第24話 曰く付き物件

【※この話にはカニバリズム要素が含まれています。露骨な描写はございませんが、苦手な方はお気をつけください】


 そして、一週間後。


 僕達はお屋敷の受け渡しのために、デビットさん宅へ来ていた。


「す、すごいですね……」

「これは、なんというか、趣があるな」

「古い」

 濁したエルさんに対して、セイがあっさりと真理を突く。


「……古くても申請は通るので問題ありません」

「そ、そうだよね!」

 ネオのフィローに、やや大げさに相づちを打ちながら、建物を見上げる。

 建物が、値打ちがないくらい古いことは知っていた。でも……。


 これじゃあ、まるで幽霊屋敷だ……。


 土地自体は広いのかもしれないが、伸び放題の植物がぼうぼうと生い茂っていて、門の先は玄関に続く石畳の道くらいしか歩けなさそうだ。建物は、蔦が絡まり、半分以上が緑で覆われている。

 どんだけ放置したらこうなるんだろう。


「すみません、お待たせしました!」


 人が住んでいるとは到底思えない家の玄関が開き、デビットさんが現れた。


「いえいえ、こちらこそすみません。無理を言って」

「とんでもないです。あの、そちらが」

 デビットさんがネオに視線を向けた。

 そういえば、ネオとデビットさんは初対面なのだった。


「前に話したもう1人の仲間で、ネオです」

「お初にお目にかかります。ネオです」

 ネオが帽子を外して、胸に手を添えた紳士的な礼をする。


 様になるなあ……。

 同じ男でも惚れ惚れする。

 デビットさんも、その美貌に驚いているのか、ぼけっとネオを見つめていた。


「これ、つまらないものですが」

 ネオが差し出した紙袋を受け取ったデビットさんが中を覗く。

「これ、いつも行列ができてるケーキ屋じゃないですか! すみません、お気遣いいただいて」

「いえいえ、娘さんと召し上がってください」

「ありがとうございます! 娘も喜びます」

 軍で補佐官をやっていたというだけあって、ネオは抜かりがない。

 まともな人付き合いをしてこなかった僕はそんなこと思いつかなかったし、セイもエルさんもやらなそうなので、ネオがいてくれて本当によかったと思う。


「さあ、どうぞ、中へ。まずは一通りご案内しますね」



 デビットさんの後ろについて、説明を受けながら屋敷の中を回った。

 建物は3階建てで、倉庫用の小さい地下室と、屋根裏部屋もある、見た目よりも広い作りだった。

 1階は広いリビング、中部屋1室にキッチンと浴室、トイレ。2階は書庫と大部屋1室に、小部屋2室。3階は中部屋3室に、小部屋2室で構成されている。

 小部屋っていっても、僕がクーリアで住んでいた単身者向けの部屋よりは広いんだけどね。


「中は意外と綺麗」

「そうだな」

「ちょっと、2人とも!」

 小声で2人をたしなめる。

 なんでそういうこと口に出すかな! 

 ……確かに、それは思ったけど。


「はは、そうでしょう? 外はあんな感じですが、中はこまめに補修をしていたので」

 デビットさんにもばっちり聞こえていたようだ。

 デビットさんが親しみやすい人で良かった。

 ほんとに、セイとエルさんは他人を気にしないというかなんというか……。

 これからも4人で行動していくことを考えると、少し先が思いやられる。


「今の時点では、雨漏りとか、そういうのは大丈夫だと思いますが……いかんせん建物自体が古いので、いろいろと今後修繕が必要になってくると思います。大丈夫ですか?」

「もちろんです」


 それどころか、本当にこんな広い土地を10万エタで買わせていただいていいのかという気もする。


「土地だけでも、本当はもっと高いんじゃないですか?」

「いえ、あの……実は伝え忘れていたことがありまして」


 デビットさんの言い淀む様子に、何か嫌な予感がした。


「伝え忘れたこと、ですか?」

「はい。一通り案内し終わりましたし、下でお茶でも入れますので、そこで話しましょう」



「つまり、ここは昔、極悪人の墓だったと」


 エルさんが一言で話を要約すると、デビットさんが申し訳なさそうに頷いた。


「でも、かなり昔の話なんですよね?」

「はい、私の曾祖父の代の話なので、100年以上は前です」

「……その人の名前は、ユリウス・ウェインですか?」

「ご存知でしたか!」

 ネオの言葉に、デビットさんが驚いた様子を見せた。


 ユリウス? 誰だろう。


「その名前なら、私も聞いたことがある」

「えっ、セイも? そんなに有名な人なの?」

「ユリウス・ウェインは、元はビュラスの貴族」

「えっ……」

 ビュラスとは、セイの故郷。

 僕の母の実家もある。僕とセイが出会った場所だ。


「その、ユリウスとやらは、何をしたんだ?」

 どうやらエルさんも知らなかったらしい。僕だけじゃなくてホッとした。


「ユリウス・ウェインは、人類史上、最悪と呼ばれた男です」


「人類史上……?」

 どうしたら、そんな大層な異名がつくんだろう。聞くのが少し怖い。


「彼は、大食らいグレトンでした」

大食らいグレトン?」

 僕がよく理解していないことに気がついたネオが、丁寧に説明してくれる。


「ユリウス・ウェインは美食家フーディとして有名な貴族家の次男として生まれたそうです。跡目は兄が継ぎ、ユリウスは美食を求めて、世界を旅しました。彼の食へのこだわりは常軌を逸していて、ついに一線を越えてしまった」

「一線って?」

「それは……」

 言い淀むネオの代わりに、セイが何の躊躇いもなく答えた。


「人間を食べた」


「人間!?」

 ぞぞぞっと寒気がして、思わず立ち上がる。


「本当に!?」

「ユリウス・ウェインに関しては真偽不明の噂が多いですが、それは間違いないようです」

 顔が引きつる。

 人間を、食べた……?


「生前からそういう噂はあったようですが、死後に彼の内蔵物から人間の指が発見されたそうです。それから、その当時、多発していた墓荒らしの犯人が、ユリウス・ウェインであったという話もあります」

「まさか……」

「荒らされた墓の遺体はすべて、指が1本なくなっていたそうです」


 つまり、ユリウス・ウェインは死体の指を食べていたと……?


「それは、ただの趣味じゃないよな? ユニークスキル持ちだったのか?」

「真偽はわかりません。当時は命心の会ジャッジがまだなかったので」


 エルさんとネオの会話が遠く聞こえる。

 想像すると、気持ち悪くなってきた……。

 うっと口を押さえる。


「おい、大丈夫か? 深呼吸しろ」

 エルさんにうながされて、息を深く吸い込むと少し落ち着いてくる。


「す、すみません。大丈夫になりました」

 心配そうな表情をしているデビットさんとネオに笑ってみせて、元通り椅子に腰掛ける。


「とにかく、ここにはその大食らいグレトンの墓があったと」

「はい。彼は、ちょうどここへ旅に来ていた時に亡くなったんです」

「死因は食あたりだったらしい」

「皮肉だな。指なんて食うからだろ」

「医学的にも食人カニバリズムは非常に危険な行為らしいですね」

 淡々と話は進んでいく。


 なんでこの人達、平然とこういう会話できちゃうんだろう……。


「当時彼は、世界中で名の知れた美食家フーディで、食の開拓者といっても過言ではありませんでした。なので、批判は多かったものの、墓を建てたらしいです。ただ、この辺りも開発が進んで、墓荒らしの件も発覚したことで非難も増え、取り壊すことになりました。その後、土地を買ったのが私の曾祖父です」


「……つまり、ここにはユリウス・ウェインが埋まっているってことですか?」


「そうなるのかと。もしかしたら、この家を建てる前に掘り起こしている可能性もありますが、そういう話は聞いたことがないので」

「なるほど……」

「そういう因縁があって、この土地は10万エタにしかならないのです。すみません、先に言っておけば良かったのですが、私もすっかり失念していて」


 デビットさんは本当に申し訳なさそうにこちらを窺っている。忘れていたというのは本当なんだろう。


 もともと、無理を言っているのはこちらだ。


 それに、クラン総会に出るために、背に腹はかえられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る