第23話 棚からぼた餅
「本当になんてお礼を言ったらいいのか……!」
デビットさんは目に涙を浮かべている。
初めて会ったときとは比べものにならないくらい生き生きとした表情をしていて、その様子からも血の効果があったんだということはよくわかった。
「翌日、娘が目を覚ましまして! びっくりするほど元気になったんです!」
1日に1時間も起きていられなかった彼女は、昨日と今日だけでもう12時間は意識があるのだという。
「それはよかった」
エルさんの声はいつもより温かい響きを持っていた。
「皆様は娘の命の恩人です!」
ありがとうございます、と何度も頭を下げながら、デビットさんは僕達3人と順に固く握手を交わした。
僕は特に何もしてないので、ちょっと後ろめたい気持ちになる。
「こちら、お約束の報酬です」
少し落ち着くと、デビットさんが懐から袋を取り出した。
エルさんが受け取って、ちらりと中を確認する。
「確かに受け取った」
今回の報酬額は3万エタ。昨日今日と、ギルドの依頼を細々とこなして、手に入ったのは1000エタ程度。そう考えるとかなりまとまった額だ。
それでも目標の額には全然届かないんだけど……。
どんな病をも治す
エルさん曰く、
これから、最低でもあと10万エタ。どうやって集めれば……。
「すみません、これしか用意できなくて……少しお時間いただければ、しっかり相場分の金額を追加でお支払いしますので」
そんな僕の考えを感じ取ったのか、デビットさんは申し訳なさそうにそう言った。
慌てて首を横に振る。
「いえいえ、そんなとんでもないです! 逆に、こんなに大金、本当に大丈夫ですか?」
娘さんを医者に診せるために、これまでも多額の費用がかかっているはずだ。
前回の話だと、この3万エタだって相当苦心してかき集めたようだった。娘さんが元気になっても、食べていけるほどのお金がないと、どうにもならない。
「リュウさんはお優しいですね……実は、娘には婚約者がいまして。病気が治れば、晴れて結婚式を挙げて、家を出ることになるでしょう。ですので、家を売却しようと思っているんです。そうすれば、少しは現金が手に入ります」
「お家を?」
「はい。私1人で暮らすには広すぎますし、このままでは娘に結婚資金も持たせてやれませんので、郊外のこじんまりとした別邸に移ろうかと……家族の思い出が詰まった家なので、少し後ろ髪が引かれる思いですが」
「……お家を売ったら、どのくらいの金額になるんですか?」
「一度鑑定してもらった時には、10万エタと言われました。建物が古いので、ほぼ価値はないようで」
都市部の建物付きの土地が10万エタ……!?
僕達は今、都市部の土地を諦めて郊外にクランハウスを構えようとしているが、それでも最低15万エタは必要になる。破格だ。
「……その土地、僕達に買わせていただけませんか!」
「えっ……」
思わず、食い気味にそう叫んでしまった。デビットさんが呆気にとられたように僕を見ている。
「あっ、すみません。急に」
我に返って謝る。
「いえ……何かご事情でも?」
「はい、実は……」
デビットさんにこれまでの経緯を説明する。『ディノ・スチュワートに復讐したいこと』と『僕のユニークスキルのこと』は話せないので、そこらへんは濁す。
「つまり、できるだけ早くクランハウスを用意しなければならないということですね」
「はい。無理なお願いであることは承知しています」
家を売ると言っても、そんなに直近のつもりではなかっただろうし、口ぶりからするに、決心もついていないのだろう。それに、デビットさんからすれば僕達は身元が知れない一介の冒険者で、なんなら今の時点で10万エタも持っていない。
考えれば考えるほど、むちゃくちゃなことを言ってしまった気がする。
しかし……。
「いいですよ」
「えっ!?」
実にあっさりと、デビットさんは承諾した。
「本当ですか!?」
「もちろんです。あなた方は娘の命の恩人なんです。断る理由なんてありません。むしろ、私がお役に立てることがあって良かったです」
「デビットさん……!」
思わずデビットさんの手を取る。
なんて良い人なんだろう……。
「できるだけ早くお譲りできるように手配します。価格も3万エタで結構です。もとより、追加で報酬をお支払いする予定でしたし」
「いえ! そういうわけにはいきません! 必ず10万エタお支払いします」
「ですが……」
律儀なデビットさんと譲り合いが続き、最終的には、『家はクラン申請の期限までに受け渡してもらうが、支払い自体は2ヶ月待ってもらう』ということに話がまとまった。価格については、鑑定師の試算通りの10万エタになった(というか、それで押し切った)。
デビットさんは最後まで「3万エタで」と言っていたが、10万エタでも僕達にとっては破格だし、デビットさんの思い出の詰まった家をそんなに安く買い叩く事なんてできない。
引っ越しの準備などに1週間ほどかかるということなので、1週間後にまたデビットさんと会う約束をして別れた。その時に家の中を見せてもらい、問題がなければ前金(5万エタ)を支払って、権利者証明書と登録印をもらう手筈となった。
◇
「ただいまー」
「おかえりー」
1人でベッドの上で寝転がりながら読書をしているとネオが帰ってきた。
ちなみに読んでいたのは魔法語の本。魔法が使えないのでこれまで勉強してこなかったが、セイと再会してから、セイがどんな魔法を使っているのか知りたくなった。
ギルドからの帰り道、本屋を見つけて、金銭的に少し余裕も出たことだし、と勢いで買ってしまったのだ。
現在、セイとエルさんは2人で服を見に出かけている。
「ネオ、クランハウスの件、なんとかなりそうだよ」
「えっ?」
ネオは上着をかける手を止めて、こちらを振り返った。
取引相手に下手に見られないようにするためにも、最近ネオは小洒落たスーツを着て出かけているのだが、それがまた似合う。似合いすぎる。
僕の手足の長さであんな服を着たら……。
というのは置いといて。
「実はね……」
今日の話を説明する。
「ほんとに!?」
「うん!」
声を弾ませるネオに、僕も嬉しくなる。
ネオはここ数日、毎日いろんなところへ足を伸ばしては土地の相場を調べて比較し、なんとか安く手に入れられないかと頭を悩ませていた。
それでも、やはり最低15万エタは必要という結論が出て、昨日の夜の時点では、「俺も金策を考えるよ」と難しそうな顔で言っていた。
明らかに疲れが滲んでいる様子だったので、心配だったのだ。
「思わぬ収穫だね! 本当にすごいよ」
「エルさんとセイのおかげだよ」
デビットさんの依頼を受けたのはエルさんだし、
「でも、その売買の交渉をしたのはリュウでしょう?」
「交渉ってほどじゃないよ。デビットさんが僕の無理なお願いを聞いてくれただけで……」
「リュウは謙遜しすぎ」
ネオが少し呆れたようにそう言った。
「俺の経験上、エル様はそういう取引関係には疎いから我関せずだし、セイさんも他人の力は借りようとしなさそうじゃない? リュウがいなかったら、話はまとまってなかったと思うよ」
……確かにあの時、エルさんは黙って話を聞いているだけだったし、セイは『私がいるから何とでもなる』という底知れない自信で、2週間以内に目標額を集められると本気で考えていたようだった。あの思いがけないチャンスに乗っかろうと思ったのは、あの場で僕だけだったのかもしれない。
それもそれでどうなのって感じだけど。
なにはともあれ……。
「僕でも役に立てたんだ……」
何もかも3人に頼りきりで、タダ飯を食っているような状態だった僕でも、少しは役に立てたらしい。
よかった……。
「何言ってるの。リュウは俺の恩人なんだよ」
「お、恩人……?」
あまりにも自分に不釣り合いな言葉だ。
しかし、ネオは全く茶化す気配もなく、言葉を続けた。
「リュウがいなかったら、俺はきっと、前に進めなかった」
『
そう思うと、ふいに熱いものが喉の奥からこみ上げてきて、視界が滲んだ。
「えっ、リュウ!?」
ネオがぎょっとする。
自分でもびっくりだ。
セイが蘇ってから、涙腺が緩くなった気がする……。
ネオに手渡されたハンカチを目元にあてると、ふんわりと清潔な良い匂いがして、こんなところまでイケメンなのかと少し冷静になった。
「ごめん俺、何か」
「ううん、嬉しかったんだ」
こうやって人の役に立てることが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
「……リュウは泣き虫だね」
「そ、そんなことないし!」
僅かながらに残っている男の矜持で否定すると、「そっか」と生ぬるい返事が返ってくる。
「氷持ってくる。ちゃんと冷やさないと、腫れるよ」
「うん、ありがとう……」
全てにおいて負けた気がする……。
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