作った力作だった。あれと同じようなものを作るとなると、かなり時間がかかる。


「写真はあるけど……」


 ネオが、1枚の紙切れを取り出した。


 それは、集合写真のようだった。5人の人が並んでいる。


「市長が訪問した時に撮った写真。ちょうど、エル様が亡くなる半年前かな」


 市長、と指したのは、穏やかな笑みを浮かべる恰幅のいい男性だった。その左右に2人ずつ、軍服を着た人が並んでいる。


 すぐに、エンゼルさんがどれかわかった。紅一点だ。

 右から二人目。キリッとした表情で、凜と立つ女性。集合写真なのでそんなに大きく写っているわけではないが、その美貌は推して知るものがあった。


 なんといっても、特徴的なのはその長身。市長や、右隣にいる男前よりも、背が高い。


「へえ、この人が……」


 ユニークスキル持ちだったというし、それを隠した上で女性ながらに軍の上官にまで上り詰めたのだから、相当強かったのだろう。写真からもそれは感じとれる。


 僕の隣からセイがずいっと写真をのぞき込んだ。


「一旦、試してみよう」


 そう言うと、僕らとは反対側の空間に手を伸ばした。


水球スイエンド・ギガ


 部屋の中に、大きめの水の球が浮かんだ。


 その異質な光景に呆気にとられていると、まん丸だったそれが、ぐにゃりと変形する。


「これって……?」


 水球がぼんやりと人型に近づいていく。


「あっ!」


 ネオが出した写真と水球を見比べる。細部まで表現できているわけではないが、たたずまいや、服の感じが、なんとなく似ている。


 セイのやろうとしていることがやっとわかった。


「それ、ちょっと借りていい?」


「うん」


 ネオから万年筆を受け取って、人型の水塊の前に立つ。


 確かに人型ではあるけど、こんなのが本当に土台になるのかな……。


 あんまり成功する気はしないけど、セイがせっかく作ってくれたのだから、やるだけやってみよう。


 手に握らせることもできないので、万年筆を胴体部分にそっと入れると、吸い込まれるように中に入って、浮遊した。


 ……えっと、これからどうすればいいんだろう。


 そういえば、セイは蘇った時の状況について、『名前を呼ばれて、気づいたらリュウが目の前にいた』と言っていた。


「エンゼルさん、戻ってください」


 ……少し待っても、特に何も起こらない。


「……やっぱり、土台が」


 そう言いかけた時。


 万年筆が淡く光り始めたのに気づいた。


「えっ……」


 その光はどんどん増していき、ついには目を開けていられないほどになる。


 耐えきれなくなってぎゅっと目を瞑ると、ややして光が消えた。


 恐る恐る目を開けると……。


「うわっ!」


 驚いて腰を抜かした。


 すぐ前に、人が立っていた。ゆっくりと見上げると、写真の中にいた女性が、じっと僕を見下ろしている。艶めいた黒髪に意志が強そうな赤い瞳。迫力のある美人だ。


 ぼう然と見つめていると、「大丈夫か?」と手を差しのばされた。


「エル様っ!」


 後ろでネオが立ち上がる。


 やっぱり、この人がエンゼルさんなんだ……。


 あんな土台で成功しちゃったよ。

 もうなんでもアリなんじゃ……?


 ネオに視線を移したエンゼルさんは、訝しげな表情をした。



「お前、誰だ?」



 一瞬で、場が凍り付いた。

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