第15話 頼み

「うわあ……」


 目の前の光景に、頬が引きつる。


「これは、たしかに無理……」


 少しでも傾斜があれば、まだ登ろうと思えるかもしれないが、目の前の崖は地面と垂直にそびえ立っていた。まさに絶壁。


「あっ、あれです」


 ネオが指した方を見ると、岩が盛り上がっているところに、緑が見えた。かなり遠いが、ぼんやりと風になびく植物の姿を確認できる。


「じゃあ、あれも……あっ、あそこも」


 よく見ると、ミノグリアグサが生えていそうなところは何カ所かある。


 それも、全部、岸壁のちょうど中間あたりに位置していて、登って採るのも、下って採るのも、難しそうだ。


「セイ、採れそう?」


「大丈夫。根元から採ればいいの?」


「はい。使われるのは葉なので、葉が傷つかなければ」


「わかった」


 セイは頷くと、右手をミノグリアグサの方へと向けた。


視力増強ミヌド・シュート・メガ


 セイの藍色の瞳が、鮮やかな水色に変わった。


 セイは瞬きせずにじっとその先を見つめる。


風刃ウェギーテイ・テラ


「あっ……」


 セイが魔法語を唱えた直後、ミノグリアグサ(と思われるもの)が、一房、風に煽られて落ちていった。


 このままだとどこかにいってしまうと、目で追うも……。


小さな泡ディウェンド・バイト


 落下していたミノグリアグサが透明な球状の膜のようなものに包まれて、ふわりとその場に留まった……かと思うと、こちらの方へゆっくりと移動し始めた。


それから、岩場から同じように膜で包まれたミノグリアグサがいくつか出てくると、同様にぷかぷかとこちらに移動してくる。


 目の前にまできた球に恐る恐る触れると、ぱちっと膜が消えて、ミノグリアグサが地面に落ちた。綺麗に根元で切り取られている。


「すご……」


 もはや感嘆の言葉しか出ない。ネオも驚いているようで、ミノグリアグサをまじまじと観察している。


「ネオ、これで合ってる?」


「合って、ます」


「わかった」


 ネオの言葉を聞くと、セイは違う岩場に手を向け、同様に魔法語を詠唱する。


 続々と集まってくるミノグリアグサの、膜をつついては拾い、つついては拾い、を繰り返すこと数十回。


 持ってきた籠がいっぱいになって、やっと、セイの詠唱が止まった。


「たくさんとれたね」


 最後のミニグリアグサを籠に入れたネオが、しみじみとそう言った。


「うん、そうだね……」


 セイは見事に、視界に入るすべてのミノグリアグサを取り尽くしたようだ。


 いや、ほんとにすごいよ。万能すぎるよ。


 ……でも、当初の『なるべく目立たないで行こう作戦』は失敗した気がする。


「……本当に、セイさんは、『狙う者スナイパー』なんですね」


「最初からそう言っている」


 ネオのやけに真剣な声に、セイはいつもの調子で返した。


「リュウ」


 ネオが真っ直ぐにこちらを向いた。


 その表情はどこか思い詰めているように重々しい。

 なにか大切なことを言おうとしているようだ。


「なに?」


「……ごめん、やっぱりなんでもない」


「そっか」


 ネオが何を言おうとしたのか引っかかりながらも、「用も済んだし、帰ろう」というセイの言葉に、帰り支度を進めた。



 ミノグリアグサの報酬は小型竜ヴーフほどではないにしろ、かなり弾んだ。


 籠いっぱいのミノグリアグサを摘んできた僕達はやっぱり目立って、「どうやって採ったのか」と聞いてくる人もちらほらといたが、『ジャックさんに採り方を教わりました。方法は秘密です』とネオが答えると、大抵は納得して帰って行った。

 恐るべし、ジャックさん。


 それから、僕達はいくつか簡単な依頼をこなしていった。そうは言っても、セイが魔法で大量に採ったり倒したりしてしまうので、僕達の目算よりもずっと早く目標の額に達してしまった。



 ネオが仲間になってから1ヶ月。

 僕達はついに、ベリージェに向けて出発することにした。


 ミルドランドにいる最後の夜。なんだか感慨深い。


 夜の森の狼シュワルデッガーに襲われたのが懐かしい。あれからいろいろなことがあったのに、まだ1ヶ月と少ししか経っていないなんて信じられない。


 セイが死んでからの毎日は長かったのに、セイと一緒にいるとあっという間だ。


 こんな日々が永遠に続くといいのに……。


 そんなこと、願ってはいけないことはわかっている。セイは未練があるからここにいる。


 そして、僕達はその未練を晴らすためにベリージェに行く。



 復讐を果たせば、彼女は消えてしまうのだろうか。


 そしたら、僕はどうしよう。



 コンコン


 思いにふけっていると、部屋の扉がノックされた。

 

 セイかな、と、急いで開けると……。


「ネオ、どうしたの?」


 そこに立っていたのは、ネオだった。


 僕達とネオは違う宿で寝泊まりしている。ネオとは数時間前に、明日の待ち合わせの約束をして別れたはずだ。


「荷造りは?」


「終わった」


「そっか……とりあえず、入ってよ」


「ありがとう」


 何か思い詰めているような、明らかにいつもと様子の違うネオを椅子に座らせると、自分も向かい側に腰を下ろした。


「何か僕に用?」


「うん……リュウに頼みたいことがある」


「頼み? 僕に出来ることならなんでもやるよ」


 この1ヶ月で、ネオとはだいぶ打ち解けた。ため口にも慣れたようだ。


 ネオはいつも優しくて、同い年とは思えないくらいしっかりしてる。

 そんなネオが僕に頼みなんて、珍しい。


「こんなこと、頼んじゃいけないのかもしれないんだけど……」


「うん?」


 ネオはたっぷり沈黙した後、覚悟を決めたように顔を上げた。



「リュウの力で、エル様を蘇らせてほしい」



「……えっ」


「リュウの力のこと、全然知らない。何か条件があるんだろうとも思う。それに、リュウの力がバレたら危険だって事もわかってる。でも、もし、可能なら……」


 ネオの言葉が詰まる。

 強く握りしめられた拳からは、ネオの葛藤が伝わった。


 優しくて真面目なネオは、きっといろいろなことを考えたのだろう。


 僕はネオに力の詳細を話していない。


 蘇らせるのに何が必要かも、期間がどのくらいかも。どんな制約があるかも、ネオは知らない。


 それに、力を使えばその分、バレる可能性が高まる。


 死んだはずの人間が蘇るのだ。そう簡単に隠せるものじゃない。



「少しの間だけでもいい。エル様にもう一度、会いたい……」



 絞り出すようなネオの声に、少し前の自分を思い出した。



 セイに会いたかった。


 たった一目でも、彼女をまた見たかった。


 嫌われても、一瞬でもそばにいたい。



 その気持ちは、諦められるものじゃない。


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